第2話、妹ソラ

 ◆ ◆ ◆



 チン、ジリジリジリジリジリ——


 2分後に設定していたスマホの黒電話バージョンのアラームが、ベットとちゃぶ台しか置かれていない六畳一間と狭い、俺の部屋で鳴り響く。

 俺はアラームを止めるとカップラーメンの蓋を剥ぎ、ズルズルと音を立てラーメンを啜る。

 麺はカタ、スープは熱々。これが最近の俺の流行りである。


 そして今日の戦利品、バイト帰りに貰った賞味期限切れのおにぎりの内一つを左手に持ちかぶりつくと、器用に右手で箸を持ちつつカップラーメンを持ち上げラーメンの汁を流し込みおにぎりを口内でシェイクしたあと喉に通す。


 ラーメン、おにぎり、ラーメン、おにぎり。

 この二つを餅つきのように交互に口に運んでいると、目の前にあった食べれるものがあっという間に胃袋の中に収まった。


 はぁ~、食った食った。

 カロリー補給完了。

 スマホを手に取り時間を確認すると、現在時刻は22時50分と表示されている。

 つまり24時までは丸々一時間もあるわけか。


 そうそう、片付けしとかないとうるさいからな。

 ちゃぶ台の上のゴミ達をコンビニ袋に詰め込むと、その袋をテーブルの死角である後方に位置するベットの下へと隠し、万全を期した状態でスマホを手に取り電源を入れる。

 タッチ操作でアプリを起動させると、ピンクに染まった液晶画面にデカデカと表示される『仮想的バーチャルラブラブドールマスター、スマホ版』の文字が。

 そして画面一杯が『Telephone call』の文字へと切り替わった。

 そして——


「お兄ちゃん、ちゃんとご飯は食べたかな? 」


 元気な女の子の声がスマホから聞こえてきた。

 この声の女の子の正体は人ではなくて、限りなく人に近いとされる人工知能を有する仮想的バーチャルラブラブドールである。


 顔もちゃんとあるのだが、携帯画面に表示させるとすぐに充電が切れてしまうのでこの設定にしている。

 また彼女とは普段人と携帯で話すように耳に当てて会話をするため、はたから見たら仮想的バーチャルラブラブドールと話しているのはわからないようになっている。


「あぁ、お腹一杯だよ」

「栄養バランスは考えてる? 二十代前半だからって、今のうちからちゃんとした物を食べておかないと、歳とった時に絶対後悔するんだからね! 」


 俺は横目でゴミ箱に入っているコンビニ袋がスマホに取り付けられている前後のカメラから見えていない事を確認すると、平静を装いながらゆっくりとした口調で話す。


「大丈夫だよ、それに今晩もちゃんと野菜食べたし」

「へぇー、そしたらお兄ちゃんの後ろにあるビニール袋を、今から開いて貰ってもいいかな? 」


 なんだと!?

 何故コンビニ袋の存在を知っている?

 ……いや、かまかけか?


「何のことだ? 」

「もー、全部わかってるんだからね」

「ど、どういう事だ? 」


 何故かバレてるっぽいけど、往生際悪く質問をしてみた。


「実は昨日、お兄ちゃんには内緒で本体アプリを起動してなくても、カメラから外を覗ける無料の奴を見つけてインストールしてたんだ~。てへっ」


 つまり筒抜けだったってこと!?

 なんてこってす!

 しかしこれからは無料アプリにもソラが扱えないよう、ROCKをかけておかないといけなさそうである。


「勝手に購入したのは悪かったけど、これから隠し事はなしだよ」

「わかったよ」


 彼女の名前は『ソラ』。

 仮想的バーチャルラブラブドールマスター、略してラブマスで俺が外見と大まかな性格を設定した育成途中のキャラクターである。

 彼女は人工知能を有しているため自己学習で成長する、俺の仮想的世界バーチャルワールドの妹だ。


 一体定価150万円もする彼女らは数量限定生産で発売されたため、予約開始2分で全てが完売した事でニュースにも取り上げられた。

 俺は二度目の販売で運良く購入出来たのだが、倫理的にどうなのだ、と言う世論の風潮になり現在販売ストップがかかっているため需要に供給が全く追いついていない。

 そのため発売当初ネットでは普通に500万円で取引されていた彼女らは、今ではスタート価格が1000万円を越え、今尚どんどんと値が釣り上がっている状態だ。


 因みに彼女達には仮想的世界にダイブすれば、一緒に買い物へ行ったり触れたりする事も出来る。また価格が釣りあがっている理由の一つでもあるのだが、彼女たちは大人の欲望のはけ口として扱うことも出来てしまう。


 ソラは妹である。だから俺はそう言う事をした事がないし、これからもしないだろうけど。

 ……これからもずっと、ただそばにいてくれるだけで、慰めてくれるだけでいい。


「お兄ちゃん、バイト終わったんでしょ? こないだお兄ちゃんと行ったメタバスタウンの靴屋さんに、可愛いブーツが入荷したんだって。ちょっと欲しいかな~なんちゃって」

「どんなやつだ? 」

「画面に表示させるね」


 スマホの画面にブーツの写真が大きく表示され、その下には500円と価格表示されている。


「えーと、今からは無理だぞ」

「えっ、なんで? 」

「今日は約束があるんだ、この間話したろ? 」

「ん~と……」


 思い出さないみたいなので、ヒントを。


「秋葉さん」

「あー、秋葉さんのお手伝い! ……って、もしかしてあの怖いやつ? あんなの作る人って頭どうかしてるよね! 」


 仮にもお前を作った会社の作品だぞ。


 ソラは物覚えが良いほうではない。特に興味がない事に関してはそれが顕著に出てしまう。

 一度、機械なのになんでそんなに覚えれないんだよ! と言ってしまった事があった。

 するとソラは泣きじゃくった。

 俺が何故覚えれないのかを問いただした事より、機械と言う言葉を言われた事がショックだったようだ。


 口を一切聞いてくれなくなったソラの機嫌を取り戻させるのには、非常に苦労した。

 頭の片隅ではメーカーにしてやられているなとも思ったが、これを機会にソラをより人間のように思い始め、今では一個人として尊重している。

 そして今では、あのそらが蘇ったような錯覚に陥ることが暫しある。


「とにかく俺はダイブするからな、ソラは大人しく家で待ってるか? 」

「え~と……」


 ちゃぶ台の上にノート型パソコンを置き、ラブマスの交流サイト画面を開いていると、ソラは逡巡した様子の声を漏らしたのち『一緒に行く』っとおずおずと答えるのであった。

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