魔力Fランクの魔法騎士教師

シウ

第1話

魔法騎士。それは霊具と呼ばれる己の魂を武具として具現化させて戦い、魔法を使い戦う騎士を指し、人々の剣となり盾となり希望を照らす者。

では魔法騎士はどのようにしてなるのか? その答えは簡単。魔法騎士を育成する学院アルステラを創業すればいいのだ。


「さて、まずは君達は無事見習いとしてアルトステラ王国が大陸に誇る魔法騎士を育成する学院、オルソラへと無事に入学することが出来た、おめでとう」


教壇に立つクロウディス・アーヴィンの視界にはそれぞれ席についている5人の受け持った生徒を収めながら素直に賞賛の拍手を送る。

そんなクロウディスに対して五人の生徒は白けた


「だが、同時に君たちは一つの事実を受け入れなければならない。それは何だと思う?」


そう、目の前の五人にはある致命的な事実が存在する。そして、それを再確認させるようなクロウディスの問いに一番前の三つある席、そのうちの一つに座るライトブラウンでショートヘアの少女が手を挙げた。


「じゃあ、手を挙げたミリアーデ・スターレット。答えてみて?」


クロウディスの問いに少女は立ち上がるとその問いに対しての正解を答える。


「私たちは、・・・・・・・・落ちこぼれ、です」


悔しそうに、俯きながらも自らの現実を確かに口にした。


「そう。君たちは落ちこぼれだ」


そして、クロウディスも少女、ミリアーデの言葉を正確に一言一句たがえることなく、自分の前にいる生徒たち五人の現状を肯定した。


「じゃあ、君たちにもう一つの質問をしよう。俺はこの学院で何て呼ばれていると思う?」


「‥‥‥‥学院教師史上初の、「魔力Fランク」」


そう答えたのは後ろにある二席のうちの一つでうつぶせになっている淡い緑色のミディアムヘアととがったエルフ耳が特徴の生徒、シェン・リンフィアだった。


「その通り。俺の魔力量は最低値のEランクよりも下のFランク。つまり魔力量は君達よりも下、という訳だ」


この世界には、宝珠と呼ばれる魔法道具によって個人が保有する魔力量を測定することが出来る。そしてその結果の最低値がFで最高値がAの判定となる。そして、この魔力保有量というのは魔法騎士になる過程において大きな測りの一つとなる。


「幸いというべきか、君たちは俺と違って最低値ではない。であるならば諦める事は時期尚早だと俺は思っている」


「はっ! 同情かよ?いいもんだな教師という身分じゃあなぁ! こっちの事なんて我関せずなんだからなぁ!」


声を荒げながら立ち上がるのはキーグス・アンドラ。体躯は小柄だがその腕を振るえばそこらの木をなぎ倒せると思わせるほどに鍛えられたドワーフの少年。だがそんなキーグスを前にしてもクロウディスにとってそれは微風にすらなり得ない。


「まあ、他の教師たちだったらそうかもしれないね。君たちはこの獅子(レオ)クラスがなんていわれているか、知っているな?」


「『学院の墓場』・・・・です」


そう答えたのは腰まである深い青色のストレートヘアで、今も小動物のようにビクついているナーフェ・ルクレトだった。


「その通り。今までこの獅子クラスに在籍していた生徒たちはいくつか理由があれ全員が退学処分になっている。だからこそ勇敢である獅子の名前に反して学院の墓場なんて不名誉な名前がついているんだ」


実際、獅子クラスがどうなったのかを聞いた当時のクロウディスが聞いたときは驚きしかなかった。何せ、自分と彼女が在籍したクラスが学院の墓場と呼ばれるなんて誰も予想できなかった。だからこそ、クロウディスとしては学院に赴任するにあたって一つの目的を持っていた。


「だから君たちに一つだけ聞く。君たちはこのまま終わりを望むか?」


「・・・・・・・・・・・・・いいえ」


クロウディスの問いに答えたのはミリアーデだった。


「私は、ここで終わりたく、ないです!お父さんやお母さんだって魔法騎士なれるか不安だった私を励ましてくれた!だから、私はお父さんたちの期待を裏切りたくない!私は魔法騎士になるのを諦めたくないですっ!!」


「わ、私もっ、お、臆病だし、こ、怖がりだけどっ、お母さんに、ちゃんとま、魔法騎士になった姿を、見せてあげたい!」


「お、俺だって諦めるつもりはねえよ!」


「ぼ、僕だって!」


ミリアーデに続いてナーフェが、それに続くようにキーグスとこの教室最後の一人、スコルプが声を上げる。


「なるほどな。皆はこう言っているがシェン、君はどうなんだ?」


「私は……、まあ、みんなと同じかな‥‥」


相変わらずうつ伏せだが、その声音には先程までののらりくらりとは違った、力があった。であるならば、彼らを受け持つ教師であるクロウディスのやることは定まった。


「なら、俺はお前たちに一つ誓いをたてよう」


「誓い、ですか?」


不思議そうなミリアーデとほかの四人に対してクロウディスは誓いを言葉にする。


「俺は、お前たちとこの獅子クラスを最強へと導いてみせよう」


そして、この時から獅子クラスの最強へと至る物語の幕がようやく開き始めた。

だが、なぜクロウディスが魔法騎士を育成する学院、オルソラに赴任することになったのか。それはおよそひと月前にさかのぼる。


「ふう、取り敢えずこんなところかな?」


外を確認が必要な書類を一通り片づけて視線を窓に向けると外はすでに夜の帳が下りていた。


「ありゃ、もうこんな時間なのか」


部屋の明かりは部屋に来た団員の誰かが、おそらく彼女が点けてくれたのだろうが仕事に集中しすぎた余りに夕食を食べるのをすっかりと忘れてしまっていた。

見た限り、外はかなり暗い様子からどうやら深夜に近い時間帯になってしまっているようで。この感じでは厨房の人も眠りについている可能性が高い。


「さて、どうしたものかな」


一応この部屋にも何度か同じようなことがあるので長く置ける乾パンとチーズ程度はある。だがお昼から食事をとっていなかったので流石にそれでは到底たりない。


「仕方ない‥‥、寝るか」


だが、どうしようもないことだと諦めて部屋に戻ろうと椅子から立ち上がった時、部屋の扉の前に気配を感じた。そしてその気配をよく知る人の気配で。


「クロウディス、居るかな?」


「ええ。いますので早くお入りになられては如何ですか、陛下?」


クロウディスがそう声をかけると扉が開くと白髪が混じるもまさに悪ガキのような笑みを浮かべ、ゆったりとした寝間着姿、だがその手にはワインにグラス、そして何かが入った袋を持った壮年の男性が入ってきた。


「相変わらずだな、クロウディス」


そう言いながら部屋に入ってソファに腰掛けるのは、アルトステラ王国の現国王であるルイータル・ア・アルトステラその人だった。


「陛下こそ、相変わらずですね」


「なに、お前が執務室におらねば私も来んよ。だからこそ、お前が詰めているときは私にとって片意地張らずに過ごせる貴重な時間なのだ。それに、お前にとっても悪いことではなかろう?」


そう言いながらテーブルの上に持ってきたワインを開けると二つのグラスへと注ぎ、持ってきた袋を開けるとそこには幾つかのチーズにナッツ、乾燥させた干し肉といった酒のつまみがあった。


「ほれ、流石に根を詰めすぎているだったのでな。少しは腹の足しになろう?」


「‥‥恐縮です」


正直、寝ようとは思っていたがそれでも空腹の欲求は抗いがたいものであったのは事実で。クロウディスはルイータルの向かいのソファへと腰を下ろすと目の前に置かれたグラスを手に取る。


「君の苦労を祝して」


そう言うとルイータルはワインに口をつけ、それに続くようにクロウディスもグラスに口をつける。

口にした瞬間、口の中に広がる軽いアルコールと無数の小さな泡が弾けると同時に爽やかな甘酸っぱい風味が口の中に広がった。


「‥‥美味しいですね」


「そうだろう?北にあるリガニアという町の特産品だ」


「北のリガニアと言えば、リンゴが有名でしたね。という事はこれはシードルですか?」


シードルとは他にもあるがリガニアでは特産であるりんごを使い発酵させて作られるワインで先程口の中で無数の泡がパチパチと弾け香りが広がる。ほかにも同じようなものがあるらしいが、アルトステラではリンゴを使った酒の事を指していた。


「ああ、つまみがあるとはいえ空腹の君に進めるにはアルコールが強いものより弱く、しかし疲れているだろうから甘みのあるものを選ばせてもらったよ」


「申し訳ありません、陛下にお気遣いをさせてしまい」


「気にするな。この国を守る【比翼】の片翼である君には感謝している、これはそのささやかなお礼だよ。もちろん彼女、ミーティアにもね」


「それは彼女に言ってあげてください、喜びますから」


ルイータルはそう言いながらチーズを取るとそのまま齧り、クロウディスはナッツを手に取ると口へと放り込む。

そうして、ツマミがなくなり酒もグラスに残っているものだけになりアルコールが入ったことでほんのりと酔ったクロウディスに対してルイータルは、だいぶ出来上がった様子だった。


「大丈夫ですか?」


「ああ。見た目ほど酔っちゃいねえよ、頼み事もまだ言ってないからな」


「頼み事、ですか?」


「ああ、お前にしか頼めない事なんだ。まあ、本来は俺が手を出す案件じゃないんだがな。あいつの残した場所だからな‥‥」


そういうルイータルの顔は、まるで旧友を思い出すかのような懐かしい表情でそう口にした。


「あいつ、ですか?」


「ああ、お前も、いやミーティアも一緒だからお前たちが最も世話に奴になったというべきかな?」


「俺と、ミーティアが?」


ルイータルが意味深に言ってきたことで、自分が、いや。自分たちが世話になった人物と言えば何人かいるがその中で最も世話になった人物と言えば、一人しかいない。


「……もしかして、あの人ですか? でも、あの人は」


「ああ、既にこの世にいない。だがな、奴が残したものがあるじゃないか」


「学院の、獅子(レオ)クラス、ですか」


「ああ、あいつの忘れ形見だ」


クロウディスの言葉にルイータルは何も言わないが、クロウディスを見る目がそうだと肯定しているようだった。

獅子(レオ)クラス。それはクロウディスの幼馴染で同じく比翼の片翼たるミーティア・ホワイトが在籍した魔法騎士を育成する学院であるアルステラにある五つあるクラスの一つで、最強を誇ったクラスの名前だった。だが、なぜ陛下(ルイータル)があの人の忘れ形見である獅子(レオ)クラスの事を話題に出すのか、それが気になったクロウディスは次の言葉を待った。


「お前に、あいつの忘れ形見である獅子(レオ)クラスの担任講師になってほしい」


「…どういうことです?」


いきなりの話題の飛躍に流石のクロウディスも理解が出来ずに聞き返すとルイータルは事の経緯を説明してくれた。

クロウディスとミーティア・ホワイトの二人が学院に在籍していた獅子(レオ)クラスは、まさに最強だった。何せ、全員が全ての戦局に対応できるように育てられた結果、全ての戦局に対応できてしまい他のクラスを文字通り蹂躙したのだった。その教えの極めつけが現在王国最強と名高い比翼であるクロウディスとミーティア・ホワイトだった。

だが、それから時間が過ぎて獅子(レオ)クラスの話題を聞かないと思っていた矢先の提案にすぐに何かあると感づいた。


「何かあったんですか?」


「ああ。端的に言えば、学院で獅子(レオ)クラスの解体が検討されている」


「なっ!?」


それは、クロウディスに衝撃を与えるのに十分だった。だが、それでも直ぐに一呼吸で落ち着きを取り戻したのは流石と言えた。


「なぜ獅子(レオ)クラスが解体という事態に?」


「まあ、そうだな。結論だけを言えば今の獅子(レオ)クラスは、ゴミ捨て場になっているんだ」


ルイータルが言うには学院の長である人物から相談を受けたことで獅子(レオ)クラスの現状を、そして解体を検討していることを知った。そして内情を調べると現在の獅子(レオ)クラスは名前と教室こそあるがその場所は学院の外れにあり、更に各クラスにつく講師もいない。さらに獅子(レオ)クラスに入るのは他のクラスに入れなかった落ちこぼれ達を押し込み、退学を進めるまでの場としているという事が判明した。


「ついたあだ名が『学院の墓場』という訳だ」


「‥‥ひどいですね」


かつて学院最強と謳われた獅子(レオ)クラスの現状。

それはかつてクロウディスやミーティア・ホワイトが在籍していた当時の級友たちが、そして何より幾人もの優秀な魔法騎士を育て上げ学院長より【巨匠マエストロ】の二つ名を与えられた今は亡き恩師、グラン・スターレットが何よりも悲しむだろう。


「だからこそ、かの【巨匠(マエストロ)】のかつての教え子にして、アルトステラ王国魔法騎士団副団長にして、比翼の一翼である君に頼みたい。どうか、奴の愛したクラスを助けてもらえないだろうか」


そう言うとルイータルは国王である頭をクロウディスへと下げる。この場にクロウディスしかいないとはいえ国王が【比翼】と謳われているが、たかが一人の騎士に頭を下げることはあってはならない事で。

本来なら止めなければならないクロウディスは、それを止めなかった。なぜならルイータルの、かつての友を思っての行為だという事を理解したからこそで。そして、クロウディスの答えは決まっていた。


「‥‥‥‥わかりました。あの人の教えを受けた一人の生徒として、そしてあの人の友としてのルイータル陛下、貴方の願いを叶えるため。ですので頭を挙げてください。一国の王がたかが一人の騎士に頭をさげるべきではない」


「確かにそうだが、例外だろ?」


ルイータルのその言葉にクロウディスは困った表情を浮かべ、一方のルイータルは一本取ったとばかりに悪ガキのように笑い残っていたワインを飲み干すと立ち上がる。


「流石に長居をし過ぎた。私は戻る。ああ、片づけはフェインがやるぞ」


「わかりました。お気をつけてお帰りください」


一足先にソファから立ちあがり扉へと歩き出したルイータルを見送る為にクロウディスも立ち上がった時だった。扉をあけながら思い出したようにルイータルは振り返る。


「ああ、忘れるところだった。今年の獅子(レオ)クラスに【巨匠】の孫が入学するようだぞ?」


「……え?」


じゃあな。とそう言うとルイータルは部屋を出ていき、執務室に残ったのはクロウディスだけとなるが、クロウディスはその最後の一言に呆然となり。


「はあああああぁぁぁっ!?」


夜であることを忘れて、思わず叫んでしまったのだった。

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