第12話 vsマンティコア②

 氷の礫は縦横斜め全ての空間を使って飛来してくる。しかし、どれもスピカの身体を穿つことはできなかった。


 柔らかい布を切るように軽く振られた刀は氷を切り刻む。


 必要最小限の動きで弾道に刀を乗せ、刃が触れた瞬間に魔法は打ち砕かれた。全てを切り落とした時、スピカの双眸はマンティコアに向けられる。


「まずは右目をいただこうかな」


 残忍な笑顔を浮かべスピカは駆ける。


「グララッ!」


 短い咆哮。今度は氷の円盤がフリスビーのように飛ばされる。


「はやっ!風魔法かな」


 飛ばされた円盤は先ほどの礫の倍の速度は出ていた。恐らく風と氷の複合魔法。それでもスピカは足止めない。むしろ一層速度を上げた。


「まったく魔法は凄まじい……」


 呆れた口調で独りごちつつ、スピカは刀を構えた。高速で回転する円盤を正面から斬るのではなく、面を叩くように斬りあげる。


 ガチンッと音を立て衝撃が手を揺らす。同時に円盤は軌道を変えスピカの後方へと飛んで行った。


 もうマンティコアは目と鼻の先。この距離で魔法を使う時間はもうなかった。


「うらああぁ!」


「グオオオオオォ!」


 両者の気合がぶつかる。マンティコアは大きな爪でスピカを引き裂きにかかった。迫る右足、大きなかぎ爪。そして死の恐怖。


 だがスピカは怯まない。冷静に狙うべき一点を見定める。硬い爪ではなく、肉球と指の間。


 今握る朱色の刀だったら必ず斬り飛ばせる、そう自信を持てる箇所を狙い力を込める。光のように早く無駄のない一振りが指をはじき飛ばした。


 噴き出る鮮血。血特有の嫌な臭いが鼻を掠める。


「右目はもらうぞ!」


 指と指のすき間から弾丸のように飛び出た影がマンティコアの目を襲った。目を閉じて眼球を保護する間もなく刀が突き刺さる。


「グアアアアァ」


 突然失われた光、そして焼けるような痛みにマンティコアは大きく仰け反った。この時マンティコアの意識はスピカから己へと切り替わる。


 それによって生じる大きな隙を見逃すほどスピカは甘くない。止めを刺そうと再び刀を構えた瞬間、風を切る音を耳がとらえた。


 (後ろからなにか来る!?)


 気づいた時には遅かった。振り返る途中、見えたのは高速に回転する氷の円盤。

 ブーメランのように舞い戻ってきていた。


 スピカを追従する魔法がかけられていたのだろう。氷の円盤は恐ろしいほど正確にスピカの頭部を捉えていた。


 なんとか逃げ出さなければ、そう思っても意識と身体が連携しない。足が動き始めた時には氷の円盤はスピカの眼前へ。


 (もうダメだ……)


「まだまだ旅はこれからだぞ?」


 波のような穏やかな声が聞こえた。視界に入ってきたのは漆黒のコートと大太刀。スピカの頭部をはじき飛ばすはずの円盤に向け大太刀が振るわれる。


 大太刀に触れた氷の円盤は溶けるように消えた……。


「どうした?俺が約束を守らないとでも思ったか?」


 いたずらが成功したようにニヤリと笑ったジンの顔は少年のようなあどけなさを含んでいた。


 艶の良い黒髪がかかる目がスピカを見つめる。その目は硝子玉のように綺麗でスパカは顔が熱くなるのを感じた。


「あ、ありがとう…」


 もっと言いたいことがあるはずなのに。言葉は口を出る前に泡のように消えてしまった。


 (な、なんで胸がザワザワするんだ?)


 普段民を命懸けで守ることはあっても、守られることはなかった。初めて感じる安心感、温もりに全身に力が湧いてくる。


「どうする?あとは俺が殺ろうか?」


 ジンは大太刀をマンティコアに向けた。


「いや、私に殺らせてくれ」


 そのままトドメを刺しに行こうとするジンの肩に手をかける。大丈夫か、スピカを見つめるジンの目はそう尋ねていた。


「しくじった手前偉そうなことは言えないけど……うん、次は確実に仕留めるよ」


 この男が控える限り負けない、どんな戦場でも消えない恐怖心が消えていく。不思議な高揚感が身を包みスキップでもしたくなる。


「ははっ、おかしいな。戦場で楽しいと感じるなんて」


 ゆらゆらと刀を揺らしつつ、倒れ込むマンティコアへと歩を進める。マンティコアはスピカの足音に気付き、よろめきながらも立ち上がった。


 片目を失っているにも関わらず、いや死地に立たされているからこそマンティコアの戦意は滾っていた。


「グルルルルアアァ!!」


 地を這うような唸り声。それと同時にマンティコアの全身が氷に覆われた。

 爪は鋭さを増し、より凶暴かつ巨大に。


 体は分厚い氷に覆われ、並みの刀では傷一つ付けられないだろう。


「その程度の氷で防げると思うなよ!」


 スピカは刀を肩に担ぎ勢いよく獲物に襲い掛かる。眼前に迫るマンティコアの爪を刀で受け流すと、スピカは腕に飛び乗った。


 そして止まることなく腕を駆け上ると、マンティコアの青白い顔の前に躍り出る。


「喰らえぇ!」


 斜めに振り下ろされた刀は鈍い衝撃音を発しながら眉間を切り裂く。血が霧のように噴き出る。


 氷の鎧で勢いは削がれたものの、肉を斬ることには成功した。しかし、スピカの攻撃は終わらない。


 振り下ろした勢いそのままに空中で一回転し、再びマンティコアを正面から見据える。


「これで……終わりだああぁ!」


 初激で斬りこんだ箇所を目掛けて刃を振りおろす。氷が剥がれた箇所へ、先ほどよりも深く――。


 顔に刻まれる綺麗な一本線。マンティコアは声をあげる間もなかった。大きな身体からは力が抜け、ゆっくりと地面に沈んだ。

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