第15.5話 There are things that you (the assassin) are not good at too.
mission15.5: There are things that you (the assassin) are not good at too.
「ご主人様…先日は申し訳ありませんでした…」
背後に、僕の背中に体重をかけるように立ち、耳元でメイドが囁く。
メイドが話すたび、耳に吐息がかかる。
「もう二度とこのようなことは致しませんので、どうかお許しください」
いつもの飄々とした態度はどこへやら。
しおらしい様子で話しかけてくる。
そして、背中にむにっとした大きく柔らかな”何か”が当たっている気がするのだが、きっと気のせいだ。きっと。
そんな意味が分からない状況にいる僕はーー
「……何がどうなってる?!」
たまらず叫んだのだった。
***
遡ること数分前。
僕は一人静かに自習をしていた。
メイドが来たからと言って、今までの習慣を無くしてはいない。
授業だけ、授業で勉強しているからと日々の学習時間を怠ると、せっかく習っても左から右へ…意味がなくなってしまう。
それに僕としては、「自分自身で努力する」と言う指針を忘れたくないと言うのも理由の一つだ。
そんな志を基に今日は毒への耐性のつけ方を勉強している。
そして今回は座学だけでなく、実際に毒も作ってみることにした。
試しに思うがままに作ってみると、いくつか失敗したが見た目は成功していそうな物も作ることができた。
透明なそれは、まるで水のようだ。
毒の中で一番危険な色は透明らしい。これならメイドにも効くのではないかとドキドキしてしまう。
「やったぞ…ーー」
「…わ、物凄い薬品の香り…」
喜びも束の間、後ろでメイドの声がした。
昼食か、授業の時間が来たので呼びに来たのだろう。
いつもなら足音と存在感のない登場に驚くか、塩対応で出迎えるが…僕は今回実験の成功(未)と集中していたからか、アドレナリン放出による深夜テンションによりーー
「メイドっこれを飲んでみろ!」
勢いよく薬品を持ったまま振り返った。
そしてここで二つ誤算があった。
一つは勢い余りすぎたこと。二つ目は思ったよりメイドの距離が近かったこと。その結果…
バシャンッッ!!!
蓋をしていなかったビンは勢いよく中から飛び出し、止める間もなくメイドに降りかかってしまった。
「…あ、す、すまなーー…いや、急に現れたお前が悪い!」
咄嗟に謝罪の言葉が出てきたが、何となく「コイツには謝りたくない」と言う子供な考えが邪魔をした。
が、そんな僕の頭の中に浮かんだのは、母の言葉。
「いい?✖✖。人間として、嫌いな相手でも自分が悪いと思ったら素直に謝るのよ。例え、それで自分に悪いことが起こっても。そうしていれば、貴方はとっても素敵な人になれるわ」
母は優しかった。
悪いことをした僕に厳しく叱った後、優しく諭してくれた。
そんな優しい記憶が蘇り、一瞬泣きそうになるがぐっと我慢してもう一度メイドに謝るために顔を上げる。
「…っメイド、さっきは…ーー」
が、そのメイドはぽけーっと宙を見つめながら突っ立っている。
「…メイド…?」
疑問に思った直後、ハッとする。もしかして、怒ったのではないか?
共に暮らして数か月は経つ。メイドの性格は何となく分かっている。
メイドは”自分がイタズラするのは良いが、されるのは好きではない”と言う理不尽なヤツだ。
メイドがビンを避けられなかったのは意外だったが、それとこれでは話が別である。
取り合えず床に飛び散った破片や水滴を拭きつつ様子を窺ったが、待てど暮らせど変化がない。
(…も、もしかして実験が成功したのか!?なんの効果かは知らないが…体が硬直するとか?…いやいや、そんなチートな…)
様子のおかしいメイドに、まさか本当に成功したのかと戸惑いと喜びを表す。
一旦心を落ち着かせ、冷静になるために後ろを向いたその時だった。
「ご主人様…」
色っぽい声を上げながら、メイドがくっついてきたのだった。
***
話は戻り、現在。
様子のおかしいメイドが背中にくっついているこの現状は変わっていない。
「…っ重い!離せ…!」
何とかメイドを引き剝がすと、ため息をつく。
なんなんだ、急に一体…
いつものメイドのイタズラか、それとも…
「本当に成功したのか?」
とりあえずまだ死ななくていい。メイドに何かしら効果のある毒があると知れただけでも万々歳だろう。
引き剥がされたメイドは驚くほど力がこもっておらず、まだぽけーっとしている。
頬は赤みを帯び、目はとろんとしていた。
…ここまでくれば、読者諸君は分かるだろう…。「えっちな展開だ!!」…と。
しかし本主人公はバリバリのショt…子供なので、この意味を理解していないのである。
つまり、導き出された答えはーー
(…実験が成功していたのではなく、風邪をひいていたのか?!)
超鈍感系主人公のような答えが出た。
一つの仮説が立つと、頭がみるみるうちにすっきりしていく。
メイドの様子がおかしかったのも、顔が赤いのも風邪だと納得がいく。
(それにしても…)
殺し屋が風邪なんて引くんだろうか、そんなことを考えながら、とりあえずメイドが口を開くまで待とうと思うのだった。
***
(うーん…これは困りましたね…)
萃はぽけーっとする”演技”をしながら困っていた。
実のところ、萃は毒なんてこれっぽちも効いていない。
…いや、毒と言うよりこれは。
(……媚薬、ですね)
正直避けることもできた。が、なんだかこのままの方が面白そうだったので、あえて避けなかった。
思ったより被ったな…と思いつつこっそり口に含んだ瞬間、気づいたのだった。
(まぁ、ご主人様が趣味で作るわけないですし、私も『師』に鍛えられたのでこれは完全に偶然ですね)
そう淡泊に状況を分析しつつ、内心思っていることは…
”なんか面白い展開になってしまった”。
どうやら現状、ご主人様は自分の行った実験が成功していると思っているらしい。(メイドは風邪と思われているのを知らないよ)
(…ふふ…面白そうですし、少しかかったふりを続けてみましょう)
そう、ハニートラップの訓練だと言いくるめて。
萃は再度、ご主人様に近づこうとして、体に違和感を覚えた。
「……?」
見てみると、肩に毛布が掛けられていた。
なぜだろう…と思いつつ、机の上を整理しているご主人様の肩をとんとん叩く。
「……うわっやっと正気に戻ったか?」
メイドの回復?を嬉しそうに思っていない様子のご主人様に、思わず笑いそうになる。
が、ここは我慢だ。ご主人様がどんな反応をするのか、それが気になるのだから。
「ご主人様…少し熱いです」
色っぽさをイメージしながらゆっくりと言い、エプロンを肩から少し外してみる。
「そりゃ熱いだろ(風邪なんだから)。早く寝ろ」
「このまま…ですか?薬(解毒薬)も出ず?」
「……それは後でお前がどうにかしろ!」
こっちは片付けで忙しいんだと、目もくれず言った。
(ギリギリまで自分が持ってくるか考えてましたね…)
生温かい目線になりつつも、演技することは忘れない。
「身体がどうも火照っていて…ご主人様、拭いてくれませんか…?」
ご主人様に持っていたハンカチを差し出しながら言う。
ワンピースのボタン上三つを外し、見えるか見えないかギリギリを攻めた。
「……お前いくら何でもっ…。……っ。…自分でやれ、できるだろ」
(あーあ、残念です…)
最初は子供らしい初心な反応を見せたのに、私のことを殺し屋だと思い出したのか、急に冷めた反応になってしまった。
やはり生理的に反応してしまうことはあるが、あくまで相手は敵。
複雑な感情がご主人様の中で染みついているのだ。
(そんなこと考えなくたって、”昔”から……)
そこまで考えてハッとする。
もう、昔の自分はいないのだから。考えたところで、時間の無駄だ。
ふっと笑みをこぼす。
ご主人様が疑わしげに私を睨む。
「……ご主人様は嘘に引っかかるのが得意ですねぇ」
憂さ晴らしをするように、言った。
***
「…くそっなんなんだ、アイツ……」
ドスドスと怒りを込めてわざわざ大きな音を立てながら、浴場へ繋がる廊下を歩く。
メイドに、実は毒になんて引っかかっていないと言われた。
その真実にも驚きだったが、一番の屈辱は風邪だと思っていたことだ。
最悪なことに、馬鹿正直に話してしまったためとても笑われた。
それが何よりも悔しく、恥ずかしい。
そのあと、あまりに悔しくて「あとで絶対イタズラし返してやる!」と捨て台詞を吐いたのも最悪だ。
そんなことを考えていると、あっという間に浴場についたので脱衣する。
家の浴場は、洋風な温泉と言う感じだ。
大浴場をぎゅっと縮めたような。
大浴場よりは狭く、一般家庭よりは広いと想像してくれたらいい。
そう言えば、メイドが散々からかった後、何か言っていた気がする。
その時も感情がぐちゃぐちゃだったので、聞いていなかったが。
思い返しながら体を洗うためのタオルを手に持つ。
確かーー
「私が先に○○○に入りますから、ご主人様はーー」
記憶を探りながら、断片的に思い出したと同時にドアを開き、浴場に入った…までは良かった。
「……メイド!?」
いるはずのない相手が、そこにはいた。
本能的に持っていたタオルで下を隠す。
メイドはお風呂の端に座っていた。
いつもの長い髪を高く結い、首筋にはうなじが垂れている。
タオルを体に申し訳ない程度に当てているが、腰からお尻に当たるきれいなくびれのラインははっきりと見え、足先は湯に浸かっていた。
今まさに入ろう、といったタイミングだったのだろう。
「ご主人様…!?」
メイドもこれは予定外だったのか、素で驚いている。
「なんでお前が…この時間は僕が入ってるだろ?」
どこに目をやったらいいか分からず、とりあえずお湯を流してくれる”マーライオンもどき”に視線をやる。
「なんでって……私、お伝えしたじゃないですか」
恥ずかしそうに足先をもじもじさせながらメイドは言う。
「……あっ」
そこまで言われ、完全に思い出す。
『体がベタベタするので、私が先に”お風呂”に入りますから、ご主人様は後にしてくださいね?』
確かに、こう言っていた気がする。
「……これは普通に、すまない」
「い、いえ…」
いつになくぎこちない雰囲気が流れる。
さすがに混浴などしたくないし、まだ来たばかりの僕が引き返すかと思ったのだが。
(…チャンスなんじゃないか?)
今日は僕のせいとはいえ、散々からかわれた。
今、メイドは自分が予期していなかったことに動揺している。しかも素で!
散々からかわれた僕の脳内は、イタズラゲージMaxだった。
(よし!今日は何されても引かない…!)
そう考えて近づいてみるが、いざやろうとするとどうしたらいいか分からず悩んでしまう。
「ご、ご主人様……?」
目の前には戸惑った様子のメイドが僕を見上げている。
(ど、どうしよう。勢いで来たのはいいが、イタズラってどうする…ーー)
考えあぐねていた時だった。
メイドのうなじが黒いことに気が付いた。
金髪と黒髪がほんの少し混じった。
「…お前、染めてたのか」
思わず手で触れ、声に出ていた。
メイドは驚いたのか話さず、目を開くばかりだ。
さらりとしたメイドの髪が、僕の手に触れている。
「お前が黒髪かー…信じられないな」
髪から手を離しつつ呟き、そのままUターンして浴場を出ていく。
(…あ、イタズラするの忘れてた)
主人公が気づくのは、もう少し後である。
***
メイドはしばらく固まったままでいた。
「……十分、イタズラです…」
萃は火照った体を湯船で誤魔化すように、ゆっくりと浸かるのだった。
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