彼の名前を口にするまで

奈那美

第1話

 今日から、新しい生活が始まる。

中学校までは本が友達の根暗キャラだった。

高校は第一志望の学校に落ちちゃって、滑り止めの規則が厳しい女子高に通わざるをえなかった。

生徒手帳に『|異性との交際禁止』だなんて明記してあるような学校。

じゃあ同性同士ならいいんですか?だなんて屁理屈が言えるほどの度胸もない。

はっきり言っちゃうと、彼氏こいびとというものが人生十八年でただのひとりもいたことがない!というわけ。

 

 中学のクラスの中には告白してつきあってるカップルがすでに何組かいたし……そのうちのひとりは数少ない私の友人の一人だったりするわけで。

彼女から聞かされていた私は小説やマンガに書かれている諸々とあいまって、それこそ妄想のつばさを広げまくっていた。

 

 高校生になったら……!

そんな夢は、受験という壁にあっけなく阻まれてしまった。

まあ勉強しないで本ばっかり読んでいた自分が悪いんだけどね。

 

 だから、大学受験のときは一念発起して頑張った。

小説の新刊は……頑張って積読(買わないという選択肢はない)にした。

──合格発表の後でイッキ読みしたけど。

 

 そして待ちに待った新生活の開始だ。

昨日が入学式で今日はオリエンテーションがある。

会場と指示された大ホールに足を踏み入れる。

(うわぁ。当たり前だけど男子がいるぅ)

 

 三年ぶりに男子がいる教室は新鮮だ。

あっちの子はもっさりしてるな。

あ、イケメン……だけどチャラそうだな。

 

 自分のことは棚上げで目に映る男子たちをひとり勝手に品定めしていた私は、どうも通路のど真ん中に立ち止まっていたようだった。

「なあ、そこに立ってられると邪魔なんだけど」

ふいに背後から肩を叩かれた。

 

 「はいぃっ?」

背後をふりむくと、そこにはメガネをかけた神経質そうな男子の顔があった。

「ご、ごめん」

「いいから、そこどいて。つーか座れよ?」

いや、邪魔だったのは悪いと思うけど物言いキツすぎ。

 

 「え、だって座る場所どこかなって」

そう答える私にメガネは馬鹿にしたような顔で返してきた。

「高校じゃあるまいし、決まった席なんてあるわけないだろ?」

そういい残して階段状になった通路をすすみ、教卓と思しき場所の真正面に腰を下ろした。

 

 うぇ……私だったら絶対に選びたくない席だわ。

「ねえ、座る席が決まってないならさ、ここに座っちゃいなよ」

真横から声がした。

 

 声の主は、こげ茶のふわふわ髪の男子。

そして周囲には複数の人がいる……男子も女子も。

みんなにこにこと笑っている。

「ほら、ここ」

女子の一人が自分の横の椅子を開いてくれた。

 

 「あ……ありがとう」

腰を下ろしてお礼を言う。

「さっきは災難だったね」

椅子を開いてくれた女子が話しかけてきた。

「邪魔って文句言うくらいなら、別の通路使ったらいいのにね」

 

 「でも通路の真ん中に立ち止まってたのは事実だし」

「それ、立ち止まってたのってさ、びっくりしちゃたんじゃない?」

ふわふわ男子が言う

「俺もびびったもん。こんなに広いのかよってさ」

 

 「私も私も。いや、受験のときにこの部屋使っているはずなんだけどさ。あの時は受験のことで頭いっぱいで覚えてなかったんだよね」

「へえ、みっちゃんはこの部屋だったんだ。私は教室だったから、今日初めてこの部屋入ったとき、彼女みたいに固まっちゃったんだよね」

 

 そうそう……と笑いあう彼女たち。

「あ、それよりも、ここに強引に座らせちゃったけどよかったの?友達とか一緒じゃないの」

「……もしかしたら中学時代の友達はいるかもだけど、高校の友達はここ受けてないんだ」

 

 クラスメイトたちがどこの大学受けたか、なんて私は興味がなかった。

大多数の子は同じ学園の女子大に進学して行った……受験がラクだからね。

私より成績がいい子たちは都市圏の大学に進学していた。

だからこの大学を受けたのは高校では私ひとり。

 

 「へえ、聖心高校だったんだ。私たちは東川高校だよ」

「あなたたちみんな同じ高校だったんだ」

一瞬、と思ってしまった。

私が送れなかった送ってたんだ。

 

 「あ、うっかりしてたけど、自己紹介してないや」

ふわふわ男子が言う。

「えーとね、まずは俺から。名前は田代公也たしろきみや。十八歳」

「タメなんだから、年齢はいらねぇって」

笑いながら長身の男子が田代君の頭をこづく。

 

 「いや、タメとは限らないだろ?」

「それって彼女に失礼じゃなぁい?タメじゃないってことは浪人したといってるようなものでしょ」

「あ、そっか。ごめん」

「いやいや、大丈夫……です」

久しぶりの同世代の男子との会話は緊張するっ。

 

 「じゃ、次。俺、言っちゃっていい?俺は久木田くきたわたる

「私は上島うえしまやよい」

ボブヘアの女子が続く。

「私は矢田奈菜果やだななか

背中までのロングヘアの女子だ。

 

 「そして私が青木実穂あおきみほ

ポニーテールの女子……椅子を開いてくれた子だ。

「あ、私は、松崎美亜まつざきみあです」

「へえ、みあちゃんって言うのか。猫の泣き声みたいな名前だけど、見た目はワンコっぽいよね」

田代君が言った。

 

 見た目ワンコはあんたでしょうに?

「おい、公也。初対面の女子にワンコは失礼だろ」

「いや……だって、ほら。ポメラニアンみたいでかわいいじゃないか」

ぐっ……古傷をえぐられるとは。

 

 「ちょっとぉ、田代くん。それはちょっとひどくない?いや、ポメラニアンかわいいけどさ」

上島さんが援護射撃をしてくれる。

「松崎さんもいやだよねぇ、ワンコに似てるだなんて」

矢田さんが言ってくれた。

 

 「うん……いや。うんというか、えっとワンコは気にならないんです。むしろワンコ好きだし。ただ、中学校のときに言われたことがあって」

「何を言われたの?」

「えっと……同じようにポメラニアンみたいって言われて喜んでたら、『こいつがポメラニアンかよ。むしろタヌキだろ』って」



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