ちょうえきまんぼう後悔記

@nirinso

ツマーへの”告白状”

 全国でも一二を争うという新築の、真新しい警察署の建物の中で、男は便箋を広げ、ある”手紙”を書いた。それは、とある依頼者の女性に宛てた"告白"の手紙だった。


 男は、「ツマー教」に帰依する在家信者であるという。


「ツマー教」とは、平成29年頃に東京都千代田区の弁護士が創始した宗教だ。信仰するにふさわしいツマーを迎え、ツマーとの結婚(民法第739条1項)という契約に同意することで、入信することができるらしい。


 編集部は、この「ツマー教」に入信したという自称「魚政書士」の男を訪ねた。

「私は、ツマーと魚類しか信じません。」と語る信者の男は、以前、行政書士として東京都板橋区で個人事務所を営んでいたというが、刑事事件を起こしたことで行政書士の資格を抹消され、「行政書士」を名乗れなくなったので、現在は「魚政書士」を名乗り活動しているという。

「魚政書士」とは、行政書士のような業務を取り扱うものの、あくまでも魚類で、かつ、報酬も受け取らないので行政書士法違反の取り締まりの対象にはならないという不思議な生きものであるということだ。


 令和6年3月、某警察署の2階にある留置場。


 偽計業務妨害罪の容疑で県警に逮捕されていた男は、起訴後勾留(刑訴法第280条)を受けて、房内で暇を持て余していた。


 もっとも、2度目の逮捕となる男にとって、「塀の中」の生活はもはや「お馴染み」のものでもあった。留置場から貸し出される「官本」も、3パターンある本棚のローテーションを全て読み尽くしたという。


「ラックに40冊ほどの本が載っていて、1日に3冊まで借りることができます。そのラックが3台あるのですが、1ヶ月ごとにラック自体が入れ替えられます。以前逮捕されたときと同じ本がリストに出てきて、『あ、一巡したな』と思いましたね(笑)」


 貸し出される「官本」は、市内や周辺町村の図書館の除籍本がほとんどで、中には70年代の書籍もあったという。


「東海道新幹線の建設を特集した伝記の本を手に取ったときには、『東海道新幹線といえば、東京オリンピックと同時期だから、60年代のことじゃないか』と驚きましたね。


 ほかに特徴といえば、犯罪関係の手記や、検察・警察を批判する内容の蔵書も少なくなかったことに驚きました。『府中三億円事件を計画・実行したのは私です。』(白田著、ポプラ社)や、他にも少年院に入所した経験のある元暴走族のプロボクサーの自伝などが置いてありました。あと、『どくとるマンボウ航海記(北杜夫、新潮社)もありました』」

 男は、2月、県警に突然逮捕されたことを受けて、留置場から、記憶している限りの依頼者や相談者に謝罪の手紙を出すとともに、知人の行政書士や司法書士、税理士らに依頼して事件を引き継いでもらうなど、限られた通信手段で、少しでも依頼者に迷惑をかけないよう努力していたのだという。


「手紙が、一日に一通しか出せないのには、参りましたね(刑事施設収容法第144条)。保釈関係のやり取りなどで家族に手紙を出さなければいけないのに、同時に、依頼者や役所への手紙も出さなければならない。一日に一通、しかも平日しか出せないので、毎日書いたとしても一ヶ月に20通ほど。しかも、全て手書きです。これには参りました」

 留置場からの”告白状”

 そんな中、男は、東海地方に住む依頼者の女性に対し、やはり逮捕されたことについての謝罪と弁明をするべく、筆を執ったという。


「彼女の住所は、不思議と、郵便番号も含めて、全て覚えていました。警察の取り調べの中で、偶然、事務所のメールを確認する機会があったのです。それで知ったのですが、板橋支部の同窓の先輩にあたる行政書士が、偶然、彼女と面識があったらしく、既に今回の事態を伝えてくれていたとのことでした。」

 これにより、依頼者も事態を把握できないまま、依頼を受けていた事件が空転とするという最悪の事態こそ免れたものの、起訴されてしまった以上、有罪判決を受ける可能性は高く、そうなれば、行政書士の免許取り消しは免れない。


 男は、意を決して、女性に謝罪の手紙を書きはじめた。


 しかし、手紙を4ページまで書いたところで、あるアイデアが浮かんだという。


「若干唐突ですが、彼女に、付き合ってくれないかと告白してみようと思ったんです。断られるのは覚悟の上ですが、何より、毎日LINEでやってきていた彼女からのメッセージがかわいくって。海沿いの街で一緒にキンメダイに会いに行くなど、デートめいたこともしていましたし、彼女の自宅の植え込みの手入れを手伝ったこともあって。しない後悔より、する後悔だと判断しました」

 そこで、手紙の5ページ目を「告白状」と題し、最後はありのままに「私と付き合ってください」と綴ったのだという。


「発信する手紙は、見回りの警察官に渡すのですが、警察署では、手紙を渡した警察官が、そのまま検閲の担当者になります。もっとも、その後も複数の警察官が検閲するそうですが、内容があまりにも気恥ずかしいので、書き上げた後、見回りに来た警察官を2人ほどやり過ごしてしまい、勇気を出して、3人目の警察官に渡しました。


 私に対して、『告発状』が出されていたと刑事から聞いていたので、これをもじって、『告白状』というタイトルにしてみました(笑)」

 女性への手紙は、無事、発信許可となり、翌日、近隣にある中央郵便局から発送された。


 差し入れられた"婚姻届"

 女性への「告白状」を差し出した後は、どのような返事が来るか、断られる場合には共通の知人の行政書士にどのように言われるかと、気が気ではなかったという。


「本当に、気が気ではなかったですね。女性に告白をしたのは初めてのことではなかったのですが、状況も状況ですので、やっぱりドキドキしました。」

 しかし、その数日後、男性に届いたのは、「私の返事はO.K.です♪」と綴る女性からのメッセージカードと、あわせて差し入れを依頼していた英和辞典、そして婚姻届の書式だった。


「法律上、婚姻届を出せば、刑務所でも面会ができるので、私が刑務所に入るとでも思ったのだろうか、と考えました。実際には、そういう理由ではなかったみたいですが。

 弁護人からも、執行猶予は確実だろうと言われていたのですが、そこまで想ってくれたことは非常に嬉しかったですね。


 婚姻届は、レターパックに入っていたそうで、警察官2名とともに面会室まで出向き、そこで開封してもらったのですが、封を開けた途端、中から婚姻届が出てきました。


 想定外のことでしたが、嬉しくて、ニヤニヤが止まりませんでしたね。警察官も、その様子を見ていて、『やけに嬉しそうじゃないか』とからかわれましたね(笑)」

 しかし、逮捕・勾留中の男と交際することに不安や躊躇はなかったのだろうか。編集部は、「魚政書士」を名乗る男の妻を直撃した。


 ——「魚政書士」の男から勾留中に告白されたそうですが、率直な感想は?


「行政書士の仕事を依頼していたのに、いきなり姿を消してしまっていたので、動静が分かって良かったと思っていたところでした。そんな中で、突然、『告白状』がきたので、とにかく、びっくりしましたね(笑)


 しかし、彼は、母の葬式も手伝ってくれていて、印象も悪くなかったので、『とにかく、会いに行こう』と思いましたね」

 ——封書の中に婚姻届の書式も同封したとのことですが、その理由は?


「仮に、将来、彼と結婚する場合には、事実婚でもいいかなと思っていたのです。そこで、彼は行政書士の資格も持っていたので、事実婚の場合は婚姻届にどう書けばいいかと質問しようと思い、その質問を書いた附箋を貼って、婚姻届の書式を送りました。


 しかし、警察署の判断で、附箋のみ不許可になり、婚姻届だけが差し入れされたそうです。そのため、彼は『結婚を申し込まれた』と受け止めたようで、婚姻届が記入されて返ってきました(笑)」

 なんと、ある種の「行き違い」が結婚につながったとのことだ。


 ところが、女性は婚姻届を完成させると、日を選んで入籍の届出を済ませてしまったという。


 ——日本の刑事裁判の有罪率は99%と言われますが、有罪判決であれば、刑務所に送られる可能性もありますし、釈放されたとしても、世間の目は厳しいはずです。それでも、結婚してよかったのか?


「別に良かったですよ(笑)


 だって、極論、行政書士は、知識さえあれば、刑務所の中からでも仕事はできるじゃないですか。書類を取りに行ってあげる必要はあるかもしれませんけどね。


 それに、私は、お寺の出身で、教誨師を務めている知人もいましたし、”そういう”人には馴染みもあったんです。まさか、自分が”そういう”人と付き合うことになるとは思っていませんでしたが。


 そもそも、彼を支援していた弁護士から聞いたのですが、最終的には、彼は偽計業務妨害罪では起訴されず、名誉毀損罪だけが起訴されたと知りました。

 しかも、問題となった投稿の内容自体は真実だが、日本の法律では、真実であっても人の社会的評価を低下させると名誉毀損罪になるということで起訴されたと聞いたので、殺人罪のような凶悪犯であればともかく、それぐらいなら良いかとも思いました。

 それに、事件について私なりに調べたのですが、彼を刑事告訴した『被害者』は、社会保険労務士でありながら労働基準監督署から是正勧告を受けるなど、問題のある人物だったそうです。それなら、尚のこと、彼だけが一方的に悪いわけではないと感じたんです。

 ですので、裁判を通じて、事件の全容を解明してほしいと思いました。


 親戚にも、司法書士の資格を持っていた人がいたのですが、『早く出てくるといいね』などと話し合っていました。」

 ツマーとの日々

 その後、紆余曲折あったものの、事件は無事、執行猶予判決となり、男は釈放された。


 現在は、地元の賃貸マンションで”ツマー”とともに暮らし、慎ましい生活を送っているという。


「妻は、とにかくやり繰りが上手なんです。私は商才がなく、元々、生活保護で暮らしていたのですが、妻は、その生活保護費をうまくやり繰りして、安い素材で美味しい料理を作ってくれるので、助かっています。


 また、妻は、有名音大を卒業していて、ピアノの国際コンクールで入賞した経験もあり、その関係で英語やフランス語が話せるのです。

 実際、釈放後、元依頼者の外国人の男が自宅に押しかけてきて、今や以前のように通訳のアルバイト雇う余裕もなく対応に困っていたのですが、妻が通訳してくれました。

 結局、行政書士法違反にならないように、無償で”依頼”をこなしてあげましたね。」

 ——今後についてどう考えているか。


「妻に秘書をやってもらって、再び行政書士事務所を開業するのが楽しみですね。有罪判決以来、重度のうつ病を発症してしまい、それ以外にできる仕事もなさそうですし(笑)


 執行猶予が明けないと、行政書士は開業できないのですが、この際ですから、社会保険労務士や司法書士の試験も受けようと思っています。

 もともと、法律上、行政書士はおいしい業務を他の士業にとられて商売にならないですし、紛争を最終的に解決する裁判所の手続きに関われないので、依頼者に対して無責任だと感じていましたので。


 最終的には、司法試験にも挑戦してみたいですね。私も刑事弁護を手がけたいですし、今回のことで、刑務所出身者などにも知り合いが増え、自分も前科者になってみて、その窮屈さが良く分かりましたので、いずれは、徹底的に元受刑者や前科者の味方をする『ブラック行政書士』や『ブラック弁護士』になってみたいですね(笑)

 あと、妻が関心を持っている宗教法人関係の業務を手掛けてみたいです。」

 ——結婚について感想は?


「良いものですよ!何ごとも、話し相手がいるだけで全然違いますし、妻は魚に理解があり、一緒にスーパーなどに魚を見にいってくれるので、毎日楽しいです。


 音楽の才能も学歴もあり、しかも家事や家計管理が上手で、私のような前科者にはもったいない妻です。


 もっとも、SNSに結婚の話を書いた途端、地元では有名な裁判マニアで、現在はカルト宗教の『RAPT理論』にのめり込んでいる中年男性や、以前私に言い寄ってきていて、現在はやはり「統一教会」と同じ韓国系の異端派キリスト教会に通っている中年女性といった得体の知れない人物が、匿名掲示板で嫌がらせを仕掛けてきて、妻を『殺害する』と予告してきたり、妻の料理を『豚の餌だ』と中傷してきたりしてきました。

 刑事事件で実名報道されると、こういう有象無象から誹謗中傷されるということは、勉強になりました。インターネットには、何か口実さえあれば人の足を引っ張りたいという、自分の人生に失敗した人たちが、ピラニアみたいにうろついてるみたいです。


 ちなみに、この人たちとは、学生時代にボランティア活動をしていて知り合っただけなのですが、本人たちの話によれば、男女ともに精神障害者手帳の取得者で、一度も就職したことがなく、大学も中退するなどして卒業できず、実家で障害年金を受給して暮らしており、男性はいわゆる”素人童貞”で、女性は、異性に飢えるあまり、池袋の愛人クラブで活動していたといいます。

 しかし、あまりにも滑稽な服装をしていたので、お相手の男性に逃げ帰られたとか…(笑)この際、歳も近いようですし、私が2人を引き合わせるので、結婚してもらえたら嬉しいのですけどね。


 以前、ツイッターで『45才独身狂う説』という記事がバズりましたが、これは本当です。妻も、交際相手がいると『生きものとして認められている感じがして、良い。』と言ってました。まさに、その通りだと思います。

 勾留中も、大学の先輩の行政書士の先生方にもっぱら助けてもらいました。まともな教育を受けさせてくれた私の両親と、あとは妻の両親にも感謝しています。

 これからも、ツマー教に深く帰依し、唯一神であるツマーを崇め奉って暮らしていきたいです。」

 得体の知れない悪意者に足を引っ張られながらも、穏やかな日々を過ごしているという「魚政書士」。来年の試験に向けて法律の勉強に取り組んでいるそうだ。


 ”ツマー”も待望する「魚政復古」の実現に向けて、男は地道な努力を重ねている。

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