天才様の執着からは逃れられない
夢見夢
第1話
井の中の蛙大海を知らず。
なんて言葉があるけれども、自分の世界に囚われていた方がよかったのかもしれない。広い世界を知った蛙は心が折れて苦しい思いをする方がしんどいと思う。正直、大会で溺れるのだから出たくないだろう。
「雨音、おしいね」
「そうだね、あんなに頑張ってたのに」
「でも、2位よ。初めてだったのにすごいわ」
小さなコンクール。初めてだったけれどもピアノ教室に中ではいつも1番だったのだ。だから、このコンクールでも1位を取れるのだと思っていた。実際は、そんなことはなかった。
「お母さんとお父さんもほめてくれるかな、先生」
「きっとほめてくれるわ。初めてのコンクールなのに、あのシュネーヴァイス家の子が出てるのに同等なんだもの」
「先生、シュネーヴァイスくんなんて名前ないよ?」
「そうね、白雪くんがシュネーヴァイスくんなのよ」
「そうなの?」
「ええ、そうよ」
シュネーヴァイスくんの名前を始め聞いた。けれども、他のコンクールに出ている子たちは名前を見てなにか諦めたような顔をしていた。それほど、白雪くんはすごい人なんだと思う。小学生になって初めてコンクールに出る子は少ないのかな。なんて考えながら、両親を待っていた。本当は、私のコンクールにお母さんもお父さんも来てくれる予定だったけれども、体の弱い妹が熱を出したから病院に行っているのだ。本当はどちらかでもいいから来てほしかったていうのが本音だけれども、お姉ちゃんだから我慢しないといけないのだ。我慢なんかしたくない。私の誕生日も、初めての発表会も来てくれることはなかった。だから、今回の小さいけれどコンクールで一番になれば褒めてもらえるかなって淡い期待をしながら参加したのだ。
「ねえ、君が神里なの?」
「え、えっと」
「俺は、シュネーヴァイス・ジークフリート。こっちだと、祖母さんにつけてもらった白雪凛梧って名乗ってる。今回のコンクールは名前隠してたけど、顔でバレちゃったんだよね。別に失格でもよかったんだけど、戸籍に別名で登録されてるらしいから問題ないってことで出れたんだ。でも、出れてよかったよ」
「そ、そうなんだ」
「うん、だって、君の演奏きけたからさ。俺、俺と同じくらいうまい奴に初めて会ったよ。どの先生を師事してるの?」
「えっと」
その言葉を聞いて少し離れたところで話していた先生の方をみる。そちらを見たことによって少年の視線も先生へと移る。すると驚いた顔をした。それも、そうだろう。別に先生は大きなコンクールで優勝した経験があるわけではなかったはずだからだ。
「あの、先生に習ってるの?有名な人じゃないと思うんだけど。それよりも、向こうの先生なんじゃないの?」
そうつぶやいて指で示したのは、私と彼以降予選を通過した教室の生徒たちがレッスンを受けている教室の先生だった。確か、その教室の先生は大きなコンクールで入賞した経験があったはずだ。そこに通いたかったが、家から遠いため送り迎えが必要なのとレッスン料が高いのを理由に両親から許可が下りなかったのだ。それでも、今の教室でよかったのかもしれない。私の家の都合を理解してくれる先生だったから、今回の保護者が同伴されていないコンクールでも問題なく参加できているから。
「ううん、私の先生は、あの先生であってるよ。私、あの先生に習ってるの。でも、いい先生だよ。好きなことをさせてくれるから。遅くまで練習しても許してくれるし、他の子がいない時ならいつでもピアノをかしてくれるから」
「家にピアノないの?」
「うん、ないの。でも、いいんだ。紙の鍵盤で練習してから、弾いてみるの。そうするとね、楽譜通りなはずなのに違うときもわかるしね」
そんなの強がりだ。でも、恵まれているであろうこの子に同情されるのはいやだ。だって、褒めてくれたんだと思ったから。だから、同情されないためにも強がって見せたのだ。小さな私の見栄かもしれないけれど、それでも、いいのだ。
「そっか、すごい努力家なんだね。ならさ、俺の家今度来てみる?楽譜いっぱいあるしピアノもあるよ。また、君とコンクールで競ってみたいんだよね」
「でも、そんなにでれないよ?」
「うん、だから、一緒に練習したいんだ。ダメかな?」
「だめじゃい。うれしい」
小さなころの約束。これは、劣等感を刺激することと一緒に私に大きな縛りになった。今なら、絶対にそんな約束なんかするなって言える。
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