第4話 独立国家青葉町

 暴力が肯定された。失踪事件を重く受け止めた役場は、ようやく神奈川県警に捜査を依頼した。

 ここまで深刻な事態にならないと警察を頼らなかったのは、少し訳がある。僕らが生まれる前のこと、青葉町に勤務していた警察官二人が、町民にリンチされる事件があったのだ。発端はといえば、警察官が青葉祭をカルトだと批判したことにあるけれど。

 ちなみに、そのリンチ事件の中心人物は金城雄一郎だという噂がある。

 この事件から、青葉町と警察の軋轢が高まった。何かがあるたびに警察が批判され、制裁という名の集団リンチが起こった。僕らが生まれる頃には、警察はほとんど無力だった。議会の定めた条例が、そのまま青葉町の憲法となった。

 その青葉町が、警察を頼った。独立国家青葉町が崩壊したんだ。

 モリリンと蓮を亡くした僕ら三人は、かなり長い間、警察の事情聴取に応じなければならなかった。秋奈の場合は瀬野議員のこともあったから、それはもう、一日中の拘束といっていいほどだ。

 野球部員の一部は捕まって、一部は行方不明になって、一部は殴り殺されていた。特になんとも思わなかった。自分のことで精一杯だった。

 舞香は上手く喋れなくなっていた。思えば、彼女はとても繊細で、限りなく常識に近い人種だった。いくら時間を巻き戻せるからといって、心まで回復するわけではなかったんだ。

 幸いにも、テレパシーを介して意思疎通はできた。けれど当人が話したがらない様子だったから、数日間はそっとしておくことにした。優希さんのケースと同じで、僕らはカウンセラーではなかったから。

 もちろん、テレパシーで魂を呼び戻すという実験は一旦中止。

 そうそう。タイムトラベルは、やっぱり青葉祭当日――正確には青葉祭が開かれるはずだった七月九日の日曜日――じゃないとできないようだった。僕と秋奈は、毎日欠かさず。紗月神社へ行った。けれど「蛇はいませんわ」とのことだった。

 土曜日の夜に、蓮とモリリン、そして瀬野議員や野球部員を含めた犠牲者の通夜があった。大きなセレモニーホールで行われた。

 蓮とモリリンは、確かに死んだ。また次の時間で会える可能性があるとはいっても、いつも一緒だった友達が亡くなったという事実は、決して忘れることのできない傷となった。

 通夜のスピーチを担当したのは秋奈だった。本当は僕ら三人がそれぞれ読み上げる予定だったのだけれど、舞香はまだ言葉が途切れ途切れだったし、僕は冷静に話せる気がしなかった。だから辞退した。

 僕らの両親はたいてい失踪していたけれど、蓮の母親だけは残っていた。秋奈がスピーチしている間にも、ずっと、神様へのお祈りらしきものをしていた。

 そのとき、秋奈は初めて泣いたんだ。

「遠くの神様でなくて、目の前の息子さんのご冥福を祈ってくださいまし」

 相変わらず、舞香は無表情だった。

 葬儀が終わったあと、僕と秋奈と舞香の三人は、山に一番近い秋奈の家に泊まった。お嬢様みたいなベッドに三人で入って、暖を取るように肩を寄せ合った。

 不安と喪失感を抱きしめながら眠った午前一時は、いつの夜よりも寂しかった。

 目が覚めたのは午前七時だった。朝食も食べずに家を出て、三人で紗月神社へと続く坂を上っていった。

「時間を戻したら、まずはモリリンにテレパシーを送ってくださいまし。成功すれば蓮や優希さんも呼び戻しましょう。失敗すれば、そのときはそのときですわ」

 舞香がコクリと頷く。彼女の調子は戻っていない。が、この日以降に時間を巻き戻せる保証はない。そうなれば、蓮とモリリンを呼び戻すことも叶わない。

 ぶっつけ本番だ。

「今日こそ蛇がいますわ」

 鳥居をくぐり、境内に足を踏み入れる。

「首の数は」僕が問う。

「七つでしてよ」

 ヤマタノオロチのことが頭に浮かぶ。時間を巻き戻すたびに、首が増えている。これがラストチャンスかもしれない。唾を呑む。

「では、戻しますわ。よくって?」

 いや、ちょっと待て。

 僕と秋奈は、時間に枝が生えているという仮説を導き出した。それを踏まえると、蛇の首は時間の枝という解釈ができる。

 それでは、なぜ最初から首が五つ生えていたのだろうか。

「ねえ、海星」

 視界が暗転する。声が聞こえてくる。

「わたし、未来から来たんだ」

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