第18話 不器用な姉と崎矢の帰国


「よかったじゃねぇか」


浩太こうたは笑いながら、次男つぐおの肩を叩いた。

「やる気になったのはいいけど、信じられないくらい不器用なんだよ」

次の講義まで時間があったので、浩太に昨日の愚痴を聞いてもらっていた。

「昨日なんて…」


◇◆◇


「具体的に何から始めるの?彼氏捕まえるって」


「そうねぇ。私は美人だし、性格もいいし、頭もいい。待ってるだけで相手が来るはずよ」

そう言って叶夢かのんがどや顔でこちらを見てくる。

もちろん、性格は置いといて、確かに美人で頭もいい。


「でも、今1人じゃないか」

次男つぐおが呟くと、鋭い視線で叶夢が睨みつけてくる。


「だって時間がないだろ?当てもなく待ってても仕方ないじゃないか」

「じゃあどうしろっていうのよ」

叶夢の視線が次男つぐおに刺さる。


「例えば崎矢さんがもうすぐ帰国するから崎矢さんに決めて勝負をかけるとか」

「さ、崎矢さんは、仕事仲間でそういうのじゃないっていうか」


「じゃあ他に相手いるの?」

叶夢は少し黙って考えて、諦めたようにため息をついた。


「相手が崎矢さんとして、あんた達としてはどうやったらいいと思うわけ?」

「じゃあちょっとテストしてみようか」

気づいたら珍しく家の中で歩夢あゆむがイケメンモードになっている。

「男性とのデートを想定してみよう」


◇◆◇


ダイニングに歩夢と叶夢が向かい合って座る。

イタリアンレストランに初デートで来たという設定で、歩夢が彼氏役、次男つぐおがウェイターの役でシュミレーションをすることになった。


「お客様、ご注文はどうなさいますか?」

次男つぐおが声をかけると、「叶夢さん、何飲まれますか?」とスマートに歩夢がメニューを叶夢に見せる。


「焼酎お湯割り!」

メニューも見ずに、叶夢の大きな声が響く。


「あ、えーっと、居酒屋じゃなく、イタリアンなので何か他の飲み物どうですか?」

「えぇ、そう?じゃあキティで」

「じゃあ僕はこちらのグラスワインを」

「かしこまりました。ではごゆっくりお過ごしくださいませ」


「叶夢さんは休日何をしておられるんですか?」

「えーっと、その、美容のためにジョギングしたり、仕事のために英会話の勉強をしています」

「それは素晴らしい。叶夢さんは、どのあたりを走られているんですか?僕もこの辺りをよく走るんですよ」

「えーっと、その辺?」

叶夢の視線が明らかに泳いでいる。

「あぁ・・その辺・・。じゃあ英会話はどんな風に勉強してるんですか?」

「それはその、会話を・・えっと」


歩夢が手を出して、叶夢を制止した。

「ストップ。姉ちゃん、嘘はダメだよ、こうなるから」

「じゃあ一日寝てますって言えっての?」

叶夢からはいつものように足を組んで、怒りのオーラがにじみ出ている。


「そうじゃなくて、仕事で疲れてるから身体を休めていることが多いですとかTVとか動画をみて過ごすことも多いんですよとか言い方だよ。ただ、だらだら寝てますって言ったら聞こえ悪いけど、身体を休めているっていうとそうは聞こえないでしょ?」

「・・・確かに」


◇◆◇


「この調子だから・・・。最後は財布出すそぶりもせずに、奢ってもらう気満々の顔してたよ」

次男つぐおはまた思い出してため息をついた。

「焼酎お湯割りはいいな」

浩太はケラケラ笑っている。

「笑い事じゃないから」

次男つぐおのお姉さんは美人で、なんでもできそうな感じがするから、悪い意味でギャップがあるんだろうな」

「それな」

「まぁここから伸びしろがあるってことだよ」

浩太はそう言ったが、伸びしろって最低限出来ている人にしかないのではないかな、と思ってまた深いため息をついた。


それから次男つぐおと歩夢は叶夢にこれだけはしないでということを様々なシュミレーションをしながら伝えた。

かなり叶夢はイライラしていたようだが、なんとかこらえて、いよいよ崎矢さきやの帰国日になった。


◇◆◇


「やぁ、次男つぐお君」

崎矢は少し焼けてさらに体格がたくましくなっているように見える。

「お久しぶりです」

「一ヶ月くらいしか行ってないんだけどね。実家にどうしても帰らないといけなくなったもんだから」


次男は叶夢がデートする前にどうしても確認しておきたいことがあった。

前回のような思いを姉にさせるわけにはいかない。

2人で近くの居酒屋に入った。


次男つぐお君は元気にしてた?」

「はい。元気にしてます」

「工藤さんは?」

「姉も元気ですよ」

「それは良かった」と言いながら、崎矢はつきだしの枝豆を口にした。


「あの、崎矢さんって今は彼女いないって言ってましたよね?彼女ほしくなったりしないですか?」


「そうだけど、突然どうしたの?」


「いや、そのもうすぐクリスマスだし、僕も彼女ほしいなぁって思うことがあったりして、崎矢さんはどうなのかなぁって」


崎矢はフッと笑うと、「そうだね。彼女は欲しいかもね」と答えた。

「でも、クリスマスだからとかはないかな。好きだったらその人と付き合いたいってだけで、無理やり彼女は作ろうとは思わないよ」


「あの、好きな人はいるんですか?」


「ん~・・・どうだろ?気になる人はいるかもね」


「気になる人・・・」


「こんなおっさんの気になる人の話より、次男つぐお君の最近の話聞かせてよ」

そこからその話に戻ることは出来ず、崎矢の気になる人は誰かわからずじまいだった。


「じゃあ、また会おう。しばらく日本にいるだろうし」

「はい。ぜひお願いします」

「君は本当にお姉さん思いだな」

崎矢は最後にそう小さくつぶやいてフッと笑うと、帰って行った。


(姉さん思いか?俺・・?)

そう思いながら、次男つぐおは去っていく崎矢の背中を見送った。

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