すりー・わんわんわん
佐藤さんに大事だと言われ、それを自分の中に落とし込んで血肉にする。それがじんわりと染み渡っていく感覚になるが、それが不快とは全く思わなかった。
その日の夜は、前足に負担がかからないようにブラッシングをしてくれた。なんなら歩くことすらさせてやらないぞ、とどこに行くにも抱き抱えられた。そして寝る時は一緒のベッド。
その間、佐藤さんは一分に一回くらいは『サキちゃんが大事』『自分を大事に』と僕に言い聞かせてきた。
大事にされることの……何だろう、嬉しさ?で体がくすぐったく、でもそれは嫌ではないなとも感じた。
…………
人間に戻ったのは次の日の朝で、今一度何故ああなっていたかを聞かれた。
僕は佐藤さんの助けになりたかったのだと正直に話すと、嬉しそうに感謝の言葉を送ってくれ、しかし自分は大事に、とこれまた口酸っぱく言われた。
そして佐藤さんは僕に『出来ることをやってくれれば良いよ』と言った。無理は禁物、とも。
その言葉をしっかり受け取り、じゃあ僕に何が出来るだろうと考えるようになった。
僕に出来ること、出来ること……
しばらくの間考え込み、ハッと一つ思いついた。というよりも思い出した、と言う方が正しい気がする。
担当さんにも連絡しなきゃ!
一応僕は学生の身でありながら、(鳴かず飛ばずの)小説家という一面もあったことを思い出したのだ。
確か今は締切に余裕はあったはず。だが所在が変わったし、一度生存報告はしておこうか。
そして僕に出来ることといえば、やっぱり執筆だよね!
担当さんの電話番号も頭に残っていたので、それにかけてみる。結果として、何ら問題なく話は進み、『次の話の構想がある』と言うと大層喜ばれた。
それなら早く書き上げなければ。より一層やる気が上がった。
…………
メモ帳から数枚紙を拝借し、どんな話の展開にしていくかと頭を働かせていく。思いついたことは何でもメモしておかなければ。
確か僕の一番のヒット作は、己が体験した転生をネタとして、物語を構成していったんだよな。
一度目の人生も、二度目の小手 咲羅の人生も、愛とは程遠いものだったからね。生きている時も、死ぬ時も、とにかく孤独だった。
だから作品の中だけでも、と話のラストは主人公が人に愛されて終わる。その希望がまさか数年後叶うとは思わなかった。犬として、ではあるが。
と、まあ前ヒット作に思いを馳せるのはここら辺にして。今回はどうしていこうか。どうせならこの不思議体験、ポメガバースについて書きたいとは思っている。
とは思うが、話の着地点が全く思いつかないのだ。ポメ化して、拾われて、愛され人に戻り、そして……?
僕はどうしたいんだ? 佐藤さんとどうなりたいんだ?
前ヒット作では愛されたかったという自分の願望をラストに持ってきた。それなら、今回は?
僕はこれ以上に何を望む?
その後、佐藤さんが帰ってくるまでそんな疑問を考え続けることとなる。
──楓真side
家に帰ってくると、ウーンウーンと唸るような人間の声が玄関にまで響いていた。
この音、もしかしてサキちゃんが発しているのか? 何かあったんじゃないかと心配になり電気がついているリビングに俺は走った。
倒れていたらどうしようだなんて心配は、サキちゃんの様子を見て杞憂だったと理解した。
サキちゃんはソファーに座って右に左に体を揺らしウーンウーンと唸っていたのだ。腕を組んでいる辺り、考え事だろうか。
「ただいま。」
「ウーn……ハッ、お、おかえりなさい!」
「考え事か?」
「あ……ええと、はい。」
「そうか。何かあれば言ってくれな。」
「勿論です。……あ、あの、僕に出来ること、見つけました! だからこれからそれをがんばります!」
自分に出来ることを見つけた。そう言った時のサキちゃんの笑顔はとても明るくて、まるで晴れた青空のようだった。
「っ……! そ、そうか。ほどほどに頑張れよ。」
「はい!」
その笑顔があまりにも眩しすぎて、俺の疲れもその光で浄化されたような気分になった。
…………
「夕飯作りの手伝いします! 今度こそ皿を割らないように! だ、駄目……でしょうか?」
フンスフンスとやる気に満ちたサキちゃん。皿を割った前科があるからか、俺の様子伺いをしながらそう意思表示してきた。
「いや、まだその手の傷が痛むだろうから、それが治ったらお願いするかな。」
痛くないと本人は言っていたが、それでも気になるから。
まだ包帯でグルグル巻きにされた──人間に戻ってもそれはきちんと巻かれていた。実に不思議である──両手を俺の手で優しく包み、そうお願いする。
ほら、サキちゃん。自分大事に。
合言葉のようにそう呟けば、サキちゃんも笑って復唱してくれた。
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