18:ごめんなさい

「……漣里くん?」

 私は呆けた声で呟いた。


「友達らしき人はいなさそうだけど。何。見捨てられた? それとも最初からいなかった? だとしたら、なんでそんな嘘ついたわけ」

 漣里くんは腰を落として屈み、真正面から私を睨んだ。


「……あ……」

 瞬きすると、涙が零れ落ちていった。


「足を挫いたなんて言って、迷惑かけたくなかったの。だって、私は、いつも迷惑かけてばっかり……」

 しゃくりあげる。

 優しい漣里くんは、きっと助けてくれると思った。


 でも、その優しさに甘えたくなかった。

 見捨てられてもいいから、漣里くんには楽しんでほしかった。


 ――嘘だ。そんなの、きれいごとだ。

 だって、私はこんなにも喜んでしまっている。


 彼が来てくれて嬉しいって、全身の細胞が叫んでる。


「なんで迷惑なんて思うんだよ。困ったときには素直に頼れよ。なんのために俺がいるんだよ。俺は真白が困ってるときは助けたいし、力になりたい。真白は違うのか? 俺が助けを求めたら迷惑か?」

「そんなことない。力になりたいよぉ……」

 ぼろぼろ涙がこぼれる。


「真白が遅刻したのは店の手伝いをしてたからだろ。人が足りなくて困ってる親を助けたんだ、真白は偉い。立派だよ。それなのに、なんで遅刻したら俺が怒ると思ってるんだよ。俺はどれだけ心が狭い奴だと思われてるんだ。真白と花火見るの、凄く楽しみにしてたのに。なんで変な嘘つくんだよ。馬鹿」

「ごめんなさい……」

 涙が顎を伝って、地面に落ちる。


「次はちゃんと、嘘をついたりごまかしたりせずに、正直に助けてって言う。約束する……」

 私は本当に、馬鹿なことをした。


 漣里くんが怒ってるのは、長いこと待たせたせいじゃない。

 私が余計な気を遣って、嘘をついたからだ。


 助けてって、最初から言えば良かった。

 意地もプライドも投げ捨てて、素直に謝って、頼れば良かったんだよ。


「うん。許す」

 彼は笑う。――笑った。

 こんな馬鹿な私にも、漣里くんはまだ笑ってくれる。


 私はもう、笑い返せばいいのか、感情のままに泣けばいいのかわからず、泣き笑いのような状態になってしまう。


 それから、漣里くんは私に背を向けて、中腰の姿勢になった。


「乗って」

「え。でも」

「いいから乗れ。時間がもったいない」

「……はい」

 私は恐る恐る、漣里くんの肩に腕をかけ、その背中に乗った。


 漣里くんは私を背負って立ち上がり、歩き出した。

 川の方向へ――花火大会の会場に向かって。


「そのワンピース、可愛い。似合ってる」

 もしかして、このワンピースが今日のために買ったものだって、気づいてくれたのかな。


「……ありがとう」

 彼が歩くたびに、その振動が私に伝わる。


「夜に出かけるの、よく親が許してくれたな」

「実はちょっと大変だった。お父さんは『夜にデートなんて許さん、まだ早い!』とか言うし。お母さんは女の子の一人歩きは危ないんじゃないかって心配するし」

「大丈夫だ。帰りはちゃんと家まで送るし、俺は割と強い。いざというときに備えてスマホの緊急SOSも設定してる」

「私も。漣里くんは私と花火を見に行くの、ご家族に反対されなかった?」

「俺はそこまで。その辺は男女の違いかな。いや、兄貴が味方してくれたおかげかも。兄貴は俺より遥かに発言力があるから」

 そう言って、漣里くんは私を担ぎ直した。

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