第5話


 彼と知り合ったのは、就活中のOB訪問だ。


 五つ年上で、物腰柔らかく、いわゆる草食系っぽい人だった。人畜無害そう、そんな表現がぴったりで、年齢よりもずっと若く見えた。実際、今でも新卒くらいに見られるのだと笑っていた。


 結局、私は彼の会社に就職することはなく、ただのOB訪問で会った先輩で終わっていたのだけれど、就職後、たまたま会社近くでランチをしているときに再会した。先輩は、そのとき一緒にいた同僚に「大学の後輩なんだ」と私を紹介していた。


 彼に告白されたのは、その三ヶ月後だった。ランチで再会して、せっかくだからご飯に行こうよと夜を誘われて、映画を見たいんだけど付き合ってくれないかなんて言われて、ついでに食事でもなんて言われて――そんなことを繰り返して、ある夜の帰り道に「俺、麻那ちゃんのことが好きなんだけど」ごく自然にそんなことを言われて、ろくに彼氏がいた経験もなかった私は舞い上がって「私も好きです」なんて返して、その日のうちに私の部屋で抱かれた。






 そうだと思ったことはないのだけれど、同期の男子から見ると、私は「強すぎる」らしい。仲の良い男の同期が、お酒の席で笑っていた。


『普通に仕事し過ぎ、稼ぎ過ぎ。この間もさ、男ばっか二十人揃った会議になんか一人女いると思ったら、案の定お前だった。そんでもって会議始まったら違和感ないし』

『仕事できるのも稼げるのもいいことじゃん』

『そりゃ稼いでくれるのはいいけどさ、男はさ、女の前だと恰好つけたい生き物なんだよ。彼女の年収が600万でもいいけど、俺の年収が800万なのが条件』

『なんで、逆じゃだめなの。合わせて1400万稼いでるのは同じなんだから、内訳はどっちがどっちでもいいじゃん』

『だから、そこが分かってないんだって。仕事もそう、男ってのは“彼女が「できない」って言ってる横で颯爽と仕事ができる俺”になりたいもんなの』

『彼女が仕事できるっていったって、世界一できるわけじゃないんだから。その彼女よりできるようになれば解決するだけの簡単な話じゃない?』

『ほら、そういうところだよ』


 別の同期達も「だからモテないだろ?」「友達としてはいいけど、付き合いたいとは思わないもん」と口々に私の“彼女”としての価値を否定した。もちろん、お酒が入っていたし、仲の良い同期達ばかりだったし、彼らが冗談で口にしていることは分かった。


『いやマジ、現実見たほうがいいよ。自分より出世して年収高くて帰り遅い彼女でもいいなんて男、いないから』

『つか、いたらそれ不倫だな。自分で稼いでるから金かけなくていいし、仕事忙しいから会えなくても文句言わないし、急に家に来てバレることないし――って、あれ、お前不倫相手に良すぎね?』

『流れるように失礼なこと言わないでよ』


 憤慨してみせた私の肩を、同期が「まあまあ」となだめるように叩いた。


『見た目は秘書とかやってそうでいい感じなんだけどさ、その見た目でその中身ってのが、詐欺だよなあ』


 実際、男友達がいくらいても、モテたかと言われるとそんなことはなかった。


 だから、私のことを「意外と甘えん坊で可愛い」と言ってくれたのは、彼以外にいない。

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