2話 男は漢らしく美少女アバター
「……危なかった……なんだよ、ユーザーネームは90日間変えられないって」
「チッ……玲きゅんのクセにいらんこと気づきおって……」
「『アカウント作成時のユーザーネームは直後に1回変えるのはOKでも、そのあとのペナが3ヶ月』とかさぁ……光、お前……」
「あーあ。『何回でも好きなだけ変えられるからジョークでかわいいの着けてみない?』って提案したあとで気づいてくれたらおもしろかったのに」
あっぶな。
……あっぶな!?
お前、取り返しの付かないことになってたぞ……何がかわいい名前だ、3ヶ月そのままとか地獄じゃんか!?
「お前……本当に最低だな」
「やだなぁ、親友じゃないか」
「親友は親友を騙したりしないんだよ。しかもわりと致命的な」
「まあまあ、別にこれ、複垢も作れるし、いざとなったら転生もできるからさ」
「……案外ゆるいんだな?」
「まぁ迷惑行為してブロックされる数が増えると、自動的に周りからそのユーザーが見えなくなるシステムあるし」
「ほー」
なるほど、つまりは青い鳥が撃たれたSNSと同じか。
「だからお願い♥ かわゆーいお名前♥」
「却下だ」
「ああん」
ああ言えばこう言う、こう言えばああ言う。
知ってたさ……これが僕の今年の学生生活を壊滅させつつある主犯だって。
「で、アカウント作ってログインはしたけど……なんだこれ」
今どきのソシャゲに比べると……言っちゃなんだがチープな造りの画面の中には、これまたチープな3Dアバターがこっちを向いている。
「デフォルトアバターのロボットだが?」
……10年前どころか、僕たちの産まれたころ……いや、下手するとそれよりも前のモデリングと画質じゃ……?
「調べたら美少女アバターが主流らしいが……」
帰り道に調べてちょっとだけ期待したのに。
いやまあ?
こういうゲームはかわいい子でやりたいじゃん?
男なら誰だってそう思うじゃん?
「おや、開始0秒でメス堕ち」
「僕なりに調べたんだよ」
「チッ……今からアバター選ぶんだよクソボケが……」
「光? お前、思い通りにならないと口悪くなりすぎない?」
電話口で悪態をつくその声に、呆れながらも苦笑する。
……ああ、光はいつでもブレないなって。
ちなみに「ギガが足りない」って言ったおかげで、こいつが真横に居ての初回プレイとかいう地獄は回避できた。
お互いの家が学校から反対方向だったのをこれほど嬉しく思ったことはないね。
「はぁ……もう良いよ、もう適当にエンジョイしてくれ……俺っちはここで見守る……あとは好きにしろ……」
「待て待て待て。誘ったのはお前だろ」
「だってメス堕ち……うう……ぐす……ひん……メス堕ちぃぃぃ……」
僕の鼓膜が悲鳴を上げる。
こいつのわざとらしいすすり泣きとか、鳥肌立つんだよ……!
「ひぃん……ぐす……うぇえん……ああん……」
「分かった! どうやらVRなチャットの世界では男が美少女アバターで男ボイスでしゃべるのがデフォだって学習してあるから! だからスマホの先ですすり泣くな! 気持ち悪い!! あとわざとらしい!!」
「メス堕ち……してくれるぅ……?」
「しないけど美少女アバターにはなってやるから」
「……メス堕ち……えぐっ……」
「……ああもう! お前が同じ設定にするなら女設定で行くから! どうせ冷やかしだからな!」
「あ、そう? 悪いねぇー玲ちゃん、俺ちゃん様の趣味のために付き合わせちゃってー」
「はぁー……」
薄気味悪いおどろおどろしいすすり泣きをころっと止めた光は、もう普段通りのうさんくさい声音で踊る。
……はぁ。
なんで僕、同じクラスになって最初にこいつに声かけられたとき、スルーしなかったんだろうか……。
◇
アバターのミュージアム。
――そういうワールド……このゲームは何をするにしても無数にある空間のどれかに入らないと楽しむことすらできない――があるって教えられ、来た訳だけど。
「すごいな……」
そこにはずらりと3Dのアバターが並んでいる。
それらは等間隔に、それぞれ説明とともに……まるでマネキンのように鎮座していて、触ればそのアバターになれるという。
「だろ? これ、VRだと立体的でさらにすごいんだぜ」
「ポリゴン数とかは正直……だけど、このクオリティの3Dアバターが無料配布とか」
「ま、サンプルアバターだからね。しかも携帯端末用のだし」
「あー、ゲームのキャラみたいなすごいのはパソコン専用か」
「うん、パソコンでのデスクトップか、パソコン+VRゴーグルで楽しむ用のだね。ちなみにそっちだと普通のゲーム機に近い画質とモデリングの女の子を好き勝手できるぜぇ?」
「それはどうでもいいが……学生には無理じゃね? パソコンとゴーグルとか」
確か、両方とも安くて万単位の世界だと聞く。
それを揃えるとか、金持ってる大学生とか社会人向けじゃないか、それ……?
「そうでもないぜ? パソコンは家族のお下がり、数万くらいのVR機器を誕生日かクリスマスにもらうってのもメインルートだ。」
「なんだそのお坊ちゃまたちは」
「まぁお値段は今どきのゲーム機と大差ないしなぁ。あと」
ちらりとネットで中古パソコンを覗いてみると……確かに、手が届かないほどじゃない。
ただし、虎の子の貯金を全部はたいてようやくだけども。
「あと?」
「黎明期は過ぎたとはいえ、ニッチすぎるところに入ってくるヤツはだね? 金に糸目をつけないんだよ――親然り、子供然り。小遣いとプレゼント前借りとかバイトとかやりようはあるんだと。お金はあるところにはあるしさぁ」
「ほー」
多分には、つい最近知っただろう事実を誇らしげに語る悪友。
うん、こいつはこうして好きなだけ鼻を伸ばさせてやろう。
機嫌が良いうちには僕の被害も減るからな。
「で……ふむ」
僕の前に立つ、VR上での光がうなずく。
「シアノちゃんか……銀髪紅眼、王道のケモ。そしてきっちり清楚系でほどよいお乳……うむ。玲きゅんの好きなマンガのヒロインって大抵……うむ」
「いちいち属性を列挙せんでいい」
「銀髪ケモか」
「いちいち言わんで良い」
「いやいや、親友の性癖を把握するのは大切だよん」
ダメだ、こいつは馬鹿だった。
「そういうお前はどうなんだよ」
「同じ属性のアバター。いやー、俺たちはやっぱり親友だねぇ……下半身でも仲良――」
「ログアウトするな、短い時間だったけど世話に」
「待って! 待って本当マジでお願い今の俺ちゃんってば人恋しいの!! 巻き添えもとい仲間がほしいのぉぉぉ!!!」
「……はぁー……」
さっきまでの電話口から、ゲーム内でのボイスチャットに切り替えたおかげでいくらか距離感を確保できつつも、やっぱり気持ち悪いすがり付くような声がうっとうしい。
平常心、平常心だ。
そもそもこいつの口車に乗せられてアバターまで選ばされたんだ。
ここでログアウトしてみろ……明日には尾ひれだらけになった僕の性癖がクラスに広まっている。
つまりは学生生活もおしまいだ。
我慢。
我慢が肝要なんだ……!
「………………………………」
ま、まあ、それに?
銀髪ロング、猫だと思う耳に尻尾。
服はゲームキャラらしくファンタジー風であって、だけどスカートは短いしお胸もなかなか。
かわいいアバターを動かしてるっていうか、常にこっちを見てくるのは嬉しいっていうかだし?
うん。
ほら、僕は被害者。
悪友から強制されてしょうがなくこの子を使ってるだけだから。
うん。
「そうして僕は、気がついたらシアノちゃんにぞっこんになっていたのだった……似たような属性の子とくんずほぐれつ」
「勝手に脳内をシミュレートするな、捏造するな」
ああ、良かった。
こいつがいるおかげで、こいつが望むみたいな展開――このキャラに堕ちるとかメス堕ちとかにならなさそうでさ。
◆◆◆
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