黒田官兵衛、空白の一年半~幽閉中に転移していた異世界で謀る~
カズサノスケ
第1話 日の本、滅亡
「――まさか、日の本に南蛮の国々が攻め寄せたと!?」
高台で身を屈め眼下で繰り広げられる戦の様子を眺めていた小寺孝隆(黒田官兵衛)が思わずそう漏らした。
その目に映っていたのは、南蛮胴具足とやらを身に付けた騎乗の者たちが馬上槍とかいう物を構えて疾駆する光景。まさに宣教師から教わった南蛮の騎士達の戦ぶりそのものだったのである。
有岡城の地下にある石牢に幽閉され一月あまり、どういうわけか岩壁に開いていた穴を通って抜け出す事が出来た。孝隆はそう思い込んでしまっていたが、実際には偶然にも石牢から繋がった異世界へと渡っていたのである。
◆ ◆ ◆
高台を降りた孝隆は林の中に身を潜め思案していた。南蛮の軍勢の動向も気になるところではあったが、まずは有岡城の荒木勢だ。石牢の穴に気付いた途端、追手がそれを伝ってすぐにこの辺りまでやって来る。孝隆は充分に辺りの様子を伺った上でのそりと林を出ては辺りを見回す。
――はて、城が見当たらぬ。
有岡城は抜け出たと言っても周りには荒木方の支城もあれば見回りの兵もいるだろう、今どの辺りにいるのかで逃れる道筋が変わってくる。その目星をつける為に求めた有岡城の位置だったが目の前に拡がるのはただの山ばかり。
――それほどに遠くまで離れたとも思えぬが。
とは言え、無我夢中で穴の中を這いずった時の記憶なぞはっきりとしたものではなかった。すぐに城を探すのを諦めた孝隆は空を見上げた。陽の位置でおおよその方角だけ確かめるとすぐに西へと向かって駆け出した。
――今、日の本がどうなっておるか確かめねば。全てはそれからだ。
南蛮の大軍同士が摂津辺りで争う事態。だが、そうなった背景も、それに織田方がどう関与しているかもわからない。それ以前に織田方の陣容が保たれている保証もない。最悪の場合を考えた時、頼れるのは根拠地の姫路しかなかった。まずは西へ向かいながら情報を集め、それ次第で再び改める算段だ。
全ては異世界へやって来たのに全く気付いていない事から始まった取り越し苦労ではあるのだが。
◆ ◆ ◆
孝隆が西へ向かって一里(約3.9km)と少しばかり進んだ頃。
――なぜだ……。
荒木勢の付け城に出くわす事なく、見回りの者を察知して身を隠す様な事もなかった。そうならない様用心に用心を重ねた結果とも言えるが、一切掠りもしないのもまた気掛かりではあった。
――そろそろ
それに、取り敢えずの目当てとしていたものにも辿り着かない。それは有岡城から西へ一里ほど先にあったはずだ。
まずは昆陽寺で今の情勢について話を聞いた上で改めて進路を定め、辺りの集落で馬を調達するつもりだった。東へとって返すにしても、いよいよ姫路まで行くしかない状況でも馬は欲しいところ。仮に姫路までとなれば西国街道へ入って十五里ほどの道のり。
――方角は相違ないはずだが……。
不安に駆られてみれば急に腕に脚、身体の節々に鈍い痛みを感じた。石牢の中で身体をくの字にして寝ては起きる日々が続けば身体もおかしくなる。朝の一番、逃れる好機と張った気もそろそろ弛み始めていた。
途端に腹が鳴った。日に二度の飯は出たが、かろうじて空腹を鎮める程度でとても腹が満たされたものではなかった。今日はそんなものすら口にしていない。
――何とか陽のある内に昆陽寺までは辿り着きたいものだが。
着いた頃には今宵の宿とさせてもらう事になるかもしれない。だが、それならまだいい方で、叶わぬ場合はいよいよ食うと寝るの心配をしなければならなくなる。今の身体には格段に堪える話だ。
それから二刻ほど過ぎ、方角を見定める為に意識していた陽は夕暮れが近い事も教え始めていた頃。
――吉か、凶か
少しばかり先の開けた処にいる人影が目に入り孝隆はすぐに身を屈める。山間に住むただの民であれば近々に迫る多くの悩みが解決する。この地に根差す者ならば道案内も頼めるだろう。だが、山間で密かに暮らす野盗の類だった場合は特大の悩みが一つ増す。
――あの出で立ち、南蛮人か? いや、少しばかり違う様でもあるが。
遠目ではあるが一人は確かに赤い髪色の童だった。その傍らには青い髪色の大男が立っていた。その背の高さは京で見た大柄な南蛮人のそれと同じか、少しばかり高い。いずれにせよ、日の本の男ではないだろう。
「バイルのあんちゃん、今度、戦斧の使いを教えてくれよ?」
「だめだ、だーーめ。ガキが扱える様なおもちゃじゃねーよ」
「ちぇっ」
――少しばかり耳なじみのないものもあるが、日の本の言の葉をあれほどに使うとは。
異世界の山間の集落で暮らす普通の青年と少年のやり取りであるが、孝隆の見識ではどうしてもその様な理解になってしまう。
「俺はなぁ、東の都へ行って傭兵になるんだ。戦場で手柄を立てれば騎士にだって取り立てられるかもしれない。その為に鍛えたんだからな」
「へぇ、ただデカいだけのバイルのあんちゃんがベルスティン公国の騎士にねぇ。そしたらウチの姉ちゃんも少しは見直して嫁さんになってくれるかもしんねぇな」
「バカっ! メイルに聞かれたらどうするっ!!」
――東の都? ベルスティン公国だと?
その様な南蛮の国の名は耳にした覚えはなかったが、孝隆にとって一番の問題はここより東に南蛮人の都と呼ばれるものが既に存在している事だった。
――京は既に陥落か……。羽柴様は? 織田様は?
限界だった。孝隆はその場に仰向けに倒れ込んでいた。慢性的な空腹感に身体の痛みを抱え、一日中山の中を歩き回った者には酷過ぎた。
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