第41話 異なる価値観にしても異種族への理解ありすぎなグレゴリオさんは王女に弱い

 そのまま。


「…………!!」


 拳を振り抜き。


 頭を半分凹ませたドレイクは、白目を剥いたまま、グレゴリオの肩から落ちていった。


「マシュ……さんっ」


 マシュも。

 既に意識は無かった。ふらり。落ちそうになる所を。


「よっと。君も勝ったか。マシュ殿」

「……騎士団長、さん」

「シャル王女。ご無事ですね。良かった。取り敢えずは」


 タイが、支えた。


「グオオオオオオッ!!」

「!」


 震えた。タイも立っていられなくなり、その場に座り込んだ。

 とにかく、マシュに治療魔法を掛けて。


「ドラゴン……! 騎士を失ったドラゴンはどう出る。ここから俺達は、このドラゴンと戦うのか?」

「待って……ください。騎士団長さん」

「シャル王女」


 ワフウ姫が、シャルを支えた。


『我らが戦う必要は無い。わたしは既にお前達を背に乗せることを認めた』

「!」


 ドラゴンの念話テレパシーである。


「グレゴリオ、さん」

『…………まさかドレイクが敗北するとは。この盟約も、考えねばならなくなったな』

「それって……」

『それは後だ。……お前達の目的地はあの草原の先だったな。送っていこう』

「!」


 グレゴリオは、方向転換した。サイコキネシス王国の方へ。


「…………シャル王女。もしかしてこのドラゴンと知り合いで……?」

「……はい。一度、シロイナ王国でお会い……。いえ。サーモン王国で」

「!」


 そうだ。

 このドラゴンは。

 シャルの故郷、サーモン王国を滅ぼしたドラゴンの1頭である。どんなに理性的、知性的に見えても。禁術を滅ぼすことを魔導連盟と協力しており。何百万人と人を殺してきた怪物。

 そもそも土台の価値観が異なるモンスターなのだ。


「あ。その前に。俺の愛馬マサキも回収したいのだが」

『…………』






✡✡✡






 グレゴリオの背で一夜過ごし。夜が明けて。


「……流石速いな。もうリョウカク高原が見えてきた」


 リョウカク高原、サイコキネシス王国の手前までやってきた。

 最強のドラゴンの背に乗って。寒い夜も、炎竜の背は暖かく。

 世界一安全な旅である。


『幼き「火の王」が見える。そこに降りるぞ』

「! お願いしますわ!」


 グレゴリオが、ヨージョを見付けたらしい。






✡✡✡






「グレゴリオっ!?」

『慌てるな。我らはもう敗けている』

「!?」


 ヨージョとハク、騎士団の生き残りは。あれからなんとか1台だけ荷車を修理して。

 怪我人を寝かせながら、サイコキネシス王国を目指していた。


「ヨージョさん……! ハクさんっ!」

「シャル!」

「シャル王女!」

「マシュさんも、危険な状態ですが、一応生きておりますわ。わたくし達を助けるために、竜騎士ドラゴンライダーを……。倒したのですわ!」


 落ちるように飛び降りたシャルが、ふたりに受け止められた。

 ヨージョは片脚ながら、グレゴリオと対面すると見て荷車から出てきていた。


「隊長ォ!」

「お前達。無事か」

「姫様ー!」

「皆さま。ご心配、お掛けしたのです……!」


 それぞれ、無事の再会を喜びあって。


『ル家の末裔』

「!」


 グレゴリオが。

 シャルを呼んだ。


「はい」

『我ら竜族が盟約を結んだ人間が敗れた。これはこの人間の属する群れの信念が敗れたと同義である』

「…………はい」


 戦争たたかいの。中心は。

 彼女だったからだ。


『今後、我ら竜族は「召喚魔法」について一切の関知をしない。危害を加えない。発動の邪魔をしない。全世界全ての竜族に通達し、子々孫々まで守るよう徹底しよう』

「…………そんな、そこまでですの?」

『当然だ』


 ざわついた。

 完全無欠の完璧な敗北宣言だったからだ。


『皆、その意識で盟約を交わした。勝てば「禁術」をひとつこの世から消せる。それに、我らは既に「ル家の末裔」の群れを滅ぼした。お前が望むなら、我らが殺めた群れの数だけ、我らが自死をしよう』

「…………!」


 重い。ドラゴンにとっての『敗戦』は。その覚悟で、臨んでいたのだ。


『沙汰を。「ル家の末裔」』


 しかし。


「……お待ちに。その判断は、保留ですわ」

『何故だ。我らに怒りは。憎しみは無いのか』


 シャルにとっての、サーモン王国が。軽いとは言わせない。

 あの悲しみは。悔しさは。やるせなさは。

 忘れる訳が無い。その、犯人が張本人が。目の前に。自死をしようとしている。


「いいえ。わたくしは決して、あなた方を許すことはありませんわ」

『では何故だ』

「……今回の最大の功労者であるマシュさんが、重体で眠っておりますわ。彼の考えも知りたいですわ」

『……「喚ばれし者」か。なるほど。道理だ』

「それと。わたくしがここで、恨みのままにあなた方を処せば。それはわたくしが最も嫌う『虐殺』ですわよ。わたくしは、あなた方とは違います。責任を取るつもりであれば、わたくしの指示にお従いくださいませ」

『…………承知した。では今後、我ら竜族は「ル家の末裔」の命令を永劫遵守するよう通達を』

「だから、そう早まらないんですの」

『…………』


 ひとつの国と家系を滅ぼそうとしたのだ。

 敗北すれば、滅ぼされても文句は言えない。どころか、自ら滅ぶのが『筋』であると。

 ドラゴンの価値観だという。


 ただ。

 ドラゴンを正面から『叱った』のは、長い歴史の中でもこれが初めてであっただろう。


『…………では、次の「最も月が丸くなる夜」の翌朝に、この場所にて待とう。お前達が来なければ、「喚ばれし者」がまだ快復していないと判断し、また次の「最も月が丸くなる夜」の翌朝に来よう。沙汰が下るまでは、食事以外で他の命を取らぬと誓う。それで良いか』

「……ええ。文句ありませんわ。理解と、提案に感謝を。竜の王グレゴリオ」

『ではさらばだ。「ル家の末裔」』


 グレゴリオは、そう言い残し。巨大な両翼を広げて、風を巻き起こし。

 未踏領域フロンティアへと飛び去っていった。

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