第12話 クレープ屋

 女子2人を引き連れて目的地に到着する。

ピンク色の目立つ文字で「クレープ屋」とでかでかと書かれている看板。砂糖の甘ったるい香りが漂っている。

 

 甘い物が好きなのか兎々が嬉しそうに声をあげる。


 「あっれー、士狼君ったら、嫌そうな顔してちゃっかりデートみたいな場所にくるじゃん。本当はうちらと遊びたかったんでしょー?」

「なるほどクレープですか。わたしも甘いのは好きです。放課後にクレープっていいですよね~」


 日和がクレープ屋のショウケースを眺めてどれにしようかと悩む。お店は全体的に可愛らしい雰囲気で、甘そうなクレープの食品サンプルがならんでる。まさに、高校生女子が好きそうなお店だ。


「べつにクレープ買ってもいいけど、勘違いすんな。目的地は店の裏だ」

「……お店の裏って?」


 二人を引き連れて裏手に回ると、表の可愛らしい外観から一変。

まず目につくのが横並びで停車している3台のバイク。

黒と金カラーのゼファー400。

白と青カラーのインパルス400。

パープルホワイトのXJ400。


 バイクのハンドルは不必要に曲がっており、シートは波打ってテール部分が跳ねあがっている。一言で評すれば族車。途端に溢れ出てくるアンダーグラウンド感。バイクの奥には「クレープ屋」と書かれた小型トラック。


  日和が目を見開いて叫ぶ。


「な、なんですかここは!」

「ああ、気にすんな。仲間のバイクだから」

「な、仲間のバイクって……というか、どうしてクレープ屋の裏側がこんなことに!?」

「クレープ屋のおっちゃんがヒップホップ好きでさ、その繋がりで無料で貸してくれてんだよ。あのトラックにだけは絶対に近づくなよ。絶対にな」

「……なにがあるんでぃ!?」


 兎々がてのひらで日和の口を塞ぐ。


「むう」

「こらー、いちいち気にしてもしょうがないでしょ。それより、はやく士狼君の友達のとこいこうーよー。もちろん、可愛い女子2人にあとでクレープも買ってくれるよね?」

「……ああ」


(ちっ、ここでビビって追い返せたら楽だったのに。さすが、将来芸能界で活躍する西野兎々だ。肝が据わってやがる)


 クレープ屋裏のアジトのドアをあけると、ボンッボンッと重低音が聞こえる。

そして、3人の男が姿を現す。


「よおー、士狼。おせえじゃん。最近こねーから心配してたんだぜ」


 そう言って、笑顔でドレッドヘアの小柄な男が手を差しべてくる。士狼はその手を掴み返す。


「悪かったな色々あってさ」


 こいつは坂口大雅たいが

士狼が前の人生で最後に母親を託した相手だ。


「シロー! なんだそのクソ可愛い女どもはっ!」

「またお前だけモテやがってズリィ!」


 長身オールバックの男と、デブの坊主が突っかかて来た。

長身の方が魚住健吾。デブが根古谷ねごや望。二人とも大雅と共に士狼の最後を見送ってくれた大切な仲間である。


「ネゴと健吾も久しぶり。こいつらは彼女じゃねーよ」

「ってことはつまり、俺にもチャンスがあったり?」


 デブの根古谷―――通称ネゴが嬉しそうに鼻の下を伸ばして、日和達に汚い笑顔で微笑む。


「よろしく、俺のことはネゴって呼んでね!」

「ひい!」


 日和の悲鳴があがった。

そこへすかさず健吾が割り込んでくる。


「おいネゴっ、デブのくせに女の子ビビらしてねんじゃねーぞ! お前のこと好きになる女なんかいねーから。それよりどうだい彼女、俺と一緒にお茶でも……」

「お前こそ横取りすんじゃねーよ! いいかっ、デブは案外人気があんだ、需要があんの! 無駄に身長がデカいだけで偉そうにしやがって。テメエなんか電車のつり革でも舐めてろ!」

「んだとテメエー!」


 突如として始まった、女を奪い合う醜い争い。

兎々はその光景に「ぷぷぷ」と腹を抱えて笑う。けれど、日和はよっぽど怖かったようで、怯えた子猫のように士狼の腕にしがみつく。


「し、士狼君!」

「どうした」

「み、みんな、た、た、タトゥー入ってますよ!?」

「……そうだな」

「3人とも同い年なんですよね!?」

「ああ」

「不良すぎる! し、信じられないっ!」


(こ、これは!)


 ビビり散らかす日和の顔を見て士狼は興奮した。彼女がこれまで見たこともないほどドン引きしているからだった。


(流石俺の仲間達! このお節介女の好感度を一撃でここまで下げるなんて!)


 健吾とネゴが喧嘩を続ける中、傍観して笑っていた大雅が士狼と女子2人に声をかける。


 「とりあえず座って話そうぜ。士狼が制服着てんのも気になるしさ」






 士狼と女子組はソファーに腰をかけて、大雅は壊れかけの椅子に座った。


部屋の中は乱雑に物が置いてありその中には音楽機材も揃っている。この場所は、ラッパーとして活動する仲間達が音楽を収録する簡易的なスタジオとしても機能している。


 人相の悪い男達に囲まれて日和は明らかに委縮していた。


 (とんでもない速度で嫌われている気がするな。いや、まあ複雑ではあるんだが……けど、こうでもしないと日和と離れられる気がしないし、これでいいんだ)


 士狼には仲間を紹介することでとある目論見があった。

というのも、仲間達は全員中卒で高校に通っていない。前の人生で士狼が退学した時は、わざわざ退学お祝いをしてくれたような奴等。


そんな人達だからこそ、士狼が高校を辞めたい宣言すれば味方してくれるだろう。


「で、なんで士狼は制服なんか着てんだよ、辞めるとか言ってなかった?」


 大雅が何を考えているか不明な冷たい眼差しで問いかけてくる。


(ここしかねえ)


 高校をやめるタイミングで大雅達の音楽活動を支えると約束していた筈だ。つまり、高校に復帰するなんて裏切り行為に等しい。士狼達は固い絆で結ばれてるからこそ裏切りには厳しい。それは不良として生きる不文律のようなもの。


 自分では日和への想いが強すぎて出来ないから、大雅達に現状を伝えて無理矢理引き離して貰うという士狼の浅ましい考えだった。


 しかし、いざそれを口にしようとすると……日和と過ごした時間がよぎって数秒躊躇ってしまう。



 そして、それが致命的な過ちだった。



「皆さんにお話があります!」


 立ち上がった日和の体は震えていた。 

 ガラの悪い男達に怯えていた。それでも、その口は戸惑いなく己の意思を言葉に変える。


「わ、わたしは士狼君と一緒に高校を卒業したいです。それが……お母様に迷惑をかけず、真面目に生きたいっていう士狼君の気持ちに一番ふさわしいって思えるから……」


 日和の必死な告白に、誰も言葉を返さない。ひどく冷たい空気が支配する。


「だっ、だからみんなにも協力して欲しいんです。友達だからこそ、士狼君の高校生活を支えて下さい。お願いしますっ!」


 (……どうしてお前がそこまでしてくれるのか分からないけど、気持ちは嬉しいよ。でも、流石に今回は無理だ。大雅達とはもう辞めて音楽活動を手伝うって約束してる。それをこいつらが許す訳なんか……)


 そう考えながら仲間達を眺めて。なぜか、全員が馬鹿みたいに腹をかかえていて。

苦しそうに笑うのを我慢していてる。


「え、お前等……」


 士狼は激しい違和感を感じる。


「は、は、はあーーークソウケルwww」

「し、士狼が高校生に戻るってwww」

「ひ、ひいぃ教科書燃やしてた奴がよくいうぜwww」


 そういうと3人が日和を囲んで順番に肩を叩いていく。


「あ、あの?」

「最高だな日和ちゃん!」

「ああ、俺らも士狼が折角高校に入れたのに辞めるって聞いてもったいないと話してたんだ」

「めっちゃ辞めたそうにしてたから本人には言えなかったけどさ」

「ほっ、本当ですか!?」


 3人が頷くと日和がとびきりの笑顔をみせる。


「ありがとうございます!」


 大雅も同じくらい嬉しそうに笑う。


「退学祝いの準備してたけど無駄になっちまったな」


 士狼は受け入れがたい現実に直面して硬直していた。

それをいいことにネゴが動き出す。


「高校生の癖に金髪なんてナメてんじゃねーぞ! 誰か黒染めのギャズビー買ってこい!」

「俺にまかせろ秒で行ってくるわ!」

 

 買い物に出かける健吾を士狼が止めようとすると、とんでもない重みに押しつぶされる。ネゴの脂肪だった。士狼が身動きできないようにネゴが覆いかぶさっていた。


「っざけんなっどけデブ!」

「お前と大雅ばっかモテやがって許せねえんだよ! 俺と健吾なんか目立つだけでパッとしない方って馬鹿にされてんのによぉ」

「知らねーよッ!」

「髪染めて、だっさい、だっさい髪型にしてやっからな!」

「あ、じゃあうちがカットしようか~」


 兎々が楽しそうに文房具用のハサミを取り出す。


「一度でいいから髪の毛切ってみたかったんだよね。自分じゃ怖くてできなし」


 完全に悪ノリが伝播してやがる。


 日和が笑顔で語りかけてくる。


「やっぱり人は見た目じゃないんですね。皆いい人達じゃないですか!」

「どこがだよ!」


(ああ、どうしてこうなるんだよ)


 またしても日和から解放される日が遠のいて、士狼は泣きそうになった。

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