第20話 選んではいけない曲

1990年代、カラオケボックスは若者たちの間で爆発的な人気を博した。個室で歌を楽しむスタイルは、それまでの「大勢で歌うカラオケスナック」とは一線を画し、特に友人同士や恋人同士の利用が増えた。カラオケ機器の進化も著しく、テレビ画面に流れる歌詞や映像のクオリティが向上し、利用者は一層その世界に没入できるようになった。この時代、カラオケは単なる娯楽ではなく、若者文化の象徴でもあった。


***


高校生の涼介が友人たちとカラオケに行ったのは、夏休み最後の週末だった。地元のショッピングモールに併設されたカラオケボックスは、放課後や休日になると同年代の若者で賑わう人気のスポットだ。


「次、俺の番な!」


涼介はリモコンを奪い取り、お気に入りの曲を予約した。友人の悠斗や沙希が「またそれかよ」と笑いながら冷やかしてきたが、涼介は気にせずマイクを握る。いつも通りの楽しい時間が過ぎ、3人は順番に歌いながら夜のひとときを満喫していた。


午後9時を過ぎると店内は少しずつ静かになり、他の客たちが帰り始めたらしく、廊下もひっそりとしていた。


「なんか、こんな時間になるとちょっと怖いな。」


沙希が薄暗い廊下を見ながら呟いたが、涼介は「気にしすぎだって」と軽く笑い飛ばした。


その時、涼介はふと隣の部屋のドアが少しだけ開いていることに気づいた。


「隣、誰かいるのかな?」


そう言いながら彼はその部屋の中を覗き込んだ。部屋の電気は点いておらず、真っ暗な中でモニターだけがぼんやりと光っていた。その光景がなんとなく気味悪く、涼介はすぐに視線を外そうとしたが、次の瞬間、モニターに見覚えのある人影を見つけた。


「え……?」


モニターに映っていたのは、涼介たち3人が座る姿だった。彼らが使っている隣の部屋の様子が、そのまま映し出されているように見えたのだ。


「おい、これ……おかしくないか?」


涼介が慌てて友人たちを呼ぶと、悠斗と沙希もその部屋に駆け寄った。


「何これ……どういうこと?」


悠斗がモニターを指差して呟いた。画面には確かに彼ら3人が映っている。沙希がリモコンをいじる様子や、悠斗がドリンクを手にしている姿までそのままだ。


「店員がどっかで見てんのか?防犯カメラとか?」


涼介が不安げに言うと、沙希が首を横に振った。


「でも、そんなの普通ないよね?しかも、これカラオケの映像っぽいよ。」


画面に映る彼らの姿は、店の監視カメラで捉えられた映像というより、カラオケのモニター特有のフィルターがかかったような不自然な色合いだった。


「……気味悪いし、早く戻ろうぜ。」


悠斗が促し、3人は隣の部屋を離れ、自分たちの部屋へ戻った。しかし、涼介は気になって仕方がなかった。


「なんだったんだろう、あれ。」


「ただの故障とかじゃない?気にしすぎ。」


沙希は気丈に振る舞ったが、その言葉には少し怯えた響きがあった。悠斗もそれ以上話題に触れようとせず、再び歌い始めた。


だが、涼介はふと自分たちの部屋のモニターを見つめ、違和感を覚えた。画面に映る背景の壁の模様や配置が、どこかおかしい。


そして、モニターの端に「もう一人」――映るはずのない誰かの影が一瞬だけ揺れたのを、涼介は見逃さなかった。

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