無能力だと冒険者を目指しちゃいけないって誰が決めたんですか?
ごいしのべる
第1章 それでも僕は諦めない
第1話 始まりの日
突然目の前に鋭い光がほとばしって近くに重たいものが落ちてきた。
ゴロゴロと転がってきた
その正体に気づいた瞬間強烈な吐き気が襲い掛かってきて、逆流してきた胃酸が口から勢いよく噴き出した。
「死にたくなかったら……冒険者なんて、やめたほうがいい。」
手に持った片刃の剣を一振りして鞘に戻し、情けなく俯いている僕を見下ろしながらその人物は物静かに呟いた。
何の感情も乗ってない、とても冷めた言葉が暗い洞窟の中に響いて頭の中に滲み込んでくる。
その人物は討伐の証になりようなものを剥ぎ取り用のナイフで切り取って立ち去っていった。
残された僕は周囲の凄惨な風景から目を逸らすようにフラフラとこの場を後にする。
(わかってるさ……そんなこと……)
事実を突きつけられて泣きそうな気持ちを何とか奮い立たせ、打撲や擦り傷を庇うようにダンジョンを抜けて帰路についた。
ダンジョンから町まではそう遠くない。
幸い何事もなく町へ戻ることができ、冒険者ギルド……ではなく我が家へ足を向ける。
何となく今ギルドに行く気になれない。
今行けば多分さっきの人物と鉢合わせる可能性が高い。
そうなるとまた惨めな気持ちが首をもたげて自分自身が嫌いになってしまいそうだから。
見えてきた家のドアを力なく押し開け、背負っていた荷物を無造作に床へ転がしながら汚れも気にすることなく硬いベッドに身を投げ出す。
とりあえず今は生きて戻れたことだけを噛みしめよう。
そう言い聞かせて強く目を瞑った。
眠りに落ちる前に今日の出来事が脳裏に浮かんでくる。
そう、今日は準備に準備を重ねてきた大切な一日だった。
冒険者としてスタートするために必要な大事なクエスト「ロックリザードの討伐」を達成すること。
冒険者ギルドに登録してもらうためにクリアしなければならないクエストで、これに挑むため他の人よりも随分遠回りした。
だけど自分にとって必要なことだと割り切り、無心で努力を続けて今日を迎えた。
同じように冒険者を目指す年下の人たちとギルドで合流し、簡易的にパーティを組んでダンジョンに潜っていく。
地下三階の初心者ダンジョンということもあって出現するモンスターは小型ばかり。
僕を含めて前衛三人、索敵役の中衛職と後衛の魔法職が二人という構成。
正直これだけいれば初心者ダンジョンで後れを取ることはない。
その証拠に姿を現すモンスターをノーダメージで討伐していく。
どうやら僕以外のメンバーは顔なじみらしく、よく連携が取れていて僕の出番はまったくない。
長い期間積んできた訓練の成果を生かす機会を得られないまま最深部に到着する。
索敵役の中衛が少し前に出て開けた場所を松明で照らし出すと、壁際の岩がゆっくりと動いてこちらにゆっくりと移動してきた。
その名の通り、じっとしていたら岩と間違えてしまいそうなゴツゴツした鱗が特徴のロックリザードが三匹生息している。
前衛が一匹ずつ担当するようにロックリザードの注意を引いて横に広く展開していく。
岩のように固い鱗に対して刃物は相性が悪い。
そのため前衛がロックリザードを押さえているうちに、魔法使いが火あぶりにするというというのが今回の作戦だ。
前衛のうち唯一刃物を使わない僕の金属製ナックルによる打撃ならダメージを与えられるけど、強固な鱗と3メートル近くある大きな体に致命傷を与えることは出来ないだろう。
ということで僕も無茶をせずロックリザードの頭を押さえるように動いて注意を引き付ける。
火魔法によって一匹ずつ数を減らしていくロックリザード。
僕が相手にしていた最後の一匹に向かって、ひときわ大きな火弾が飛んできてその体を包み込んだ。
生肉の焦げる匂いが辺りに充満し、ピクピクと痙攣しているロックリザードの討伐に成功したことを喜び合った。
そう……ここまではよかった。
討伐の証となる大きな牙を力任せに切り取ってさぁ帰ろうと振り向いた瞬間、一番後ろにいた魔法使いの一人が真横に吹き飛んで壁に激突した。
不自然に曲がった首、こっちを向いて生を失った瞳が松明の明かりに映し出される。
何が起きたのか一瞬理解できず魔法使いが元居た場所に目を向けると、この広場に繋がっている通路からさっき戦っていたロックリザードよりも大型の個体が列をなして向かってきていた。
何とか立て直しを図るためにさっきと同じように前衛が前に出るも、大きな体躯から放たれる尻尾の威力を押さえられない。
索敵役の火力には期待できず魔法使いも一人やられて動揺を隠せず、火球が形を保てていない。
そもそも魔力が切れているようで口の端に泡を吹き始めている。
目を離した瞬間、目の前に現れた巨大な尻尾に大きく後退するも距離が足らなかったために腕を掠め、被弾の勢いが収まらずにきりもみしながら後方へ弾き飛ばされてしまう。
他の前衛職も武器を折られて鎧もボロボロ、もはや蹂躙と言って差し支えない状況が目に映る。
いったい何がまずかったのか。
ここに来るまでに気づけなかった索敵役の落ち度?
それとも火魔法で焼いて匂いを漂わせたせい?
いや、慢心だろう。
明らかに道中、気が緩んでいた。
索敵を一人に任せて注意を怠った。
モンスターを倒すたびにはしゃいで周囲を刺激し続けた。
その結果がこれだ。
まだ何も始まってない。
スタートラインにも立ってない。
何のために頑張ってきたのか、そのすべてが無駄になろうとしていたその時、すでに正気を失った魔法使いがおもむろに懐へ手を突っ込んで奇声を上げながら掴み取った何かを頭上へ掲げた。
使い方があっていたのか、間違っていたのか、手にした
何かのエネルギーが膨張した結果、魔法使いの腕は爆発四散してその場に倒れ、しばらく痙攣した後ピクリとも動かなくなった。
そして天井に浮かび上がった魔法陣から突然ヌッと足首のようなものが伸びてきて、次第にふくらはぎ、太もも、腰……最後に頭部が姿を現して静かな振動と共に洞窟内に全身を出現させた。
あらかじめ魔法使いが用意していた切り札だったのだろう。
額の両脇から生えた鋭い角、口から覗いた鋭利な牙、全身に盛り上がる筋肉。
ギルドの書物でしか見たことのない凶悪な高ランクモンスター、オーガがそこにいた。
悲鳴を上げながら逃げ惑う前衛職の二人を片腕を振るって吹き飛ばし、足元に群がってきたロックリザードをカエルでも潰すかのように踏みつぶす。
一瞬だけ生存のチャンスに期待した。
でもオーガを前にその希望は跡形もなく消し飛んだ。
しりもちをついたまま何もできず、仲間だった肉塊に目を向けてこれから自分の身に降りかかるであろう無慈悲な暴力に理解が追い付かない。
現実味のない光景を眺めて近づいてくるオーガに目を向け、そこで意識が引き戻される。
「生きて……」
生きて帰ってこられた。
かすれるような声が口からこぼれ、嗚咽と共に涙が溢れてくる。
仲のよさそうだった他のメンバーを犠牲にして僕だけが生き残った。
申し訳ない気持ちと恐怖が心を掴んで握り潰そうとする。
『死にたくなかったら……冒険者なんて、やめたほうがいい。』
唐突にその声が脳裏に浮かんで唇を噛みしめる。
うっすら血の味が口の中に広がる。
誰だって死にたくない。
それはこれを言ったあの人物だって同じだろう。
じゃあ諦める?
冒険者なんかやめて無難に安全な仕事を探す?
「それが出来たらとっくに諦めてるよ……」
何度となく自問自答してきたことを拭い去るように涙を拭いて、何も考えたくないと言わんばかりに顔を枕に押し付けた。
翌朝、いつもの時間に目を覚まし、やけに激しい目やにを台所で洗い流して生乾きのタオルで顔を拭く。
昨日から着たままだった服を着替え、家の裏にある木製のたらいに突っ込み、手早く洗って干す。
命からがら持ち帰った荷物を突っ込んだ背嚢を拾い上げて、その中にロックリザードの牙がちゃんと入っていることを確認する。
朝ご飯を食べる気分じゃないし、そもそも材料もない。
新しい朝を迎えたものの、昨日のことがあって全く気分が上向かない。
だけどやらなきゃいけないことがある。
「さて、と……」
部屋に1つだけある鏡を覗き込んで変な寝癖が付いていないことを確認するように、少し伸びてきた髪を無造作に掻き上げた。
指の隙間から零れ落ちる白髪と自分を見つめ返してくる銀色の目。
若干主張の激しい色彩に小さくため息を付いて、鏡へ映った自分に挨拶をした。
「行ってきます。父さん、母さん。」
背嚢を肩にかけて家を出て細いわき道を慣れた足取りで大通りを目指す。
大通りに出た瞬間、憎たらしいほどの朝日が目に飛び込んできて手で影を作る。
まだ少し早いようで、町が活気づくのはもう少しかかる頃合い。
今なら静かにさっさと用事を片付けられるはずだと考え、冒険者ギルドへ足を進めた。
悲惨な結果ではあったものの冒険者は常に死と隣り合わせだ。
今回はたまたま生き残れた。
本当にたまたまだ。
あの人が来てなかったら僕も彼らと同じだったことは明白。
だから今度は違う結果にしなければいけない。
たまたま生き残れるんじゃない。
冒険者として生きていくと決めた以上、自分の力で解決していかなければ明日はない。
そう気持ちを切り替えて前を向いたとき、大通りの端に建っている教会が目に入った。
七神教会。
世界を創造したとされる7つの神を信奉する組織。
人々の祈りを聞き、ありがたい教えを広め、そして祝福を授かる場所。
ほとんどの人にとってはまさに神々の祝福と言えるが、僕にとっては呪いでしかない。
小さく息を吐きながら足早に進んで七神教会の前を通り過ぎ、目的地となる冒険者ギルドの扉を叩いた。
朝も早いとあってギルド内に人はいない。
正面入り口から広がるフロアの正面にカウンターがあり、その左右には大きなボードにクエストを受注してくれる冒険者を待つ依頼書が張り付けられている。
ギルドの職員がいないかカウンターに近づいてみると、椅子の上で口を開け、少し涎を垂らしている眼鏡をかけた職員を発見した。
「あのー……すみません、クエストの報告をお願いしたいんですけど……」
気持ちよさそうに寝ている職員を起こしてしまうのは申し訳ないけど、これから冒険者として生きていくために登録してもらわないといけない。
声を掛けた瞬間ピクッと反応したけどそのまま寝続けてしまったので、今度はもう少し大きな声で呼びかけた。
「すみませんっ!」
「わっ!?」
自分でも考えてたより大きな声が出てしまい、その声に驚いた職員が椅子からずり落ちて尻もちをついた。
「痛ったぁ……ちょっと!急に大声出したらびっくりするでしょ!?」
そういいながら起き上がって椅子に座り直し、ずれたメガネを掛けなおしてこっちを見た瞬間、勢いよく立ち上がってカウンターに手を付いて叫び声を上げた。
「あ……あなたは……ニトさん!?」
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