【Belle, the Naive】

ベルは、舞台裏の古びたベンチに腰掛けていた。

ほかの人たちから少し離れたその場所で、彼女は整然と折りたたんだスピーチを手にぎゅっと握りしめていた。

それはまるで、彼女の心を支える命綱のようだった。

そばに掛かった重たいカーテンの隙間から、舞台の一部がかろうじて見えた。

ベルは視線をそこに向け、観客たちのざわめきと、丁寧な拍手の上がり下がりを耳にした。

その音一つひとつが彼女の胸を震わせた——恐怖ではなく、期待の鼓動で。


深く息を吸い、止め、ゆっくりと吐き出す。

緊張を和らげるために練習した呼吸法を思い出しながら。


彼女の指は、無意識に胸につけたブローチをいじっていた。

それは聖徒奨学生の地位を象徴するものだった。

他の貴族生徒たちが身に着ける豪華なブローチ——家紋が彫られ、煌めく宝石で飾られた高価なデザイン——とは異なり、ベルのそれは質素でありながらも品位を感じさせた。

中央に深い紫の石が輝き、銀の枠に控えめな装飾が施されている。

そこに貴族の紋章はなかったが、その優雅さは別の誇りを語っていた。

それは、この名誉ある地位に初めて就いた平民としての証であり、彼女に課された期待と偏見への静かな反抗の象徴でもあった。


「みんな……」と彼女は小さくつぶやいた。

その声はほとんど聞こえないほどだったが、自分を支えるような力強さを宿していた。それは、彼女を信じてくれた人たちを思い浮かべるための言葉だった。

孤児院の子供たち——選ばれたと伝えたときの希望に満ちた瞳を、彼女は思い出した。

「誇りに思わせてくれるよね?」シスターの祝福の手がベルの肩にそっと置かれた瞬間の言葉が蘇る。


その記憶に胸が熱くなった。

孤児院を出る前に開かれた小さな祝賀会を思い出す。

節約して作った即席のケーキ、つぎはぎだらけの服を着た子供たちからの温かいハグ、そして空気に漂うシスターの祈り——彼らの質素な環境の中で、彼女にできる限りのものを与えてくれた。


目に涙が浮かび、視界がぼやけた。

彼女は急いでそれをぬぐい、スピーチをさらに強く握りしめた。

その思い出が彼女の決意を燃やした。これは彼女だけの瞬間ではなかった。

孤児院の人々の信頼を背負い、彼女の言葉は彼らの思いを運ぶものであるべきだった。

これは彼女自身のためではない——彼らのため、孤児院のため、何もない中で彼女を信じる勇気を持ったすべての人々のため。


彼女はもう一度深呼吸をした。

今度は先ほどより落ち着いており、自信が少しずつ湧いてきた。

磨かれた椅子に座る他のスピーカーたちとは対照的に、場違いなベンチに一人腰掛けていた彼女だが、その目的の力強さを感じていた。

彼女は貴族たちの冷笑に何かを証明するためにここにいるのではなかった。

彼女がここにいる理由は、彼女にとって本当に大切な人々のためだった。


小さな笑みがベルの唇に浮かび、再びささやいた。

「みんなに誇りに思ってもらうわ。」


ベルが静かにベンチに座り、思いにふけっていると、突然、目の前に人の気配を感じた。

驚いた彼女は急いで涙を拭い、顔を上げた。


「あっ、先生!」ベルは驚きの混じった声で言った。


その男性は穏やかに微笑んだ。特徴のない、どこか平凡に見える顔立ちだが、その笑顔は静かで温かい魅力を放ち、ベルの緊張をふっと和らげるようだった。


「感極まっているのかな?」

彼は柔らかな口調で問いかけた。その声はどこか安心感を与える低さがあり、耳に心地よく響いた。


ベルは一瞬ためらったが、少し笑みを浮かべながら小さく頷いた。「ちょっとだけ、そうかもしれません。」


「隣に座ってもいいかな?」

彼は礼儀正しく控えめに尋ねた。


「はい、どうぞ。」ベルは慌てて少し席を詰め、ベンチの片側に身を寄せた。


彼は自然な動きで隣に腰を下ろし、その落ち着いた物腰にベルの気持ちも徐々に穏やかになっていった。

「こういう場面で感情が揺れるのは自然なことだよ。」

彼の声は低く、安定していた。「だって、君は今、特別な瞬間の中心にいるんだから。それに、ベルさん——君が持っているものは本当に特別だ。」


その言葉に、ベルの頬が少し赤く染まり、握りしめたスピーチがさらに力を込められた。「ありがとうございます。でも……私、ただ精一杯頑張りたいだけで……。」


彼は満足そうに頷いた。「君がその思いを持っているのはよく伝わってくる。でも、こういう時こそ、自分の本当の気持ちを大切にするべきだ。誰かが期待する言葉じゃなくて、君自身が語りたいことをね。」


ベルは少し表情を曇らせ、手元のスピーチに視線を落とした。「でも、最初に書いた内容は覚えています。でも……それは使えないんです。許可されていませんから。」


彼はわずかに体を前に傾け、優しい目で語りかけた。「ベルさん、一つ話してもいいかな?」


「え……もちろんです、先生。」ベルは思わず瞬きをしながら答えた。彼の声には、どこか脆さを感じさせる響きがあった。


「僕もね、若い頃は君と似た立場だったんだ。あまり裕福な家庭ではなくてね。家族が生活を維持するのもやっとで、自分の声なんて届かないんじゃないかって思うこともあった。大きな夢を語る資格なんて、自分にはないって。」

彼の言葉に、ベルの眉が少し寄せられる。その話に心が引き寄せられていくのを感じた。


「でもある日、僕にも話す機会が与えられたんだ。自分の視点を共有するチャンスがね。でも……怖くて本当のことを言えなかった。周りの顔色をうかがって、無難なことを言ってしまったんだ。」

その声には、どこか後悔の色がにじんでいた。「あの時の選択は今でも後悔している。自分の信念を語るチャンスを逃してしまったからね。」


ベルの手に握られたスピーチが小さく震える。その言葉が彼女の心に深く響いたのがわかった。


彼は真っ直ぐに彼女を見つめながら続けた。「でも、君にはそのチャンスがある。自分のためだけじゃなく、声を持たない人たちのために語ることができる。僕は君の最初のスピーチを読んだよ。力強くて、心がこもっていて、君らしい言葉だ。そういう言葉こそが変化を生むんだ。」


ベルの目に涙が浮かぶ。孤児院の子供たちの笑顔が脳裏に浮かび上がる。「でも……みんなが理解してくれるとは限らないじゃないですか。」

彼女の声は弱々しく震えた。


彼はそっと胸に手を置き、誠実な表情で語った。「最初は理解されないかもしれない。でも、変化というものはそういうものだよ。もし君の言葉が誰か一人にでも届くのなら、それだけでも価値があると思わないかい?君が代表している子供たち——彼らが君を見上げた時、君が本当の言葉で語る姿を見たら、きっと誇りに思うはずだよ。」


ベルは唇を噛みしめ、涙を堪えながら小さく呟いた。「私……そうですね。彼らのためにも、本当のことを話すべきですね。」


彼は微笑み、少し身体を寄せて言った。「そうさ。そしてね、ジェイコブ先生が言っていた。『最初のスピーチを使うことを許可する』って。ただし——君自身がそれを語るべきだと思うならね。」


ベルの目が見開かれる。「本当ですか?先生がそう言ったんですか?」


男性は静かに頷き、厳かな声で言った。

「君の情熱を感じたからだよ。時に、最も力強い真実は常識を覆すものだ。もし君が本当に最初のスピーチこそが伝えるべき言葉だと思うのなら、その権利は君にある。」


ベルのためらいは徐々に溶け、代わりに心の中に新たな決意が芽生え始めた。

彼女は手元の「安全な」スピーチに視線を落とし、それから再び男性を見つめた。


「最初のスピーチのほうが……本当の私に近い気がします。自分が本当に伝えたかったことみたいで。」

ベルの声は独り言のように小さく、しかしどこか確信めいたものがあった。


その時、舞台から彼女の名前がはっきりと呼び上げられた。

観客たちの間で小さなざわめきが起こり、緊張感の波が広がっていく。


「なぜ使わない?」男性は静かだが力強い声で続けた。

「君はここにいる時点で、すでに期待を覆しているじゃないか。なぜここで立ち止まるんだ?君の言葉を、君が望む変化そのものにすればいい。」


ベルは深く息を吸い込んだ。

その呼吸は、決意を形にするための第一歩だった。


彼女は手にしていた折りたたまれたスピーチを見つめる。

そして、鋭い音を立てながら、それを二つに引き裂いた。


パリッ……シュッ……


その音は静かな舞台裏に響き渡り、ベルの中に残っていた迷いのすべてを断ち切った。

「最初のスピーチを使います。」

ベルは力強い声で言い切り、立ち上がった。

その瞳には確かな決意の光が宿り、彼女の足元にはもう恐れはなかった。


「ありがとうございます、先生。」

彼女の言葉に、男性は温かい笑みを浮かべて応えた。その笑顔は一見誠実で穏やかだったが、どこか言い知れぬ違和感を含んでいるようにも見えた。

そして彼は静かに背を向け、舞台裏の影の中に消えていった。


ベルがカーテンへと向かうと、舞台から再び自分の名前が呼ばれた。

その重厚なカーテンがわずかに揺れた瞬間——目の前に立っていたのは、ドロシアだった。


ドロシアは、つい先ほどスピーチを終えたばかりのようだった。

その動作はどれも完璧に洗練され、無駄のない優雅さを感じさせる。

彼女のブローチは磨き上げられ、光を受けて静かに輝いていた。それは王族の象徴でもあり、彼女の立場を静かに誇示するかのようだった。


ベルとドロシアは、カーテンの狭間で静かに向き合った。

観客の拍手が遠くから聞こえる中、二人の間には緊張とも言える空気が流れていた。


ベルの心臓は速く打ち始めた。

ドロシアの姿を目にしたことは何度もある。新聞、式典、そして今朝も——だが、こんなに近くで見たのは初めてだった。

彼女の整った姿勢、クリアな緑色の瞳、そして内側から感じられる静かな威厳。すべてがこの瞬間に凝縮され、ベルを圧倒するかのようだった。


ドロシアの視線がベルを捉え、彼女の全体を見渡すように静かに動いた。

その後、軽く頷く——温かくもなければ、拒絶でもない。その表情は控えめで、丁寧ではあるが距離を感じさせた。


しかし、ベルは怯むことはなかった。

彼女はドロシアの視線をしっかりと受け止め、背筋を伸ばし、手に握ったスピーチの切れ端を強く握りしめた。

かつてなら、目をそらし、彼女の貴族的な威圧感に押しつぶされていたかもしれない。

だが今は違う。


ベルは、孤児の平民として、そしてこの場所に立つ資格を持つ一人の人間として、その場に立っていた。


その短い対峙の後、ドロシアは音もなくその場を後にした。足音は舞台裏の奥へと静かに消えていく。

だがベルは動かなかった。

胸の中に、静かだが確かな誇りが湧き上がってくる。彼女はドロシアの視線を受け止めた。そして、それにふさわしい自分であることを感じていた。


振り返り、ベルはカーテンに手をかけた。

アナウンサーの声が締めくくられ、いよいよ彼女の出番を告げた。

深く息を吸い込み、ベルはカーテンを引き、舞台へと一歩を踏み出す。

光が彼女を包み、観客の視線が一斉に集まる中——ベルはそのすべてを受け入れるように、前を向いていた。

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