幼馴染との真実の愛の前に目覚めたから、婚約者はもう用済みらしいです
大舟
第1話
「マリア、君との婚約関係は今日をもって終わりにすることに決めた」
「……」
広く厳かな雰囲気を放つ第一王室の間に置いて、カサル第一王子は冷たい口調で私にそう言葉を発した。
自分が婚約破棄をされることになるなんて全く想像もしていなかった私は、驚きで言葉がでない。
しかしそんな私に構わず、カサル様はそのまま言葉を続けていく。
「マリア、僕は最近よく思い出す。君と最初に出会った時の事をね。あの時はよかった。君との時間が本当に大切なものに思えてならなかった」
私は今から半年ほど前、カサル様からのプロポーズを受けてこの婚約関係を受け入れることに決めた。
その時のカサル様は本当に紳士的で、私の事を絶対に幸せにして見せるとまで言ってくれた。
私はそんな彼の言葉を信じた。なのに…。
「だが、それも過去の話。今の僕にとってこの上なく大切な存在というのは、君ではなくセレスなのだ。彼女ほど可愛らしい人物を僕は知らない…。まさかここまで心を奪われることになるとは思ってもいなかったよ…」
しみじみといった様子でそう言葉を発するカサル様。
セレスというのはカサル様の幼馴染にあたり、私にとっては3つ年上の存在。
どうやらカサル様は最近になって旧知の仲であるセレスとの再会を果たし、自分の知る昔の彼女の姿とのギャップを見て一瞬のうちにその心を奪われてしまったらしい。
「彼女に再会できるとも思っていなかったが、あそこまで今の彼女が可愛らしくなっているとは想像もしていなかった…。もう僕にはセレス以外の選択肢など考えられない…。まさにこれこそ、真実の愛というものなのだろう…!」
今私に婚約破棄を宣告しながらセレスとの関係を選ぶということは、少なくともカサル様はもうすでに彼女との関係を深めているということになる。
それはつまり、私という婚約者を持ちながらセレスと浮気をしていたという何よりの証明…。
王宮を統括する立場である第一王子である人間がそんなことをするなんて、なかなか信じられる話ではない。
「…それでカサル様、私の事を婚約破棄された後はどうされるのですか?セレスとの婚約関係を新たに結ばれるのですか?」
「当然じゃないか。そうでなければわざわざ君との関係を切り捨てる意味がないだろう?」
「いえ…。私は重婚をされる選択肢はなかったのかなと思いまして…」
別に心残りがあるわけではないけれど、私は単純な興味からそう疑問を口にした。
カサル様ともなれば婚約に関するルールを変更し、自分だけ特別に複数の女性と関係を結ぶことだってできるはず。
でもあえてそうしなかったことになにか理由があるのか、私はそれを知りたかった。
「なんだそんな事か。決まっているだろう?マリアの事を婚約破棄してセレスの事を受け入れれば、彼女は自分はそこまで愛されているのだと感じてくれるはず。僕はセレスに対する誠意として、君との婚約関係を切り捨てる事を決めたんだよ」
「……」
聞いた私がばかだったのかもしれない…。
きっとそんなところだろうというのは薄々分かっていたのに、どうしてあえて答えを聞いてしまったのか…。
「マリア、君もわかるだろう?真実の愛というのはごくごく一部の人間しか出会うことのできない、非常に崇高なものなのだよ。たとえそれは第一王子である僕であっても、簡単なことではない。しかし今僕はこうして真実の愛に出会うことができた。ならばそちらの感情を優先するのが、誠意というものじゃないか?」
すっかりセレスに心を囚われてしまっているカサル様…。
そこに私の思いなんてまったく考えられていない様子だった。
「それじゃあカサル様、私の事は何とも思われていないということですか…?」
「悪く思わないでくれ。これも第一王子としての仕事なんだ。真に自分にふさわしい相手を見抜き、その女性との関係を進む。これは誰にでもできる事ではない。なにより、僕は人々の上に立つ第一王子である。この僕自身が幸せそうな表情を見せていなければ、誰も僕の後ろに付いてこないだろう。僕にはそういう使命があるのだよ」
…非常にもっともらしいことを言ってごまかしているけれど、あなたがやったのはただの浮気でしょう?
それをあたかも正しい事であるかのように自分を正当化して、本当にそれが美しい真実の愛だと思っているのだろうか…?
「分かりました。もういいです。お好きになさってください」
正直、もうカサル様に対する思いは完全に冷めてしまった。
最初こそ理不尽な婚約破棄が受け入れられず、納得がいくまで戦い続けようかと思っていたけれど、なんだかばかばかしくなってしまった。
たとえ第一王子であろうともこんな人に時間を費やしてしまうだなんて、それこそ時間の無駄でしかないと思えたからだ。
「理解が早くて助かるよ。マリア、どうか外から見守っていてくれ。僕は君の分まで幸せになってみせるとも!」
自信満々にそう言葉を発するカサル様。
その目には一点の曇りもなく、自分は正しい事をしているのだと信じて疑っていない様子だった。
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