第13話

俺が「ちょっとみんな飲みすぎだから、今日はここまでにしよう」と提案すると、渋々ながらも全員が同意し、解散することになった。


帰り道、俺はひどく後悔していた。どうしてあんなに軽率に、女の子たちと距離を詰めてしまったんだろう。シラフの麻耶は俺達のあんな姿を見てどう思っただろう…想像するだけで気まずさに顔を覆いたくなる。


家に帰ると、シャワーを浴びて気分を切り替えようとした。楽しい瞬間もあったはずなのに、頭の中を占めているのは失敗への後悔ばかりだ。


シャワーを終え、家着に着替えてベッドに横になったところで、スマートフォンが鳴った。

画面に表示された名前を見て、少し眉をしかめる。酔っ払って俺に抱きついてきた子の一人だった。今も酔いが冷めていないんだろう。どうせ明日には覚えていないだろうし、出る必要もないか、と画面をスワイプして着信を切った。


呼び出しが終わり、布団に横になると、ようやく静寂が訪れた。酔いのせいか、今日の俺は妙に気が大きい。今なら普段は言えないことも、何でも話せそうな気がする。


そんな自分に少し苦笑しながら、ふと麻耶の顔が浮かんだ。どうしても彼女と話したくなる。視線が自然とスマホに向かう。


画面を確認すると、時刻は0時25分。初めて麻耶に電話をかけるには、間違いなく適切とは言えない時間だった。


よし、かけよう!

意を決して麻耶の番号を入力したものの、最後の通話ボタンを押す指が震えて止まった。心臓が嫌なほど速く脈打つ。


無理だ…。俺は酔ってるんだ。一体電話して何を喋りたかったんだろう?話したい気持ちは本当だけど、言葉がまとまる気がしない。


やっぱり諦めて寝よう。そう思って布団に潜り込んだ瞬間、スマホが震え、ラインの通知音が鳴った。


麻耶からだ!!


「先生、今日は楽しそうでしたね。」


その一言に胸がぎゅっと締め付けられるようだった。微笑の絵文字が1個添えられているが、俺の頭の中には、あの場で麻耶が向けてきた冷ややかな視線がよみがえる。やっぱり見ていたんだ。しかも、それをわざわざこうして言ってくるということは…。


俺は画面を握りしめたまま考え込んだ。軽く謝るべきなのか?それとも弁解するべきなのか?でも、どれも薄っぺらく聞こえそうで、指が進まない。


麻耶は何を思ってこのメッセージを送ったのか。その意図が、妙に気になって仕方がなかった。


とりあえず、メッセージを打つ前に深呼吸をする。酔っているとはいえ、冷静さを欠いて、人に見られたら恥ずかしい状態だったのは間違いない。


彼女の気持ちがどこにあるのか、この短いメッセージだけでは分からない。でも、考えれば考えるほど胸が締めつけられる。


やっとの思いで、指を動かして返信を打ち始めた。


「麻耶、今日は本当にごめん。酔ってて、ちょっと浮かれてたかもしれない」

末尾に、頭を下げた絵文字を一つ添えた。でも、それだけじゃ何だか軽すぎる気がして、指が迷う。――いや、こんなことで悩んでる場合か?

何度も文章を見返して、絵文字をもう一つ、いや、結局二つ追加した。逆に軽く見られるだけかも知れないが、言葉だけじゃ足りない気がして、少しでも誠意が伝わればと思ったからだ。


送信ボタンを押した瞬間、不安の波が一気に押し寄せたけど、もう戻れない。


その後も、俺はしばらく画面を見つめていた。返事が来るまでの間、心臓の鼓動がやけに耳に響く。ほんの数秒の沈黙が、途方もなく長く感じられた。


やがて、麻耶からのメッセージが届いた。


「いいですよ全然。今日、ついに彼氏と別れました。また、良かったら話を聞いてくださいね。」


え、マジか…!頭の中で驚きの声が反響する。今日がその日だったのか。あの場所に麻耶がいたのは、彼氏と最後の別れ話をしていたからだったのか?早く返事をしないと。


「もちろん、俺で良ければ何でも相談してくれよ。」


そう送ったあと、またしばらくスマホの画面を見つめていた。既読マークがついた瞬間、息を飲む。返事はどうなるんだろう。俺の言葉は迷惑じゃないよな?向こうから話聞いてって言ったんだから…と、いつものように疑心暗鬼になる。


数秒後、画面にまた麻耶からのメッセージが表示された。


「ありがとう、先生。ご迷惑かもしれないけど、先生と話すと、少しだけ気が楽になれる気がして。」


そのメッセージを見た瞬間、心が少し軽くなった気がした。俺にできることがあるなら、ちゃんと向き合ってみよう。自分が役に立つかは、はっきりしないけれど、とにかく今は彼女の話を聞くことが一番大事なんだろう。


「無理しなくていいよ、いつでも話したいときに連絡してくれよ。」そう打ち込み、メッセージを送信した。


その後、すぐに麻耶から返信が来た。


「今から電話してもいいですか?」


その一言を見た俺は、思わず画面を見つめたまま固まった。どう返事をすべきか、答えはわかりきっている。こんなに自然に接してくれる彼女に対して、さっきまで俺は何を悩んでいたんだ。自分の意気地の無さが、恥ずかしくてたまらない。


俺は深呼吸をしてから、ゆっくりと返事を打ち込んだ。


「もちろん、大丈夫だよ。今、すぐに電話かけてくる?」


送信すると、すぐに「はい!」と返事が返ってきた。わずかな期待と緊張が入り混じった気持ちで、スマホを握りしめる。しばらくして、スマホが震えた。


画面に「麻耶」の名前が表示された瞬間、俺はゆっくりと通話ボタンを押した。


「もしもし、麻耶?」


「…先生、こんばんは。」少し控えめな声が聞こえた。その声には、どこか安心感が滲んでいるような気がして、俺も自然と笑顔になった。


「こんばんは、麻耶。大丈夫か?疲れてるんじゃないか?」


「うん、ちょっと疲れてるかも。でも、先生の声が聞けて…なんだかほっとした。」


その言葉を聞いた瞬間、胸が少し温かくなった。俺も、彼女の声を聞けてほっとしているんだと気づいた。


「先生、今夜モテモテだったね」


麻耶の冗談めかした一言に、また言葉が詰まった。麻耶からだけは言われたくない言葉だ。どう答えたらいいのか…飲み会でのこと、その後麻耶と会った時のことを思い出すと、今でも気まずくて、顔が熱くなる。思い出したくないシーンが頭をよぎり、スマホを置いてその場から逃げ出したくなった。


「いや、あれは…違うんだよ。ただのノリっていうか、その…」とにかく必死で言い訳をしようとするが、声が上ずっているのが自分でもわかる。


電話の向こうで、麻耶がクスクスと笑うのが聞こえた。その笑い声には、少しの安心感と、ほんの少しの寂しさが混じっているように感じた。


「うん、分かってるよ。ただの冗談。でも、ちょっとだけ、羨ましかったかな。」


その言葉に、俺の心臓がドクンと跳ねた。冗談っぽく言っているけれど、その裏には本音があるような気がしてならなかった。麻耶が今、何を考えているのか、どんな気持ちでいるのか、もっと分かってあげられればいいのにと、胸が締めつけられるような思いがする。


「そうか…ごめんな、麻耶。俺、あんなだらしないとこ見せちゃって。」何であれ、彼女が羨ましがるようなことをしてしまったのは、俺の配慮が足りなかったからだと思う。


でも俺は思わず聞いてしまった。

「でも、何が羨ましかったの?」


それを聞いた麻耶が笑う声が聞こえた。

「内緒だよー。」


「内緒かー…。」俺は残念そうに言った。


「ううん、先生はいつも私に優しいから、今夜みたいに他のみんなと楽しそうにしてるのを見るのも、悪くないなって思ったの。ただ、ちょっとだけ、私もその中に入りたかっただけ。」


その言葉に胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。麻耶がこんなだらしない俺に、こんなにも優しい言葉をかけてくれるとは…。こんな彼女を前にして、俺は何か役に立てるだろうか。いや、支えてあげなきゃいけない、そう思わずにはいられなかった。


「俺で良ければいつでも君のそばにいるよ。話したいことがあれば、何でも俺に言ってくれ。俺に出来ることなら何だってするから。」


電話の向こうで、少しの沈黙が続いた。やがて、麻耶が小さく「ありがとう」とだけ言った。その声には、少しだけ温もりが戻っている気がした。


「明日、会えませんか?」


麻耶の言葉に、思わず息をのんだ。俺が言えないことを彼女はいつでもリードするように言ってくれる。心の中で喜ぶ俺とは裏腹に、彼女の声はいつになく真剣で、冗談や軽いノリではないことはすぐにわかった。


「もちろん、いいよ。時間とか、場所はどうしようか?」と答えながら、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。麻耶と二人きりで会うのは2度目だが、はっきり好きだと意識してから会うのは初めてだ。今までの俺だったら絶対に緊張していたはずだ。でも、彼女が頼りにしてくれるような言葉をかけてくれるから、少しは自分の気持ちも強くなった気がする。


「お昼くらいに、駅前のカフェでどうですか? ちょっと落ち着いて話せるところがいいかなって。」


「分かった。じゃあ、明日12時に駅前のカフェで。」


「うん…楽しみにしてますね。おやすみなさい、先生。」


電話を切った後、俺はしばらくスマホの画面を見つめていた。明日、麻耶に会う。もしかしたら、彼女が求めているのはただの話相手じゃないのかもしれない。けれど、何を聞かれるか、何を話すかもわからないまま、ただ彼女に会えることが嬉しくて、自然と頬が緩んでしまう自分がいた。


「…おやすみ、麻耶。」


声に出してみても、もう彼女には届かないけれど、その小さな言葉が部屋の静寂に溶け込み、胸が温かくなるのを感じる。彼女と話した事実が誇らしい。そして明日、彼女に会えることが、不安以上に待ち遠しく感じられた。

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