第4話 羽澄との時間が減るのはいやだ

「れ、い…」

「…なに」

「いや…なんか雰囲気が」


恥ずかしくなったのか羽澄はすみはおどおどしている。雰囲気、か確かに今のはよくなかったのかもしれない、ガチっぽさが伝わってしまったのだろうか。


「…わたしやっぱり、好き」

「え?それは…何に対して」

玲衣れいと、キスするのだよ…」


羽澄は恥ずかしそうにもじもじさせながら言う。そう、たとえそれっぽいことを言ってきたとしても羽澄の中には私に対しての好きは決してない。ここ数日で分かったことだ、だから—


「私も好きだよ…羽澄」

「えっ…と」

「キスだよ…なに戸惑ってんの?」

「はっ、変な言い方するからでしょ!このっ」

「うっ…」


バシッと背中を叩かれた。それなりに痛い…加減知らずが。

羽澄はそのまま「じゃあまた明日!」と言ってきたのでそのまま家に入ることにした。


彼女の中の感情がどんなものを指すのかはわからないが、好奇心、背徳感、そういうのに似た感情なのだろうとは思う…いつだってそうだ、思い立ったらやってみる、後先考えずに動いでみる、それが羽澄だ。だからこそ、興味を持ってもらうのは自分でなくてはならない…ほかの人とどうこうなんて、許せるわけがないから。


☆☆☆


「おはよっ玲衣」

加奈かな、おはよう」

「ねね、今日委員会決めじゃん?なににするか決めた?」

「あ…そういえば」


そうか、今日は委員会決めだった…まだ入学して間もないというのにこの学校は一体何を考えているんだろう。委員会…この学校では前期後期で委員会が変わる。10月までが前期、そこから学年が変わるまでが後期になっている。


生徒会だけは一年通しでやるらしいが…生徒会がクラスから一名、合計18名。そんなにいますかね…?行事には力を入れているからか?

まあ、関係ない。

委員会に入るも入らないも自由だからできれば入りたくない。きっと羽澄も入らないから入るだけ時間の無駄だ。


「えーじゃあ、委員会だが…生徒会から決める。知っての通りうちは行事に力を入れていてな、その行事の大部分を生徒会が担うことになってる、だからまあ興味ある人はぜひやってみるといい。」


こういう時、熱意のある子が『はい!私がやります!』というのがセオリーだ。うんうん、早く決まらないかな、待ってる身そとしては暇だ。終わればこの授業は自習になるからその方が楽なのである。


……

…………

……………


「えー…いない、のか?まあそーだよなあ、先生も言いたくはないんだが、生徒会は何かと忙しいし部活入りたい子はやりたくないだろう。うん、わかる。でも!決まらんと次に進めない!」


何だこの先生、テキトーじゃないですか。大丈夫かよこれ…


「ということでー!まあ、ジャン負けだ!よーしみんな立て、先生に勝った人は座って、小数人になったらその子たちでじゃんけんな!」


おう…だめだった。冗談が過ぎる、大事な生徒会をジャン負けで決めるなんてどうかしてる。もっと話し合いとか、推薦とかじゃないわけ?

ま、いっか。32人もいるこのクラスで最後の一人になるわけがない。テキトーに終わらせよう。



「は…?」

「おー!おー!いずみか!いいねえそれっぽいぞ」


おいおいおい。それっぽいってなんだよ、うれしくないわというか嫌なんですけど。なんて運のなさ、流されてしまってはいけない…


「っ…お言葉ですが先生、大事な委員会をジャンけんで決めてしまうのはどうかと思います。」

「なーに、ぽぽいのぽいっとやればいい!ジャン負けだ、責任感じなくていいぞー?」

「…そういうことを言っているわけではないんですけど。」

「じゃあいいだろ!泉そーいうのできそうな雰囲気あるぞ?何かあらばすぐ相談しろよな!先生は味方だからな!」


もうだめだこれ。テキトーにプラスして能天気だ、なんかやばくないですかこの先生。もはや先生と呼びたくないほどの強引さ…諦めて席に座ろう。負けてしまったものは仕方がない、何を言っているのかわからなかったが言ったとおりにぽぽいのぽいとやってればいいだろう、なんせ18人もいるのだから。


その後委員会決めは順調に進み。無事に終わって放課後を迎える。

幸い生徒会室はすぐ隣だ。入学初日はあんなに恨めしかった生徒会室に通うことになるとは…


「おー、泉。放課後生徒会室に集合だからな。よろしくっ!」

「…はい」


一発こぶしをお見舞いしてやりたくなる。我慢我慢…とりあえず羽澄に伝えにいこう。廊下に出て生徒会室をチラ見する。一年は何人かついてるみたいだが他学年の姿はまだ見えない、これなら少し寄ってもよさそうだと判断し羽澄の教室に着く。

今日はすぐ気づいてくれて羽澄がこちらに向かってくる。


「へーい、れいちゃん!もうすぐ準備が終わるから待っててね~」


ちゅっ、と投げキッスをされて背筋がぞわっとする


「…なにそのキャラ」

「えー?みんなには受けよかったのに…ちぇ。次はなににしよーかな」

「しなくていいよ。それより話ある。」

「え?え?なになに!愛の告白?もーおれいちゃんったら、そうならはやく言ってくれればい・い・の・にっ」


パチッとウィンクを決められる。ほんと人の気も知らないでそういう冗談言って…もしそうだって言ってしまったらどういう反応をするんだろう。

考えるだけ無駄だとわかっていながら考えてしまう、こんなの羽澄がよくやる冗談なのだから流してしまえばいい。


「はあ、そういうのじゃない…今日一緒に帰れないと思う。」

「えっ、愛の告白じゃなくて哀の告白!?…なんでえ?」


どのあいとどのあいだよ…


「はあ、実は…ジャン負けで生徒会になった。それで今日集まり」

「ジャン負け…?何それゆるっ、いいなあ担任」

「よくない、テキトーすぎる。生徒会をジャン負けだよ、信じられない。」

「えーいいじゃん、こっちなんて立候補者一人でもスピーチ。納得できなかったらやり直し、ガッチガチよ」


もしやこの学校ってやばいのではないだろうか…?緩いのもどうかと思うが、羽澄のクラス担任は硬すぎる、まだ緩い方がよかったかも。よかった…?


「あ、てか玲衣時間平気?さっきぞろぞろ生徒会室に生徒入っていったんだけど—…」

「えっ?やば」

「れいちゃーん初日から遅刻やるぅ!頑張ってね、私は友達と帰るよ」


長話しすぎた…やばい初日から遅刻する柄じゃないんですけど。

急ぎ足で生徒会室に向かい扉をガラガラガラっと開ける。生徒計16名、先生約2名の視線が突き刺さる。

ああ、痛い痛すぎる。人の視線には耐えられない、ましてや悪い視線は鋼の心に傷をつけるほどの鋭さを持つから余計に痛い。とりあえず謝ろう…


「あ、えと…すみません」

「…あなた1年3組の泉 玲衣ね」

「あ、はい…」

「1年3組の担任、高畑たかはた先生はすでにここにいらっしゃるのですが…なぜ

あなたは遅刻を?」


ちらっと目線を横にずらすと高畑先生が「まじか」という顔をして座っていた。いやあんた生徒会の担当だったのかよその方がまじかなんですけど。考えていたHRが長引いたんです、すみませんが通用しない…正直に言うか。


「ちょっと、寄り道をしてしまいました…すみません。」

「寄り道ですか…初日から好ましくありませんね…まあいいでしょう。始めますので席に座ってください。」

「あ、はい…すみません」


思ったよりも怒られずにすみ席に座る。相変わらず高畑先生は驚いた顔をしていたが気にしないようにする。


先ほど私を注意していたのが生徒会長の柴藤 葉夜乃(しとう はやの)。完璧超人を匂わせる見た目、生徒会長の名にふさわしい雰囲気を感じさせる。

副会長が涼風 颯来(すずかぜ そら)名前からしてさわやかそう。2トップで顔がいいのは女子高だからか?レベルが高い…

3年生だと思っていたが二人とも2年生だったし、多分想像以上にすごい人たちなんだろう。


その後、全員が自己紹介を終え簡単にこれからの活動内容の説明、週3回月、水、金曜日には放課後の集まり、随時昼休みにも集まることを説明され、次回は書記決めと、6月に行われる体育祭に向けての話し合いがあるという旨を伝えられた。


思ったよりも時間が削られることに落胆した。羽澄と帰れるのは週に2回になってしまったし昼休みは会えるか会えないのかわからない状態になってしまった。

そんなドキドキはいらん、羽澄といるドキドキが欲しいのだというのに…っ


そんなこんなで話が終わり帰ろうと席を立つと「泉さん」と話しかけられ顔を見上げると生徒会長の柴藤 葉夜乃しとう はやのが立っていた。身長が高いせいか見下ろされる形になって心臓がギュッと縮こまるのを感じる。


「あ、はい…」

「あなた、遅刻したのよね。本来なら1年生は5月までは参加しなくてもよいのだけれど、あなたは参加しなさい?いいわね」

「えっと…—何に参加するんですかね」

「あら、知らなかったのね。朝清掃よ、それも生徒会の仕事。ちゃんと来ることね。」

「げ…そうですか」


まじですか、朝清掃とかどんな罰だよ、ていうか朝すら羽澄といれなくなるともはやどんな罰よりも罰…どうしたもんか。


「いーじゃん葉夜乃!厳しすぎるよ!逆に初日の一回なんだし、許してあげたら?」

「駄目よ。颯来そらは甘すぎるの、今回許したら調子乗って次回も同じことするのよ人間は」

「あ、えと…しないんで許してくれませんか…—」

「駄目といったでしょう?しかもあなた本人が言ったところで信じられるわけがないわ。態度で示しなさい、明日6時半には清掃開始だから6時には学校に来ることね。」


ギロっと睨まれ冷や汗が流れるのを感じる。おっしょる通りですスミマセン…それより6時に学校って朝練並みのキツさ…生徒会が人気ない理由がなんとなくわかった気がする。もう仕方ない、受け入れよう。とりあえず早く帰って羽澄と話したい。


「わかりました。ではお先に失礼します。」

「ええ、お疲れ様。」

「お疲れ~れいたん」

「…何ですかその呼び方。」

「かわいいっしょ?うちのことそらっぴって呼んでもいいよ~?」

「遠慮します。では。」


そそくさと生徒会室を出る。副会長は距離感の近い人だ、人との距離感をうまくつかめない身としてはこういうタイプは慣れない、フレンドリーで話しやすい雰囲気だが余計にどう接すればいいのかわからなくなってしまう。


☆☆☆


家に帰ってすぐさまベットイン。明日からあまり羽澄に会えなくなってしまう。せっかく同じ学校に通うことになったのに距離は遠ざかるばかり、これなら違う学校で登下校を一緒にできる方がよかったのかもしれない…憂鬱だ。


このまま眠りにつこうと思ったがスマホから「ピロン」という通知音が鳴ったためスマホをとり画面を開く。メッセージの相手は羽澄だったため、返信することにする。


『玲衣ー、私明日から朝早いからい一緒に登校できないと思う!ごめん!』

『え…なんで?何時?』

『6時に学校!バレー部の体験入部でさ!多分入ることになると思うし…本当ごめん』

『いやいい。一緒に行こう。』

『えぇ!悪いよ、二時間も学校ですることないでしょ?』

『生徒会で朝清掃あるから。ちょうど6時に学校だし。』

『お!まじ!運命じゃん。そゆことならよろしく~』


スマホの画面を閉じて机の上に置く。


…やっぱり同じ学校でよかった、それに生徒会に入ったことも遅れたこともまわりまわっていい結果になった。じゃんけんで負けて貯めた運はこのためにだったのか…それなら悪くない。


先ほどの憂鬱な気分が嘘かのように晴れ、眠気が覚める。

今日は勉強してから寝よう。そういう気分だ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る