第32話 味方ばっかりチートなのに全然敵の方が強いのなんなん

 雨が降ってきた。

 マシュ達は荷車の残骸を使って簡易的にテントを作り、数人のまだ息のある騎士団員達を入れて雨を凌いでいた。


「一等騎士殿には随分と、激しく抵抗してくれた。相手の魔術士が上級に匹敵する水魔法を使ってな。……温度差で気流が発生して雨になったのだろう」


 焼け焦げた木片や草が雨に洗われていく。


「あたしを対策して来たってことよ。…………『禁術』を護衛してるのは『火の王』ってことはバレてたから。それにしたって対策する為に魔術会議の魔術士ウィザードを呼ぶなんてね」


 ヨージョは目が覚めてからしばらく苦しそうにしていたが、ハクの懸命な治療により話せる程度には回復していた。

 負傷者数人を布の切れ端に並べて、マシュ、ヨージョ、ハク、隊長がテントの壁にもたれている。


「ヨージョ先輩、脚大丈夫なんか」

「…………大丈夫じゃ、ないわよ。脚はヤバイわね」


 マシュはヨージョと隣り合わせで手を握っていた。強く握り締めている。悔しさが伝わってくる。

 脚は。もう。

 冒険ができない。


「恐らく、奴らは俺達を全滅させるつもりだった筈だ。それを……合計9名か。生き残った。ヨージョ一等魔法騎士殿のお陰だ」

「……俺は事が終わるまで全く起きんかった。要するに無傷や。……ヨージョ先輩」

「……良いのよそんなこと」


 あの竜騎士ドラゴンライダーと。相性の悪い魔術士ウィザードと戦って。

 脚1本で済み、8人守ったのだ。


 辛そうにしている。痛みと高熱だ。今平静を保って話せているのは、ひとえに『魔王』であることの意地だろう。


「ヨージョ先輩のこと知って『禁術』狙って襲われたんやったら、俺らのせいか」

「…………違う。攫われたのは、『禁術使い』シャル王女だけではないからだ」

「どういうことや?」


 攫われたのは。狙われたのはシャルだけではない。

 この騎士団は。この護送は。そもそも。


「『幻術使い』のさるお方を、我々は本部へ送り届ける途中だった。マボロシ国からな」

「…………『幻術』」


 マシュは知らない。一度くらいは耳にしたかもしれないが。

 幻術も禁術と同じく、魔法協会が国際的に指定する特殊な魔法の一種である。


「そうだ。、我々と魔王殿は分かれていたんだ。護衛対象を分散させる為に。1ヶ所に集まっていれば、魔導連盟と魔術会議、どちらからも同時に狙われることになるから。……危惧していた最悪の事態になってしまったがな」

「…………なんなんそれ」


 雨音が、強まる。


「禁術が『禁じられるほど不正に強力な魔法』とすれば。幻術は『幻と呼ばれるほど希少で特異な魔法』だ。禁術はものによっては、使い方が流れれば使用者が増えてしまう危険な物。だが幻術は、使用できる者が非常に限られるものが多い。俺達が護送していたマボロシ国の姫君イセカイニヨクアール・ワフウノヒメ様が生まれ付き発動している幻術は『魔物寄せ』と現地で呼ばれる魔法だ」

「…………」


 もう、ツッコまない。


「『魔物寄せ』は、モンスターや亜人を呼び寄せる。どこに居ても。どれだけ遠くても。音も匂いも届かない方角も分からない筈の遠くから、あらゆるモンスターと亜人が、発動者の現在地へ向かって進む。どうしようもないほどに危険な魔法だ」

「…………なんやと」

「因みにマボロシ国は、シロイナ王国の近くにあるのよ」

「は?」


 つまりだ。


「つまり。あたし達が街道で見たゴブリンとか。その他の、国内であまり見ない筈のモンスターの出現や襲撃は。その姫様の『幻術』によるものだったって訳」

「!」

「……恐らくそうだろう。ワフウ姫様は現在11歳。ここ数ヶ月で急に身体の成長に伴って魔力が成長し始め、『魔物寄せ』だと確認された。この魔法は通常の能動的に使用する魔法と違い、『常時発動型』に属する。姫様の意思で止めることはできず、寝ても覚めても常に発動する。マボロシ国では昔から数百年に一度、イセカイニヨクアール家の姫に現れる体質らしく、古くは『呪い』とも呼ばれていた」


 呪い。

 本人の意思とは無関係に発動する魔法。しかも、自分や周りを巻き込んで甚大な被害に繋がる、正に『どうしようもない』魔法。

 確かにこれは禁じることはできない。誰にも真似ができない。仕組みも分からない。

 『幻術チート』である。

 禁術が魔法研究の末に生み出された、魔力的なメカニズムの判明している技術だとすれば。

 幻術は、それら一切を無視してただ結果を突き付ける、本来の『魔法』『不思議な力』『神秘』そのものである。


「そんなん、生まれたら滅んで終わりやん」

「だから、大昔は被害が確認された時点で発動者を殺していたらしい。それだけならば魔法協会も捕捉できなかったのだが。ある時、発動者を敵国に政略結婚として引き渡し、滅ぼした戦争があった。その時に明るみに出て、『幻術』指定された。それが200年前。つまり、幻術に指定されて初めての発動者が、ワフウ姫様だ」


 世界中どこに居てもモンスターや亜人が際限なく襲ってくる。だが、魔法協会の理念として、発動者を殺すことはあり得ない。

 そこで、サイコキネシス王国まで連れていきさえすれば。どれだけモンスターが来ようと跳ね返せる武力が揃っている。そもそもサイコキネシス王国と魔法協会本部は日々禁術や幻術を求めて襲ってくる者達や巨大な魔力に惹かれてやってくるモンスター達を相手にしている。そこへ『魔物寄せ』発動者が来ても状況はさほど変わらないという判断である。


「…………それを元々狙ってたんが、魔術会議か」

「そうだ。奴らが『魔物寄せ』を使い、何をするかは分からないが。確実に言えることは、奴らが『実験』と称してこれから多数の国々に『魔物寄せ』を使い、効果検証をするだろう。一体どれだけの国が滅び、どれだけの人が死ぬか」

「…………!!」


 そんなと。

 『召喚魔法』の継承者シャルが。

 同時に捕まったのだ。

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