第6話 はじめてのペシっ
粒マスタードが誕生して、毎日の朝食がちょっとグレードアップした。
しかし、そんなささやかな幸せすら、この世知辛い世の中では永遠に続くものではないと、世の無情さを知り、打ちひしがれる。
ちったい幼児にも容赦がない、それが自然なのだ。
「……ロウちゃん……大丈夫ですか?」
「多分、絶望しているんだと思うから、そっとしておいてあげて」
「……8歳でも絶望することあるんですね……」
復活はしないと分かっていても、倒れて再起不能となったカラシナ草から目が離せなかった。
俺の美味しい朝食の核を担っていた粒マスタードの生産元が、今、ここに突如として倒産したのだ。
なんて、恐ろしい……。
自然界の猛威とは……いつ牙を剥くかわからないものなのだ。
昨日のあの厳しい暴風……??
でもなかったなぁ……?
というか、カラシナ草、最弱が過ぎない?
昨日は、ちょっと強い風が吹いてるなぁ、くらいの風だった。
ロウちゃんの体感が誤っているわけじゃない、お庭のどこをみても倒れている草など1本もないのだ。
この程度の風、日常茶飯事である。
この程度の風で、生きていけない草など、もはや絶滅待ったなしだ。
人為的なものも勘繰って今一度倒れたカラシナ草を見るが、どうみても犯人は風である。
その証拠に、飛び散った種が一方向に広範囲な飛距離を……。
「……ふむ?……」
なるほど……。
飛び散った種の行方を探り探りしながら、一つずつノートに記入していき、一つの結論に至る。
カラシナ草の種(実)は葉っぱの先端部分についている。つまり上に重心があり元来倒れやすい形をしているのだ。
さらに、種の数も尋常ではない数作る。
一本のカラシナ草から取れる種の数は、3日ごとに40〜60個だ。俺は3日に一度せっせと収穫していたが、とった場所と同じ場所に3日後には、新しい種が出来ていた。
さすが不思議な薬草様の世界だと感心した。
まぁ、つまり、普通の植物や薬草から考えてもカラシナ草の種子量は多いのだ。
カラシナ草の最大の特性は、同じ場所には芽吹かないという事だ。
子孫達は、どうしても親の草とは違う場所で芽吹かなければならない。
そういう厳しい条件から、沢山種子をつけ、より親草よりも遠くへ飛ばせるように進化したと考えられる。
他の草よりも倒れやすいという特性は、彼らの種子を遠くへ飛ばすための工夫でもあるという事だ。
納得した……。
倒れたカラシナ草をとって袋に入れる。
カラシナ草の根っこと葉っぱは、薬草調合の材料になる。よく考えたら、こんなに長くもつとは思っていなかった。種を一回収穫したら終わると思っていた。
ん??ちょっと待てよ……。
観察ノートをペラペラして、それぞれの種の収穫数をチェックする。
現在、大華屋敷に植えたカラシナ草は3本ある。ルイたん用、華おじいちゃん用、ロウちゃん用とそれぞれに一本にした。
今回倒れたのが、華おじいちゃん用だ……。
それぞれ同じタイミングで蒔いたので、発芽も同じ頃で、種子をつけたのもの同じ頃だ。種の数はバラバラではあるが、大差はない。
1回、2回、3回……4回……。
この短期間に4回も種子を宿している?!
今まで気が付かなかったが……もしかしたら、このカラシナ草は、無限に実が成る系なのかもしれない!
草に見えるが、果実の木みたいなものだと考えれば納得ができる。
実を沢山作るためには、沢山の養分がいる。
遠くへ種を飛ばす工夫は、仲間の近くの場所だと養分が少ない土地なので、発芽ができなくなるからと考えれば自然だ。
ふむ……。
「華おじいちゃん!この残ったカラシナ草の周りに煉瓦で塀を作ってください!!」
「……ロウちゃん……風で草が倒れちゃったのショックだったんだね……」
「すぐにガラオンにやらせます」
「そう、よろしくね」
12日後、カラシナ草の無限種子生産チートに確信を持った。
俺は早速父上に報告に行く。
「という訳で、煉瓦で囲って大事に育てたカラシナ草は今も種子を3日に1回生産しています。つまり風と大雨等に注意して育てれば、無限に種子を取ることができる可能性が非常に高そうです!」
観察日記を清書した論文から、父上が視線をあげる。
「……ロウヴィル、根本的な点に疑問があるんだけど……」
「……は、はい」
ごくり……。
「たしかカラシナ草の調合レシピは、葉と根を使用したもの……種子だけ収穫し続ける意味はあるの?」
「……美味しい調味料ができます!」
「あ、なるほど……そっちか……」
父上は、厳しい顔をゆるっとさせた。
「てっきり、画期的な薬草栽培の方法かと思って身構えちゃったよ」
「ウィンナーが格段美味しくなるソースができます!」
「私、ウィンナーは好きじゃないんだよね……ごめんね?」
そういえば、父上の朝食はいつもローストビーフだった。
どちらかというとレアに近い肉塊が父上のお好みなのだ。
「……サ、サラダのドレッシング的なものもできます!」
「サラダは何もつけない派なんだよね……ごめんね?」
父上が申し訳なさそうな顔になる。
「さすが父上!!自然派!!素材を味わう大人貴族舌です!!」
父上は正義!父上は正しい!!粒マスタードで喜ぶロウちゃんの子供舌が悪いのだ。父上のためにローストビーフのソースレシピを考えていなかったのが悪い!!
「でも着眼点も良いし、試行錯誤のアプローチもよくまとめてかけているし、とても良いと思うよ?」
「はわぁ……」
父上がよしよしと褒め褒めして頭を撫でてくれる。
そして、論文に大きく丸をつけてくれた。
「何より、ちゃんと報告、連絡、相談ができるようになって、成長を感じるよね」
俺、8歳、王都にきて、日々学び成長しているのだ!!ドヤァ!!
ーーーーーーーーーーーー
その頃の大華屋敷
ロウちゃんがメリッサ卿に会いに出かけたタイミングで、こっそり二人は集まった。
議題は粒マスタード生産についてだったが、開口一番、華先生より重大事項が伝えられた。
「……え……無限種子生産チート??」
「そうらしいんだ……さっき、ロウちゃんのレポートを読ませて貰ったんだけど……勿論、この先年単位で見ていかないとわからないけど……」
「いやいやいや、複数回収穫可能ってもう十分すごいですよね?!というかそんなに沢山収穫できるのに10粒金塊1本の値段がついていたんですか?!」
「薬草調合で使うのは根っこと葉っぱで、劣化が早いから新鮮な素材をとるには種から育てるのが手順だけど、土地がダメになるし、大した薬ができる訳じゃないから、どの国も育成0本とか珍しくないんだよね……種は保存せずに調合素材をとったら、全て念入りに燃やしたりして繁殖が絶対しないように注意するくらいの品物だったから……」
「なるほど……というか、それだと粒マスタードは危険物ですか?」
「……それがね……酢につけると発芽しないようでね……粒マスタードに加工した後なら流通しても問題ないんだよね」
「!!じゃあ!!」
「メリッサ家からは特に流通注意は出さないよ。ただ、個人的に興味はあるから、どこまで種子をつけ続けられるのか、報告をくれたら嬉しいかな……」
「わかりました!必ず報告させます!!となると……今の計画よりもうんと小規模の土地で生産できるってことですね、人手も少なくてすむし、ますます設備投資が浮いたなぁ〜オラルドさん喜ぶぞ!」
この粒マスタードソースは、後に王都で『黄金のソース』として、大流行するのであった。
そして、その生産を担っていたオラルド家は、巨万の富を手に入れ、その殆どを新型の船への設備投資へと注ぎ込む。
結果、大陸一の船が誕生することになる。
ただし、その船にロウちゃんが乗ることになるのは大分後になってからである。
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