第19話 アルミ―ダ
「すげえ一撃だったな、さっきは」
口にサンドイッチを詰め込みながらジンが言った。ジンの一言にスピカは不愉快な邪魔者を思い出してかそっぽを向いた。
「……ふん」
スピカの手にもアルミーダ名物、海鮮サンドイッチがある。二人は既にアルミーダに入っていた。
「あの馬鹿……タイミングってやつを知らないのか」
先刻の出来事を思い出すと未だスピカははらわたが煮えくり返る思いであった。
「あんな大馬鹿に絡まれるなんて、やっぱりなんか持ってそうだな……」
不幸体質、その特性がジンにまで害を加え始めたような気がしてならない。そう疑うジンの横ではスピカがまだ怒っている。
空に浮かぶ太陽は既に地平線へと消えていきそうであり、二人がアルミーダへ入るまでかなりの時間を要したことが分かる。
昼食でもなく夕食でもない、飯を屋台で買いつつ宿屋を探す。しばらくはこの街で冒険者として活動しつつ、商人殺しを始末するということで二人の間で話がまとまっていた。
賑やかを通り越して騒々しいとまで感じる路上を歩きながらしばらくの滞在場所を探す。二人ともそこそこにお金は持っており、ある程度の階級の宿屋には泊まれそうだ。
「今ならイエカモメのペンダントがたったの銀貨三枚だよー。どうだい、そこのお二人さん冒険者様なら買っておいて損はないと思うがね」
流石西の大都市、通りには露店があちらこちらで開かれている。元気のよい商人の売り込みは街の喧噪に一役買っていた。
「そのペンダントは冒険者の役にたつものなのか?」
普段は露店に寄ることなど滅多にないジンだったが、仕事の役に立つものなら話は別だ。興味深そうに露店を覗いた。
「そりゃあ勿論ですよ。このペンダントはあのイエカモメを形取ったものでしてね、なんでもこれを持ち歩いていると必ず帰還できるとか」
店主の手には精巧に作られたペンダントが握られていた。よく見ればペンダントの中心にはカモメが描かれている。
「なんだ、迷信の類いか」
しかし、ジンはあっという間に興味をなくした。ちなみにイエカモメとはその名の通り必ず巣に帰還してくる鳥であり、手紙を運搬するのに利用されている有名な鳥だ。
貴族ともなれば自分専用のイエカモメを所有しているのだとか。
その特性上イエカモメには店主の言うような効力があると信じる者も少なくない。
一瞬で冷めた顔になったジンとは逆にスピカは懐に手をいれた。
「二つ買おう」
「まいどありー」
商人は人の良い、薄っぺらい笑顔を貼り付けながらお金を受け取った。
スピカが受け取ったペンダントは薄い金属で作られており、精巧とはいえないまでもイエカモメだと分かる程度には作り込まれていた。
「ほら、身につけておけ」
「それ俺の分だったのか」
「当たり前だ!私の首は一つしかないだろ」
呆れた声でジンを見る。ジンは首から何かをぶら下げるなんて戦闘の邪魔でしかない思ったが、断るのも無下に思われた。
「こういうの信じる口だったんだな」
ジンの中のスピカのイメージでは迷信や験に縋る姿が想像できなかったため意外だった。
「別に……ただ、どうしようもないときに縋る物があるかないかで生死を分けると思っている。人って案外脆いからな。私だってジンだって、誰だってね」
「へえー」
ジンは自分がペンダントに縋る姿が一切想像できず、曖昧な返答を返すことしかできなかった。ペンダントをいじくりつつの返答にスピカの頬が膨らむ。
案の定ポカポカとジンを叩きながら拗ねた。
「ジンが聞いておいてその態度はなんだよお!」
「悪い、悪い」
道行く人々は夫婦喧嘩だろうとニマニマと生暖かい視線を送っているが、二人がその視線に気づくことはなかった。
コンコンと扉が叩かれる音が部屋に響く。街の中心に近くそこそこの値段がした宿なだけあって、艶のよい木製の扉が綺麗な音を奏でた。
はて、スピカでも訪ねてきたのだろうか、とジンは扉を開けた。しかし、開けた先には誰も居ない。廊下の白い壁が視界へと映るだけだ。
不思議な現象に首をかしげ、部屋へと引き返す。ベットに腰をかけ、装備の手入れでもしようかと思った矢先にまた扉が音を奏でた。
仕方なく腰をあげ、もう一度扉を開くが誰も居ない。ただ白い壁見えるだけだ。
やれやれと扉を閉めベットに向かおうとすると、再び扉が叩かれた。そして、また同じように繰り返す……ことにはならなかった。
「いい加減にしてほしいのです」
目の前の白い壁を見るのではなく、目線を下げると氷のように冷たい視線と目が合う。
まだ、年齢は一桁だろう。短い青色の髪を眉の辺りでパッツンと切った少女がジンをじっと見ていた。
ジンはさもたった今少女の存在に気づいたかのように目を見開く。
「うわあー」
「三文芝居はやめるのです」
両手をあげて驚きを表現したのに、少女の反応は冷ややかそのもの。宿内の温度が真冬まで下がったように感じた。
それにしても、幼いのに随分難しい言葉を知っているものだ。不意にジンは懐かしい記憶を思い出した。
自分も彼女もこんな知性を感じる子供ではなかったことは間違いない。
(あの頃は毎日森で鍛錬という名の喧嘩にいそしんだものだ)
自然と口角が上がった。
「まったく、遊び事に付き合ってる暇はないのです。ご飯の用意ができたので早く下に来てください」
「あいよ」
単調に目的を告げると少女は忙しげに廊下を降っていった。少女はこの宿で働いているのだろうか。
ちなみに、少女が扉の前に立っていたのは勿論気がついていた。ただ、なんとなく少女からは昔の自分と同じ気配がしたのでからかってみただけだ。
まあ、からかったというよりはダルがらみだったのは否定できまい。
ジンは部屋の隅にリブール村で買った薄いコートを掛けた後のんびりと食堂へと降りていった。
「こっちだ、こっち」
食堂へ入るや否やスピカの呼び声が耳に入った。スピカは既に席に腰掛けていた。
料理が来ていないにもかかわらずスピカの手にはスプーンとフォークが握られている。
気が早すぎると思うが、食堂はパンや肉が焼かれたよだれが垂れそうな程良い匂いが充満している。
その匂いが鼻腔をくすぐってくるものだからスピカの態度も致し方ないように思われた。
壁に使われた黒茶色の木材が落ち着いた空間を作り出していた。
食堂の雰囲気はギルドとは正反対のゆるりとした雰囲気が流れており、久々にゆったりとした食事が取れそうだった。
「何が出てくるんだろうな」
目を輝かせてスピカが厨房をのぞき込んだ。ここの宿屋はご飯の美味しさを売りにしているらしい。
スピカが宿を探すとき、ご飯が美味しいところがいいと言って聞かなかったため、わざわざ人に尋ねてこの宿屋――ムールの宿に来たのだ。
泊まるときには飯などどうでも良いと思っていたジンだったが、流石にこの食欲をそそる匂いを嗅いでは、興味が注がれるというものだ。
二人してつばを飲みこみ待っていると、先ほどの少女をそのまま大人にしたような青髪の女性がお盆を持ってきた。
「はい、お熱いのでお気をつけてねぇ」
そう言ってテーブルの上に置かれたのは肉がゴロゴロと入れられたシチューだった。一見ただのシチューにしか見えなかったが、鼻を刺激する匂いがそうではないと知らせてきた。
肉に軽くフォークが触れただけでジュワッと汁が溢れ、スッとフォークが入っていった。恐る恐る口の中に運ぶ。
肉に歯が触れた瞬間、肉が旨みとなり脂を残して消えた。あまりの美味しさに背筋が震えた。スピカも同じように無言でただ幸せを噛みしめている。
今度はシチューをパンに付けて口へと運ぶ。肉の旨みや野菜、そして隠し味であろうか。ほんの少しの甘みが舌の上で踊った。
文句なしの絶品。人生最高の食事であった。それから二人は言葉を交わすこともなく、何かに追われているように目の前に置かれたご飯をかき込む。
僅か数分でテーブルの上は空っぽになった。しかし、ジンの胃袋はこれだけでは到底満足できない。
顔を上げるとスピカと目が合った。お互いにゆっくりと頷いた。そして同時に声を出す。
「「おかわりだ!」」
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