第15話 少年の依頼

 飛び出してきたのは黒いボロ布の服を着た少年だった。ジンの腰あたりまでしかない背丈からもまだ十歳ほどだと推測できる。


 ボサボサの髪に、履き潰された靴が少年をスラムの住人だと伝えている。少年の顔は真っ青で足も震えていた。


「まずは落ち着いて、ゆっくり息を吐いて」


 スピカはかがんで少年の顔に目線を合わせて言った。こういった時は受け手が落ち着いていることが重要であると騎士の時に知った。


 少年はが大きく息を吐いたのを確認してスピカは聞いた。


「どうしたの?」


「姉ちゃんが魔物に攫われちまった!」


「どんな魔物だ?」


 ジンは表情を変えずに冷静な口調で問うた。少年はジンを見上げて震え声を出す。


「キラースパイダーだ!西の森に薬草を採りに行ってたら急に糸が姉ちゃんを包んで連れてちまった!」


 少年は目に涙を浮かべながら状況を説明した。キラースパイダーは獲物を糸で動けなくし、巣に連れ帰ってから捕食することで有名な魔物である。おそらくだが少年の姉は食料として巣に運び込まれてしまったのだろう。


「よし、すぐ助けに向かお――」


「待て、依頼書はギルドに出したか?報酬は?」


 今にも駆け出そうとするスピカを制してジンが言った。冒険者への依頼はギルドを通じて出されるのが基本であり、依頼人は依頼書を出すときに報酬などを決めておく必要がある。


 ギルドを介すことで冒険者の安否、報酬のもめ事を減らすことが目的だ。少年は俯いて服のしわを握りしめるばかりだった。


「一刻を争うんだ!些細なことを気にしている場合か!」


「……」


 スピカが焦った声で語りかけてもジンは少年を見つめ続けた。命の危機に金の話をしたジンにスピカは軽蔑の眼差しを向ける。


 いっこうに動こうとしないジンにしびれを切らしてスピカは村の入り口へと歩き出した。


「お姉さん待って、俺も行く!お姉さんここら辺の人じゃないだろ。案内は必要だろ?」


「それは――」


「危険なことは分かってる。でも俺も力になりたいんだ!」


 少年のまっすぐな瞳に見つめられてスピカは頷いた。


「分かった。でも必ず私の側を離れるなよ」


 そう言って二人は西の森へ向けて駆け出した。ジンは呆れた表情で二人が走って行った方向を見た後、二人を追って走り出した。


「依頼書はいいのか?」


 隣を疾走するジンを横目で見つつスピカがぶっきらぼうに言った。スピカは少年がついてこれるペースで走っているため余力があるため、息一つ切らしていない。


 ジンも余裕そうな顔で答えた。


「新米冒険者にはお目付役が必要だろう?」


 ジンの返答にスピカは眉をしかめた。その時、二人の前を走っていた少年が足を止めた。森の入り口へさしかかったためだ。


 まだ昼頃なのに森の中は陰で埋め尽くされていた。一歩でも踏み込んだら命を刈り取られるような空気がジンの肌を刺した。


 比較的村から近い森にしては異様な雰囲気だった。まるで、魔物の巣窟の中心のような空気が森に纏わり付いているように感じた。


 ジンはそっと警戒心を一段階高めた。


「もう一度言うが、君は絶対に私たちから離れてはいけないよ。ここから先は私が前に立つから、攫われた場所まで声で案内してくれ」


 スピカもジンと同じように危ない気配を感じとったため、少年に強く言い聞かせるような口調だった。正直なところ先ほどまで二人の心には大きな余裕があった。


 人里の近くの魔物の領域には強い魔物があまり出ないという原則があるからだ。これは人が定期的に魔物を間引いているというわけではなく、そういった強い魔物がいる領域を避けて人類が住居を構えているだけに過ぎない。


 それに少年の姉を攫ったキラースパイダーは獲物をすぐに殺すことは稀であり、食べるときに殺す傾向にある。


 スピカはまだ少年の姉が生きている可能性も高いと踏んでいた。しかし、森から漂う空気はそこが安全地帯では決してないことを告げていた。


 仮に少年の姉を攫ったのがキラースパイダーであったとしても助かる可能性は高くないだろう。


「わ、分かってる」


 ぜーハーと空気を目いっぱい吸い込みつつ少年は答えた。ジンとスピカにとっては全力でなくとも、まだ幼い少年にとっては常に全力疾走していたに等しい。


 喉もカラカラだった。少年は膝に手をつき肩にかけていたバックから小さな水筒を取り出すと一気に飲み干した。


「姉ちゃんたちにもあげる」


 少年はバックからもう二つ同じような水筒を取り出すとジンとスピカに手渡した。小さい水筒を三つ持つぐらいなら一つでいいのに、と普段なら気づけた違和感。


 しかし、森の異様な雰囲気に飲まれてスピカは気づけなかった。


「ありがとう」


 かがんで少年と目線を合わせてお礼を言うスピカとは対照的にジンは無口だった。


「行こう……絶対姉ちゃんを助けるんだ!」


 二人の喉が動くのを確認してから少年は呟いた。

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