第五章 胸に秘めた思い 2
それからも私たち四人の相部屋生活は変わらずに続いた。基本的には平穏な空気のままで、夜寝る前に布団に入ると、他愛もない雑談を四人でするのが恒例のこととなっている。
「ねえ、そういえば春蘭と思月って、どうして後宮に来ることになったの? 今まで聞いたことなかったよね」
ふと思いついたように琳琳がそうたずねる。
私はギクッとした。一体どう答えたらよいものか。
それに、春蘭の答えも気になる。私は今まで、春蘭の過去について詳しくたずねたことがなかったのだ。
とまどう私に気を効かせたのか、先に春蘭が語り始めた。
「私は幼い頃に父を亡くして、母が女手一つで姉と私の二人を育ててくれたの。でも母は無理をしすぎたせいで病を抱えていたし、生活は常に貧しかった」
「まあ、それは大変だったわね」
琳琳は顔を曇らせ、相槌をうつ。
春蘭は話を続ける。
「ある時見かねた姉が、後宮へ行くと言い出したの。姉が後宮へ入るとなれば、家族にまとまったお金が入るからね。母と私は、後宮へ行けば姉が苦労するのはわかっていたから必死に止めたんだけど、姉は結局後宮へ行ってしまった」
「そうだったのか……」
思わず小さな声でつぶやく。
そんな過去があったとは、初めて知った。
「母も私もしばらくは、姉がいなくなってしまったことを深く悲しんで暮らしていたわ。でも最初のうちは後宮で働く姉から時折便りが届いていたから、それを見るたび励まされていたの。姉も元気に頑張っているんだから、私たちも前を向いて暮らしていこうねって。でも、その姉からの便りも、ある時からパタリと来なくなった。そしてその後、母は病で亡くなってしまった」
「えっ、お母様が? ごめんなさい、軽々しく事情をきいたりして」
琳琳は申し訳なさそうに謝り始めたが、それを春蘭が制止した。
「いいのいいの。いつか同室のみんなには話そうと思っていたことだから。そういうわけで私は、お金も身寄りもなくなっちゃった。それで、せめて音信不通になった姉を探したいと考えて、後宮へ来たんだよ」
「そうだったのね……」
琳琳は泣きそうな声で答えた。
部屋の中を重たい沈黙が支配する。
大体後宮へ来る理由なんてろくなもんじゃない人が多いのだ。そんな質問をすれば気まずくなるに決まっている。
だが、それでも私たちについて琳琳は知りたかったんだろう。なんとなくその気持ちもわかる。
「じゃあ、お姉さんが見つかるといいよな」
私がそう言うと、春蘭は笑ってうなずいた。
「うん。だけど後宮へ来てみたら、まるで街みたいに広くて大勢の女官がいるから、びっくりしちゃった。こんなにたくさんの人の中から姉が見つけられるかなって不安にも思ったけど、ここにいればいつか会えるかもしれない。姉に何事も起きていなければ、だけどね。音信不通になったんだから、何かあったと考えるのが自然だけど……」
暗い顔になった春蘭を、琳琳が励ます。
「だったら私の情報網も駆使して春蘭の姉さんを探すわよ! 任せといて!」
「ありがとう」
春蘭は礼を言った。
なんとなく、琳琳の情報網なんか、二輪草探しにしか使えなそうな気がするけどな……。
とは思ったが、言わずにおいた。
「ねえ、それで思月のほうは、どうなの?」
琳琳にそうたずねられ、私はハッとした。
いっけね。どう言い訳するか、考えてなかったな……。
どうしよう、と戸惑い、口ごもりながら答えた。
「えっとあのー、私はまあ、金のために売られた。見た目がいいから高く売れた。でも私を買って雇ってくれた妃がいなくなっちまって困っててさ、色々あって、尚食局で働くことになった」
嘘は言ってない。ただ、実は化け猫だ、と言う事実を隠してはいるが……。
「そうだったのね……。かわいそうに」
なぜか私をひいきする琳琳は、哀れみの表情を浮かべて、またいつものように頭をなでなでしてくれた。
よし、よくわかんないけどごまかせたぞ!
内心ほっとしながら、ニコニコ笑顔で琳琳に撫でられ続ける。
「琳琳は、どうしてここへ来たの?」
春蘭にたずねられ、琳琳は答える。
「私も家のためって感じね。兄弟が多くてお金もなくて大変だったから。食べるものもなくて、飢えで死んでしまった弟もいたわ。後宮へ来るのは怖かったけど、来てみたら友達もできたし、ちゃんとご飯も食べられるし、案外いいところかもね。でも宇晴は違う理由なんだよねー?」
「ああ、そうだ」
胸を張って、宇晴は答えた。
「私はな、後宮の女官として出世し、自分の実力を発揮するためにここへ来たんだ」
「そうなの。宇晴って野心家だったのね」
驚いたように春蘭が言うと、宇晴は大きくうなずく。
「ああ。一度きりの人生だ。私は女も活躍できるこの後宮で、上級女官として名をはせて、いつか偉い地位の人になって、大金を稼いでやる!」
「へえ、立派ねえ」
春蘭はそう言ったが、琳琳は眉をひそめ、ため息をついた。
「宇晴って、まっすぐなのはいいけど、なーんかおこちゃまなのよね……」
「おこちゃまってなんだよ。私は春蘭の言ったとおり、野心家なだけだ」
ムッとした様子の宇晴に、琳琳は言った。
「だって、深い考えがなさそうなんだもの。宇晴は後宮へ来て、一体なにで成功するつもりだったの?」
「え……。なにかを、頑張って。かな……」
頼りなさげに宇晴は言った。
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