東京地下大迷宮編
二章1話「赤城虎雄は、監禁された1」
鉄の鎖に南京錠で、自室に閉じ込められた。
自分の家、しかも、自分の部屋に閉じ込められて一週間が経った。
「なぁ〜……。雪乃──……?」
扉の向こうとこちらを繋ぐ、ペットカメラに呟く。
するとノックの音と共に、ガチャガチャと鎖を外す音が聞こえてくる。
「そろそろ、いいだろ……?」
その声に、扉が開き、赤城虎雄を閉じ込めた犯人が顔を出す。
黒髪のショートヘアに、切れ長で涼しげな青い瞳。
顔はかなり整っていて、大人びている。
虎雄と同じくらいの身長でも、手足がスラっと伸びて、メリハリのある体は、スタイルが良く見えた。
「ダメよ、兄さん……。もう配信なんてしちゃダメ」
言いながら、肩を抱いて続ける。
「……ボク、わかったんだよ。兄さんの好き勝手にさせてたら……、ボクはたまらなく心配になってしまうんだ」
「そりゃ、心配かけたのは悪いと思ってるけど……、ここまでしなくても」
虎雄が返すと、ジトッとこちらを見て言った。
「兄さん、半年の間で何回死にかけたの? ボク、配信全部見てたし、知ってるよ」
ぐうの音も出ない。
自分自身が、ただでさえ心配性な彼女に、連絡も寄越さず、好き勝手に行動していた自覚がある。
何度か、頭を過ぎることはあっても、後回しにしていたツケが今になって来たようだ。
「でも、流石に一週間は長すぎだろ。配信もダメ、SNSの更新もダメって……」
「大丈夫だよ。兄さんのファンには、ボクが懇切丁寧に、説明してあるから」
「は? どういうこと……」
虎雄が訊ねると、彼女がパジャマのポケットから、スマホを取り出した。
画面には、デッドマンチャンネルの公式SNSアカウントが表示されて、固定コメントに一言だけツイートされていた。
“しばらく休みます。妹が心配しているので……”
「なんだこれ──!! どういうことだよ、そんなツイートしてないぞ!」
「兄さんがしないことはわかってたから、ボクがやったんだよ」
「どうやって……──! あ、アカウントのパスワード……」
ハッとして、家に帰った初日、彼女にスマホを預けていたことを思い出した。
スマホのパスワードは、虎雄の誕生日【0607】。昔から変えていないため、彼女が知っている可能性も十分にある。
目を丸くする虎雄を見て、クスクスと笑う彼女は言う。
「ボク、兄さんのことなら、なんだって知ってるんだから……」
赤らめた顔で、虎雄を見つめる。
家に帰ってきた初日に、彼女に対して感じたことは、我慢の限界を超えたらしい、というものだ。
世間から犯罪者やテロ犯と誤認され、挙句死んでいたことにまでなった虎雄を傍目から見ていた、妹分──深守雪乃は、心配性のタガが外れてしまったようだった。
「雪乃……、心配かけて本当にごめん」
言って優しく抱きしめる。
すると瞬間湯沸かし器のようにポッと熱くなり、虎雄から離れた。
「そそそ、そんなこと言われても、出してあげないよ! もう決めたの! 決定事項なの──!」
語尾とともに弾き飛ばすように、ドアを叩き締めると、ガチャガチャと鎖を巻いて鍵をかける。
虎雄は、自室のベッドに腰掛けて、頭を悩ませた。
(……どうしたら、外に出してくれるか……)
無理に外に出たくはない。
心配をかけてしまったという自覚もあり、責任も強く感じていた。
「んー、謝ってもダメだったしなぁ……」
この一週間、何度となく謝り倒した。
始めは軽く頭を下げて、次には土下座して、その次には
挙げ句の果てには、ツンデレキャラ、オラオラ系、先程のような優しい兄の抱擁なども、試してはみたが、予想通りの結果に終わっていた。
(次は……、どんなキャラがいいだろう……)
そして、思い至る。
小さい頃の雪乃が、日曜の朝からテレビでやっている魔法少女もののアニメにハマっていたことに。
「魔法少女のコスプレとか……、あったか?」
ガサゴソと自室の押し入れに、手を突っ込んでみたが見当たらない。
(あ! 確かベッドの下に……)
虎雄は、ベッドの下を覗いて丁寧に包装された一枚の衣装を手に取った。
(……これは)
手にあるのは、女性物のかなり際どいビキニアーマー。
虎雄が配信中に酒を飲みながらポチった黒歴史だった。配信中は浮かれて、街中のひったくりをビキニアーマーで追跡したら、面白いかも、という気の迷いがあった。
だが実際は、公序良俗に反していることで、一生着ないと封印した魔の装備。
「これで謝ったら、病院に連れて行こうと外に出してくれるか……?」
虎雄は血迷い出した答えを、ぶんぶんと首を振ることで却下した。
「……兄として終わる」
手にした魔の装備は、丁寧にベッドの下に再度封印した。
そしてベッドに再び腰掛けると、小さい頃を思い返す。
◇ ◇ ◇
虎雄が雪乃と会ったのは、一家心中から生き残った後の養護施設だった。
ひまわり園、というどこにでもあるような一般的な養護施設。
そこには、さまざまな理由から親を失ったり、家族と暮らせなくなったりした、子供たちが、二十人ほど暮らしていた。
黄色い屋根の大きな平屋で、幼稚園のような門構え。海辺が近く、夕方には夕陽が綺麗に見える場所だった。
養護施設に来て初めの頃、虎雄は、夕陽が綺麗に見えることなど気にもせず、一人でぼーっと空を眺めるだけ。
母の言葉に呪われて、ただ「死にたい」そう思っていた。
だから、周りの変化にも気づかない。
そんな時に、声をかけて来たのが、二歳年下の雪乃だった。
「兄さん……」
小さい頃から一人で育った虎雄は、妹という存在がわからなかった。
無視して、距離をとって、ひたすら突き放す。
それでも毎日のように、兄さん、兄さん、と声をかけてくる。
「兄さん、これ教えて欲しいです……」
声が震えていることや、瞳が潤んでいることにも、気が付かなかった。
でも、そんな状況に変化が生じた。
それは、養子縁組を希望する男が、施設にやって来た時。
大人しく、それでいて、聡明な子供。雪乃に、その男の視線が向いていた。
「どう? 今日から家族になるんだ、私のことをお父さんと呼んでごらん」
中肉中背で身長も高い、メガネをかけたサラリーマンのような男が、膝をついて雪乃を見つめている。
でも、その目に父性なんて暖かくてキラキラしたモノはなく、虎雄の母が知らない男に向けていた目と同じように感じた。
「…………」
雪乃は、俯いたまま、男の元に近寄ろうとしない。
見かねた施設の職員が、優しく雪乃の手をとって、サラリーマンに近づけると。
「あっはは……。かわいいなぁ、照れているのかい?」
その時は長かった黒い髪を愛でるように触り、ねっとりとした視線で雪乃を上から見下ろしていた。
「…………」
雪乃の俯いた顔は、ひどく怯えているように見える。
兄さん兄さんと頼ってきた雪乃とはまるで別人のようだった。
「どうしたんだい? ほら、お父さんって呼んでごらん」
虎雄は、自分でも理解できない衝動に駆られて、動いていた。
雪乃の前に立つと、サラリーマンを見上げて言ったのだ。
「気持ち悪いおじさんとは、一緒に行きたくないってさ!」
「な、なんだクソガキ──!!」
顔を般若のように歪めて怒る男は、そう言って、虎雄に拳を振るった。
小さく軽かった虎雄は、いとも容易く吹き飛んでいく。
同時に、サラリーマンの男に対する施設職員の評価も底辺まで下がった。
「あなた! 何しているんですか? 子供に手をあげるなんて!」
職員が詰め寄ると、訥々と言い訳を始めたのだ。
「いや……、子供が生意気な……いや、乱暴な口を聞いたので、指導のつもりで……」
そんな言い訳が通るはずがない。
ひまわり園では、養子縁組を希望する両親と面談し、不幸な過去があり親を失った子供たちが、幸せに過ごしていけるように、適性を見て判断を下していた。
子供に手をあげてしまう、しかも衝動的に、子供が死ぬかもしれない行動をとってしまう人間に養子を引き取る権利などない。
「ふざけないでください! 出ていってください! 子供に手をあげる方に、養子として預けることはできません!」
職員は言い放ち、サラリーマンの男は、ネチネチと文句を垂れながらひまわり園から去っていく。
一方、殴り飛ばされた虎雄は、レンガ石で囲われた小さな花壇に頭を突っ込んで、男の無様を笑っていた。
「……大丈夫? 兄さん」
虎雄は、ツンケンして差し出された手を弾き返す。
「オレはお前の兄さんじゃねぇ、心配しすぎだよ。あのババアも……」
言いながら体を起こして、口の中に入った土を取り出していると、
「お洋服にも、沢山ついてます。……うふふ、兄さんはやんちゃです」
雪乃は、口に手を突っ込む虎雄の、服についた泥を手で払った。
不思議と顔が熱くなる。そして同時に、雪乃を助けられたことが無性に誇らしかった。
「やんちゃじゃないっての! なんだお前、前から言ってるだろ? オレはお前の兄さんじゃないって」
「いいえ、兄さんは兄さんです。──さっきも守ってくれました」
なんで虎雄を兄さんと呼ぶのか、それはわからないが、必要とされることのなかった虎雄を、必要として頼ってくれる雪乃の存在は、閉ざされていた心をこじ開けたのだった。
◇ ◇ ◇
思い返しているうちに、眠ってしまった虎雄は、ガチャガチャと鳴るドアの音で目を覚ました。
そしてドアの方を見ると、雪乃がニコッと笑って言う。
「ご飯できたよ! 兄さん!」
──────────────────────────────────────
あとがき
二章「ダンジョン破壊系配信者の末路」がスタートします。
一日に1話の更新ペースになりそうですが、暖かく見守っていただければと思います。
戸部ヒカル
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