第3話 おしまい

 これでタイムトラベルの話はおしまいだ。

 だけど、僕らの話は続いていく。町全体が津波に呑み込まれたって、生まれ育った場所がなくなったって、僕らは生きなくちゃいけなかったんだから。

 家も高校も何もかもぐちゃぐちゃにされた僕ら五人は、神奈川県北部にある川崎市の仮設住宅で暮らすことになった。前の家より随分と小さくて、でも最新の家電が揃っていて、なんとも言い難い複雑な気持ちになったのを覚えている。

 青葉町の高校生は、学力に応じて仮設住宅周辺の高校に編入させられた。強制的に。

 僕と秋奈は、なんか難しい漢字の高校。親が言うには公立の超進学校らしい。よく分からないけど、親の機嫌が良くなったから、まあそれでいい。

 蓮は有名私大の付属高で、モリリンは偏差値六十くらいの町田の高校。舞香は国際科がある高校に行った。

 受験勉強が本格的に始まって、秋奈以外と会う機会はなくなった。昼休みに学校を抜け出すこともなくなった。カレー屋は近くにあったけれど、どれも千円くらいだった。ロリンのようなコスパの良いご飯屋さんってのは、意外に見つからない。

 あの五人でいるのはもちろん楽しかった。人生で一番楽しい時間だとさえ思っていた。けれど、いざ受験勉強をしたり、一人の時間に慣れてしまったりしたら、他の四人のことに頭のリソースを割くことが難しくなっていった。

 今みたいに、簡単に人と連絡ができる時代じゃなかった。もはや連絡網は意味をなさないし、積極的に五人で会おうと試みる誰かがいたわけでもなかった。

 別れというのは、あまりにあっけない。時間は平等に過ぎ去っていく。超能力だなんて、本当は存在しなかったんじゃないかとさえ考えている。

「今は勉強しないとなあ」

 午前二時、そんなことを呟いてみる。受験なんてのも学歴なんてのも、結局は大したステータスじゃないって気づくのは、あと十数年後の話だ。

 文化祭は秋奈と回って、体育祭は休んだ。いつしか、運動なんてものに一切興味がなくなっていた。無気力になっていったんだ。

 機械のように勉強して、親のご機嫌取りに努めた。青葉町の悪ガキは、いつしか平凡な高校生へと成り下がっていたわけだ。

 結論から言うと、僕は東大の文三に合格した。もちろん秋奈もだ。あいつは文一。聞いたところによると、モリリンは同志社に受かったようだ。蓮は筑波大に落ちて、後期で広島大に進学した。ちなみに立教と法政は蹴ったらしい。

 舞香はオーストラリアの大学に合格した。書類審査で上手いこといったらしい。これは本人から聞いた。

 三月の下旬。僕ら五人が最後に五人だったときだ。

 別に大した話はしなかった。あの頃のように、くだらないことで時間を潰して、沈黙がちょっとだけ気まずくなって、それから、最後は舞香と蓮を二人きりにしてやった。

 結婚の約束は、まあ、僕だって忘れかけていたし。

 舞香との最後の会話は「ばいばい」だった。それだけだ。本当にそれだけだった。真っ暗な幼稚園を一緒に歩いたあいつは、それだけ言い残して、たった一人で旅立っていった。

 しゃくり上げながら、飛行機に手を振った蓮の姿を、今でも覚えている。僕と秋奈とモリリンが、蓮をそっと抱きしめてやったことも。

 ちなみに蓮のやつ、大学の同級生と結婚して、今は二人の子供がいるらしい。案外ちゃっかりしている。

 モリリンとは、大学に入ってから、ちょっとだけ交流があった。長期休みになったら、僕と秋奈の二人で京都に遊びに行ったんだ。あいつ、大学ではかなり上手くいっているようで、野球もまた始めたって楽しそうに話していた。

 最後に会ったのは、社会人になる直前だ。居酒屋を出て、「じゃあな」って感じで、本当に、それは本当に何気ない別れ方をした。それから一度も顔を見ていない。

 秋奈とは、大学でもよくつるんでいたし、就職して社会人になった今でも、週一の頻度でロリンに行っている。たまに瀬野議員も交えてね。大人になった今では、議員とも割と会話が弾む。

 これは余談だけど、秋奈のやつ、文系学部に入ったくせに理系の勉強を始めて、大学四年で一級建築士に合格した。今では立派な建築士だ。

 僕はといえば、青葉町に帰って、図書館司書になった。大手に内定した友達からは不思議に思われたが、別にお金なんてなくてもいいから、やりたいことをやろうとしたんだ。

 そうだ、優希さんのことだ。あの人は精神病こそ治らなかったものの、一応復学できたらしい。それからのことは分からない。と、思ったんだけど、最近僕宛てに手紙が届いた。もちろん中身は内緒だ。

 そうそう。僕が就職したあと、舞香から一回だけテレパシーが来た。オーストラリアの自宅で、蓮によく似た男と手を繋ぎながら、二人の子供と遊んでいる場面だった。

「さようなら。またどこかで」

 舞香の声が、高く、遠く、青い空の彼方に消えていった。

 ああ、僕ら五人は、もう会えないんだろうな。

 根拠なんてないけど、確かに、そのことが分かった気がした。

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