第38話 処刑用BGMのご用意を。

「このクソ女がァ!」

「……っ!」


 殴り付けた。頬を。シャルは手足を縛られたまま、数メートル飛んで、転がった。


 ここは未踏領域フロンティアのサバンナだった。周りには何も無い。否。これから大量のモンスターと亜人が押し寄せることが確定している。


 グレゴリオが背に乗せていた『牢屋備え付けの小屋』は、上空から地面に叩き付けられて完全に破壊されていた。


「お姉ちゃん……!」


 ワフウ姫が、彼女も手足を縛られたまま這いずり、シャルの元へ。


「まあまあ竜騎士さん。なんとか間に合ったねえ〜。『魔封具』。今着けるねえ〜」

「!」


 そのふたりに。

 魔術会議の構成員であろう老人が、ロープの拘束の上からさらに手錠を掛けた。


「てめえがさっさとこいつらの魔法を封じねえからだろうが!」


 吠えるドレイク。彼の横に、細身で長身の黒ローブの男。魔術士も立っていた。


「仕方ないぞ竜騎士。魔封具の調整は魔法ひとつ単位だ。禁術で、しかも複合魔法である『召喚魔法』に対応させる為に現場で作成する必要があったぞ。寧ろこの数日で幻術ごと封じる魔封具を用意したマママ・マドサイ博士を褒めるべきだぞ」

「……ちっ!」


 魔封具。

 魔法協会未承認の道具である。魔術会議の軍事機密でもある。相手の魔法を封じるものだ。

 これひとつ出回れば、世界のパワーバランスが壊れるレベルの。


「だからさっさと殺すべきなんだよ! なあグレゴリオ!」

「…………ぐるるる……」


 シャルは。

 ワフウ姫を『洗脳』した後、グレゴリオをも『洗脳』し、墜落させた。既に洗脳は解けているが、グレゴリオも脚に怪我を負った。

 立ち往生である。


「まあまあまあ竜騎士さん。ドラゴンは治癒力も高い。幻術を封じている以上、ここはまだ安全だよねえ〜。ゆっくりドラゴンの回復を待ってから、我々の意思決定機関の居る本拠地へ連れて行こうねえ〜」

「…………ちっ!」


 魔導連盟と魔術会議が、今回『禁術』と『幻術』の確保に際して用意したのが、これである。

 戦闘、襲撃、運搬用に優秀な竜騎士ドラゴンライダーのドレイク。

 敵の護衛である『火の王』対策に、水の魔術士ウィザードの彼。

 そして確保後、禁術と幻術を封じる為の魔封具制作にマドサイ博士。

 彼らの本拠地に彼女らを連れて行く所までが作戦であり。その前に彼女らを殺したり実験したりすることは協定で禁じられている。


「…………魔封具……」


 ワフウ姫は。

 それを着けられて、不思議に感じていた。


「これは、わらわの『幻術呪い』が止まるものなのです?」

「ん〜。さあねえ〜。何せ幻術に魔封具を掛けるのは魔術会議としても初めてだからねえ〜。我々人間は、魔力を実際に目で見て確認できる訳じゃないからねえ〜」

「…………」

「催眠魔法!」


 シャルが。

 ドレイクに向かって叫んだ。


「あん? ……はっはっは! 効かねえよクソ女! 意味ねえぞ!」

「…………!」


 もう、魔力が足りない。ドラゴンの催眠という、とてつもないことをやってのけた直後だ。


「ん〜。気になるのは、複合魔法として組み込まれていた筈の催眠魔法を、ドラゴンに単体で使用した所だけどね〜。継承の歴史で魔法協会に内緒で研究してたのかね〜」

「構わねえよ何でも。もう魔封具着けたんだろ。ただの世間知らずの女だ。殺しちゃならねえなら、それまで遊んでやるよ」

「下品だね〜。竜騎士ドラゴンライダーは」






✡✡✡






 それから。

 グレゴリオの脚の回復と。


 マシュ達の到着が同時であった。


「!」


 魔封具により、確かに『魔物寄せ』は消えていた。だが、モンスターや他の亜人とは違い、マシュ達は明確な目的を持って走っていたのだ。『引き寄せられる感覚』が無くなっても、走り続けた。

 タイの愛馬マサキも、ボロボロである。限界を超えて、未踏領域フロンティアの不整地を走ってきたのだ。


「………………魔法騎士マジックナイト!」

「おっ。ようやくや。ハゲェ」


 ボロボロである。ローブは裂け、血みどろで。殆ど半裸で。顔面も傷だらけ。

 だが。

 とにかく。


「マシュさん………………」


 突き止めた。追い付いた。


「…………シャル。無事か。………………!」


 まさか、彼が来てくれるとは。オークとの戦いで満身創痍で。とても活動できる状態では無かった筈だ。

 なのに。


「騎士団長、さま」

「ワフウ姫。ただ今救出に参りました」


 辿り着いたのだ。


「マシュさん。わたくし……」

「おいシャル。それ……」


 シャルは。

 髪も服も、ぐちゃぐちゃに乱れていて。頬は腫れており。

 汚されていた。


「マシュさん。わたくし。……ワフウちゃんは守りましたわよ」

「…………!」


 対して。

 ワフウ姫は、砂埃に塗れてはいるが。

 その髪も服も肌も、泣きそうな表情も。清潔なままだった。


「…………ああ。頑張ったな」

「……っ!」


 労いの言葉を掛けられて。

 シャルは涙を浮かべた。


「ちっ! おいグレゴリオに乗れ! 女どもを乗せろ! 飛び立ちゃ良い! 奴ら騎馬だ! 禁術も幻術ももう魔力切れ! もう追い掛けられねえよ!」

「こんなボロボロの騎士ふたり、この場で殺したら良いのではないかね〜?」

「駄目だ。『輸送』が先だ。ボロボロだろうが魔法騎士団長を舐めるな」


 ドレイクが。魔術士と博士に指示を出し、グレゴリオの背に飛び乗った。


「! おい待て! 姫様を――!」

「待ちぃタイさん。ええねん」

「は!? ようやく追い付いたんだぞ! ここで逃がせばまた――!」

「大丈夫や。…………無茶しよるわ。シャルも」

「!?」


 シャルは。魔術士に担がれながら、マシュとアイコンタクトを取った。

 否。それより前から。

 ふたりは通じ合っていた。


 『使役魔法』によって。送られてくる魔力に。メッセージを込めて。


「上空は、『逃げられへん』やろ。そこで仕留める」

「………………」


 ドン。

 グレゴリオが飛び立つ。凄まじい旋風を発生させて。あっという間に、遥か空の彼方へ。


「……あそこに行く方法が、あるんだな」

「ああ。…………俺に捕まっときや。タイさん。一瞬や」

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