二章5話「大迷宮対策会議」
時は少し遡り、虎雄は日夏を駅まで送るために、閑静な住宅街を二人で歩いていた。
マスク、パーカー、スウェットと薄手の格好で出てきたことを後悔して震えながら、虎雄は寒空の月明かりに照らされている。
日夏は、普段とは違い、派手な髪を団子にしてニット帽に隠し、ベージュのダウンジャケットに、タイトな白スカートという服装だった。
「なんか、普段と服違いません?」
「そう? 別にそんなことないけど……」
ぎこちない空気が二人の間に流れる。
それは間違いなく雪乃の言葉のせいだろう。
『兄さんのこと好きなんですか?』
無遠慮に聞いた妹の一言に、ちょっとした期待を持ってしまった虎雄は返ってきた日夏の言葉に、内心肩を落としていた。
(そもそも、日夏さんは悪くないんだ……、切り替えろオレ)
虎雄はそっと視線を日夏に向ける。
寒さの残る初春の澄んだ空気に差し込む月明かりが照らす彼女は、頬と鼻を赤く染めて、白い息で両手を温めていた。
「さ、寒いですね……」
「そうね、季節的には春でも、まだ三月だし……」
言って肩を抱いて身を震わせる。
日夏は配信者でインフルエンサー。可愛くて当たり前。そうわかっていても、その横顔に虎雄の視線は吸い込まれていく。
「あ、そういえば!」
虎雄は、なんでかギクシャクした雰囲気を変えようと、話題を逸らす。
「東京広域ダンジョンに、日夏さんって入ったことあります?」
すると、彼女は脇に手を当てて、ドヤ顔をした。
「初日に入ったわ。攻略は無理だったけど……」
「マジか、やっぱり出遅れてた。……日夏さんはどこまで潜ったんですか?」
思い返すように空を仰ぐ日夏。
虎雄は、胸を躍らせて回答を待つ。
「中層の最初の方かしらね、詳しい情報とかは、ギルドに戻ればレポートあると思うけど?」
「本当です? 欲しいです! オレ、雪乃と攻略行こうと思ってて、情報欲しいけど、攻略達成者がいないから、どうしようって……」
虎雄の要領を得ない話し方に日夏は俯く。
「大迷宮の攻略に兄妹でコラボ? いいんじゃない?」
言って早足で歩き出すと、虎雄の前に止まって見据えた。
「──装備を一新した方がいいわね!」
◇ ◇ ◇
そうして、翌日の昼。
虎雄は池袋駅東口にいた。
(確かに、装備は新宿ダンジョンに行く前、買ったきりだしなぁ……)
スマホの時刻を確認しながら、虎雄は日夏を待つ。
すると、肩をトントンと叩かれる。
「──日夏さん! どこに……」
しかし視線の先には、家でまだ寝ていたはずの雪乃がいる。
あまり意識したことはなかったが、配信のコメントや、駅の利用客を見る限り、かなり可愛いらしい。
虎雄の背後に立つ雪乃には、周囲の視線が集まっている。
「なんでここにいる。……雪乃?」
いうと、はぁ〜、とため息をついた。
そんな虎雄に彼女は、至って真面目に言う。
「心配だからです」
そして口調は敬語。どうやら御機嫌斜めなご様子だ。
虎雄は、再び深いため息と共に、今日の趣旨を説明する。
新宿ダンジョン以降装備を替えていないから、買い換えるということ。
大迷宮の情報収集も目的の一つであるということを。
それでも不服そうな雪乃は、口を尖らせながら言う。
「それなら、ボクも装備を変えたいです。……──それに、ヒナさんと二人きりなんてデートじゃないですか」
「雪乃には立派な剣があるだろ、ホワイトスケイルのやつ。……いや、ってかデートじゃないだろ? ただの仕事の一環」
そんな言い合いをしているうちに、待ち合わせ時間になった。
すると駅の中から、日夏が姿を表す。
それに気がついたのは、虎雄よりも雪乃の方が早かった。
「あ、ヒナさん」
「ごめんなさい、遅くなって。ってえ?」
雪乃を見て、目を丸くする。
それから少し間をおいて、続けた。
「二人で攻略に行くなら、妹さんも一緒に来た方が都合がいいわね」
「その通り、兄さんもヒナさんを見習って諦めてください」
なぜお前がドヤ顔をするのか。
虎雄は、日夏の反応を見て、改めて肩を落とす。
「……そうですね」
呟くように虎雄は返した。
三人は池袋駅の大規模商業施設にある探索者専門の装備店へ足を向ける。
まるでブランドモノの洋服屋のような構えのショップに、言いしれぬ緊張感を抱く虎雄だったが、雪乃と日夏はそんなこと微塵も感じていないようだった。
「どれがいいかな、兄さん!」
入口以外の三方の壁には、武具や魔道具が飾られて、店内には、カジュアルな鎧から、重装鎧まで幅広く揃っている。
防刃、防弾のインナーまで揃っていて、虎雄は少し驚く。
「ここって日夏さんの行きつけなんですよね」
「そうね、生息するモンスターの属性によっても装備は変えるし、アタシたち配信者は、ファッション性も大事でしょ」
そんなこと今まで考えたこともなかった。
装備なんて暗闇に溶け込めて、ある程度丈夫なら問題ないと思っていたのだ。
考えてみれば、池袋ダンジョンと新宿ダンジョンでは生息するモンスターも、その属性もそれぞれ。
さらに探索者の憧れとして存在する配信者は、服装にまでこだわるらしい。
「……確かに」
虎雄が頷くと、質問に答えない兄に、むくれる雪乃が、ガシッと腕を掴みながら言う。
「兄さん、ボクにはどっちが似合うかな」
そして必殺上目遣い。
しかし、相手が悪かったようだ。
「え? んー、雪乃はそのオレンジのより、白とか寒色系の方が似合うんじゃないか?」
どこまでも鈍感な兄は、雪乃の意図に気づくそぶりを見せない。
「…………」
「無視かよ……」
雪乃は、続けて日夏に言う。
「ファッションセンス鬼の、ヒナさんはどう思います?」
「そうねぇ、妹ちゃんは可愛いしどれも似合いそうだけど……」
悩みながら店内の装備を見漁り始める日夏。
「か、かわ……。どこまでも余裕ってことですか……」
「え? 何か言った?」
雪乃は、「いいえ」と端的に答えると、その後しばらく黙っていた。
専門店の品揃えに驚きながらも、虎雄は大迷宮の生息モンスターに合わせて、火炎耐久性の高い装備を一式、黒を基調とした今まで通りの装備で揃えた。
「これ……、可愛い」
会計を済ませようとする後ろで、雪乃が呟く。
目線の先には、犬のキーホルダーがあった。
「それ、欲しいのか?」
虎雄が聞くが、雪乃は、ふんっと鼻を鳴らして、そっぽを向いた。
なんで雪乃の機嫌が悪いのか、わからないまま、虎雄たちは、それぞれの会計を済ませて、店を出た。
その後の目的地は決まっている。
日夏が残したというレポートを見るために、ギルドに向かっていた。
「なんか、疲れたな。……甘いもんが食べたい」
虎雄の一言に、日夏と雪乃は目を輝かせる。
そして嗅覚の赴くまま、香ばしいコーヒーと甘いホイップの匂いを漂わせる喫茶店に入店していた。
三人は席について、メニュー表を覗き込んだ。
「アタシ、パフェがいいわ!」「ボクはパフェが食べたい」
日夏と雪乃は、同時に言った言葉に、顔を見合わせて笑う。
その光景に、虎雄は頬を緩ませた。
「オレも、パフェにしようかな!」
三人で喫茶店オリジナルのチョコレートパフェを注文する。
一口台にカットされたブラウニーケーキと、バニラのソフトクリーム、チョコチップがまぶされたパフェ。
グラスの中で三層に分かれていて、生クリーム層、チョコレート層、コーヒークリーム層と下に向かっていく。
店内に香るほろ苦いコーヒーの匂いと共に、パフェを一口。
「美味っ!!」
思わず声が漏れる。
長めのスプーンで下の層まで掬い取ると、混ざり合った三層がいい味を出していた。
「これ美味しい、ボクもう一個頼みたい!」
「いや、流石にそれは……」
「いいじゃない? 美味しいものを食べると幸せになれるでしょ?」
得意げな顔をする日夏に、雪乃がにっこりと目を合わせて、
「「ねー!」」
口を揃えて言う。
(最初はどうなることかと思ったけど、雪乃の機嫌も治ったし、日夏さんも楽しそうだし、良かった)
心底ホッとする。
集合から専門店を出るところまで雪乃が敵意をむき出しにしていたが、もうすっかり懐き始めていた。
「あ、そうだ──」
虎雄は言いながらポケットに手を入れる。
そして何かを取り出すと、雪乃の前に出した。
「あ、それ……。ボクが見てたやつ」
「欲しかったのかわからなかったから、買っといたけど、いるか?」
虎雄の言葉に、雪乃は元気よく声を上げた。
「うん──! ありがと、兄さん!」
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