盤石ナイトの〇〇タイム

恐ろしいほどに鮮やかな白黒の世界

1. お食事タイム ~ドレッド鳥の丸焼き

 私の名はカッラ・ホース。

 チャトランガ王国の騎士であり、二つある騎士団の一つを率いる団長だ。

 厳つい顔つきをしているせいか、周囲から怖がられることが多い。だから普段は兜を被ったまま、日々を過ごしている。それが習慣になり、街を歩くときに兜を外していると逆に落ち着かないほどだ。


 仕事部屋の窓辺からハトが飛び立つのを見送る。雲ひとつない青空を映す窓から、羽ばたきの中で落ちた一枚の羽根が風に舞い込み、窓辺へとたどり着いた。

 今日も平和そのものだ。だが、穏やかな日々だからといって気を抜いてはいられない。いざという時に備え、朝から騎士団の訓練に参加した。さらに、訓練用の道具を確認し、兵士たちの相談にも耳を傾けた。

 そんな一日を終え、ようやく家に帰るだけとなった。


---


 騎士団の塔を後にし、家への道を歩いていると、ふと香ばしい肉の焼ける匂いが鼻をくすぐる。

 旬を迎えた王国名物のトマトばかり食べていたせいだろう。急に肉が恋しくなり、匂いのする方向へ足を向けた。たどり着いたのは、馴染みの店。扉を押して中に入る。


「まだ昼の食事はやっているか?」


 店内に入るなり、女主人のカミさんに声をかける。

 彼女は元騎士の夫とともにこの店を切り盛りしている快活な女性ひとだ。


「おや、カッラさん。久しぶりじゃないか。近頃見かけなかったから、どうしたのかと思ってたよ。どうせトマトばっかり食べてたんだろうけどね。ほら、まだ食事時だから大丈夫だよ。」


「すまない、心配をかけたな。今日は久しぶりに鳥の丸焼きをいただきたい。」


「いいタイミングだよ。昨日、新鮮なドレッド鳥が入ったばかりなんでね。」


「それは楽しみだ。」


私は、ドレッド鳥の丸焼き定食と個室利用分の料金を支払う。食べるときは兜を外す必要があるのだが、人の目があるところで外すと注目を集め、食事に集中できないため、個室を使うようにしている。

久しぶりの肉だ。だからこそ、人の目を気にせず、しっかり味わいたいと思う。


「あいよ、いつもの部屋が空いてるから、先に上がって待ってな。」


「ああ、いつもありがとう。」


---


 二階の個室に入ると、私は兜を外し、ほっと息をついた。窓際の椅子に腰を下ろし、外の景色を眺める。

 店が坂の斜面に建っているおかげで、遮るものがなく、遠くの山々まで見渡せる。にぎやかな街並み、奥の雄大な自然、少しばかり雲がある青空。いつまでも眺めていたい景色だ。

 町の喧騒を耳にしながら、料理が運ばれてくるのを待つ。


「持ってきたよ。」


 威勢のいい声とともに、骨付きのドレッド鳥の丸焼きとふかふかのロールパンが目の前に置かれる。


「ありがとう。それではいただこう。」


「うんうん、じっくり味わってね。パンが足りなかったら呼んでおくれ。」


 そう言うとカミさんは部屋を出て行った。

 まずは香りを楽しむ。肉の旨味を存分に引き出すスパイスが鼻をくすぐり、香ばしいパンの匂いがそれを引き立てる。静かに祈りを捧げ、一言。


「いただきます。」


 勢いよく丸焼きにかぶりつく。溢れ出す肉汁、絶妙なスパイスの加減。久しぶりの肉料理の旨味が体中に染み渡る。

 ドレッド鳥は狂暴だが、その分肉付きがよく、噛み応えも抜群の鳥だ。


「……うまい。」


 続けてパンを一口大にちぎり、肉の余韻が残る口へ運ぶ。小麦の香りがふわりと広がり、肉の味わいと調和する。

 途中でスクランブルエッグと追加のパンを注文する。ドレッド鳥は卵を蓄えることでも人気があり、その赤みの卵も濃厚でコクがあり、どんな料理にしても味が整うといわれている。

 これ以上の贅沢はないと感じながら、黙々と食べ続けた。最後には、骨に残ったわずかな肉を丁寧に食べ尽くす。


「………至福。」


---


 食後の余韻を楽しみながら、再び静かに祈る。そして兜をかぶり直し、階下へ向かった。


「美味しかったよ。ありがとう。」


 背中を向けている店主のガドにお礼を言う。ガドは洗い物に忙しいようなので、振り返るのを待たずに店を出ようとする。


「お!あんさん久しぶりじゃァねぇか。」


 声で気づいたのだろう。ガドもこちらに声をかけてきた。洗い物をやめ、こちらに歩いてくる。


「あぁ、ふた月ぶりだろう、久しぶりだ。調子はどうだ。」


「こちとらいつも通り。毎日飯作って、皿洗って、寝ての繰り返しさ。楽しいことがありゃいいんだけどよ。」


「よくそこまで当たり前のように暮らせるな。私が先ほど食べた鳥も、ガド自ら狩ってきたものだろう。この鳥は強いから普通は手に入れることができない程なのだが、ガドにかかれば日常ていどなのだな。」


「多少けがはしたが、こちとらまだまだ現役よ。あんな鳥を絞めるくらい日常茶飯事ってこったぁ。」


「たく、あんたまたそんなこと言って、ちっとは体を大事にしなさい。狩った鳥を運ぶときに腰痛めてたじゃないか。治るのに次の日までかかって、もうあんたも歳だよ。」


 私たちの会話を聞いて、カミさんがガドを叱る。ぶっきらぼうな言い方だが、表情や姿勢から夫を心配している様子が伝わってくる。ガドもそれがわかっているのだろう、あまり言い返せずにただ受け身に立っている。


「カミさん、あまりガドを責めないでやってくだうまいもんをとってくるから獲ってきてくれたおかげで、私は肉を食べられたのですから。」


「そうかい。そうだね、そのおかげで今日の人入りもいいし。ただ、わかってるね、あんた。」


「はい、気を付けます。」


「ふん、それが一番だよ」


「良かった。私はこの辺で失礼するよ。」


「おう、またうまいもんを獲ってくるからこいよ。」


「あぁ、もちろんだ。」


 彼らとの何気ない会話は、騎士という役目を忘れさせてくれるような心地用時間だ。最後に、ふたりに軽く手を振り、別れを告げる。扉を開け、家へと続く道を歩き始める。

 久しぶりの肉は、本当に美味かった。

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盤石ナイトの〇〇タイム 恐ろしいほどに鮮やかな白黒の世界 @Nyutaro

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