カエルになった魔王さま
一矢射的
第1話
「魔王様、大変です! 城が何者かに攻撃を受けています」
それはどこにでもありそうな何とも安っぽい『剣と魔法の世界』のお話。
スゴク・タカイマウンテンの頂にある魔王のお城ダークキャッスルは、今まさに謎の軍団から攻撃を受け大きな被害をこうむっていました。
そんな緊急事態にも関わらず、一国一城の主たる魔王の反応はと言えば……。
「あーん? 何の為に警備の兵がいるのだ。応戦せい」
呑気きわまりないものでした。
しかも、玉座の周りにギャルをはべらせ、イチャつきながらの応対。
これには報告に来た軍団参謀のミザリーもイラ立ちを隠し切れませんでした。
「へーいーか! ですから前々より忠告さしあげたではないですか。我々の世界『パンゲア』は今、未曾有の脅威にさらされていると! なにも魔族だけではありません。人間の国も謎の軍団に襲われているのです。噂では別の世界からやってきた侵略者だとか」
「ドアホウ。怪しい噂なんぞでこの魔王デビータ様が動けるか」
「早々に手を打たねば大変な事になると散々申し上げたのに……貴方ときたら。その怪しい噂に殺されるのですよ? 我々が!」
そこへ城全体を揺るがす凄まじい大爆発が巻き起こりました。
呑気にしていた魔王デビータも椅子ごと引っくり返り、流石に大慌て。
「な、なんだ、今の爆発は!? 報告しろ、参謀」
「ですから敵襲です。敵軍には山よりも大きな巨人兵が複数います。とても防ぎきれません。もはや本丸の陥落も時間の問題だと」
「はぁ? 急展開すぎるよ。そんなデカブツが近付いてきたら気付くだろ、普通」
「空にワープゲートが開き、そこから敵兵が落ちてきたもので。まさに刹那の出来事でした」
「なに? 転移門の魔法? 軍団そのものを移動させる規模の?」
デビータはチラリと玉座脇の魔法陣を一瞥しました。
魔族の技術では、一人を転移させるのがやっと。
生半可な戦力差ではありません。
青ざめた魔王の前で肩をすくめ、ミザリーは言いました。
「申し上げにくいのですが、かくなる上は城を捨て逃げるのが得策かと」
「ううう、ぐぬぬ、この容姿端麗で、才気あふれる、史上最強と呼ばれた大魔王に……この余に逃げろと申したか?」
「死んでしまっては元も子もありません。イケメンも不細工も死体なら等価値です」
「ああ、何たることだ」
「しかし、外界において陛下のお姿は目立って仕方ありませんね。特にその角」
「ふん! 角を折り人に化ける軟弱者もいるが、真の魔族はそんな真似をしない」
デビータは絹のごとき黒髪を肩まで伸ばし、切れ長で吊り上がった目と不敵な笑みを浮かべる端正な顔立ちの持ち主。
人間界でもまずまずの美男子として通用した事でしょう。笑い方に少々品性を欠いているのと、頭から二本の長い角が生えている点さえ除けば。
上級魔族しか持たぬ湾曲した角は、確かに目立って仕方がないものでした。口とは裏腹に魔王が自身の角をつまんで気にかけていると、ミザリーはニヤリと笑って懐から何かを取り出しました。何やら液体の入ったガラス瓶でした。
「しかし、ご安心ください陛下。切れ者ミザリーに抜かりはありません。こんな物を用意してみました」
「それは? 薬瓶か?」
「ええ、姿を変える魔法の薬。これを飲めば陛下の逃避行も容易になるでしょう。追手に気付かれる危険も大幅に減ります。ささ、どうぞ」
「うむ、苦しゅうないぞ」
とんとん拍子に進む話。
そこはかとなく怪しさすら漂いますが、なんせ全幅の信頼を寄せた参謀の提案。
デビータは疑いもせず薬を口にするのでした。
すると!
突然デビータの体が縮み、凄まじい苦痛が全身を襲ってきました。
「ぐあああ!!」
倒れる魔王。
逃げ惑うピチピチギャル。
無表情で立ち尽くすミザリー。
そんな参謀の前には魔王がまとっていたゴージャスな服とマントが落ちていました。まるで蝉の抜け殻みたいに。
中身はからっぽ。魔王はどこへ消えたのでしょう?
すると、マントの端がわずかに持ち上がり、膨らみから何かが顔をのぞかせました。
驚いて声も出ないのは魔王です。なんせ自分より頭二つは背の低いミザリーが、今は遥かな高みから自分を見下ろしているのですから。
森に住まうダークエルフ族出身のミザリーは、黒く輝く宝石のような美貌を備えていました。しかし、戦場の花と呼ばれたその美しさも今は不気味に思えるばかりでした。
口角を曲げ、冷笑を浮かべたミザリーは無慈悲に言ってのけました。
「時に陛下。蛙化現象という言葉をご存じですか? つまり貴方のことですよ、まさに今の」
ああ、なんということでしょう!
デビータの体はまだら模様のガマガエルに代わっているではありませんか。
抗議しようにも四肢は床にはりつき、口からはゲコゲコと鳴き声が漏れるばかり。その無様さに失笑を零すと、ミザリーは続けました。
「陛下、いやデビータ。昔は恋焦がれる存在でした。市井の軍事研究家でしかない私が何度も手紙を送り、ついに謁見が叶った時の興奮は忘れません」
「ゲコゲコ」
「しかし、それも私が信頼を勝ち取り、軍事参謀へと昇り詰めるまで。手にしてしまえばまるで物足りぬ肩書きでした。まったく、こんな物かと」
「ゲコ、ゲコォ!!」
「怒らないで下さい。半分は貴方のせいですよ? 私をぞんざいに扱った貴方のせい。天才軍師は居て当たり前ですか? 甘やかし、面倒をみてくれる女性はかけがえのない存在ではありませんか? 誤解しないで下さい。私は貴方のママではありませんよ?」
「ケロケロォ……」
「え? そんな事をしている場合かって? ご安心ください。ミザリーは抜け目のない女。とうの昔に話はついています。これからミザリーは謎の軍団の参謀となって、世界征服へと乗り出すのです」
「!!」
蛙になった魔王はアホウのように口をポカンと開けるばかりでした。
そんな蛙を両手で床から優しく拾い上げ、ミザリーは語りかけました。
「お暇乞いはそれだけです。では、御機嫌よう、陛下」
「ゲゴゴ!」
「悔しかったら、地獄の底から這い上がってきなさい。蛙らしく這いつくばって」
「……」
「……止めてみろよ、蛙。やれるものならね」
それまで優しく保持していた蛙の体。
言い終えるなり、ミザリーはゴミのように投げ捨てました。
蛙を捨てた先は玉座脇の魔法陣。非常脱出用の転移ポータルでした。
魔法陣は光の柱を立ち上げ、城主を逃しました。
本来の役割を果たしたのです。その目方は随分と軽くなっていましたけれど。
後には静まりかえった広間があるばかり。
ミザリーは空になった玉座に腰を下ろすと、新たな城主として訪問客を迎え入れる準備を整えるのでした。
「魔王デビータは城を捨て逃亡した。我々は見捨てられたのだ。これより国の権限は全て、このミザリーにあるものとする。まずは命令だ。白旗を掲げ、侵略者の軍に伝えよ。話し合いの支度は整っている……と」
新城主の命令に逆らう者は誰一人として居ませんでした。
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