【メモ】#プロットと作品集 20241211~

こわき すすむ

作品

作品01「勝利」―赤版【version 0.02】

#起 

 リングの中で、ぼくは左頬にパンチを喰らった。

 その衝撃で頭がくらくらとして普段は聴こえないはずの音を感じた。これはきっと幻聴だと思った。


 君は頭の中で、時計の音を聴いたことがあるか?

 その音はタターン、タターン、タターンと振り子時計の音なのだ。

 音が一定の間隔で伸びたり縮んだり、大きくなったり小さくなったりする。

 ぼくが今聴こえている音もそんな感じなのだ。


 話を現実に戻そう。


 ぼくの足は左右に一歩ずつ前に出た。次にまた一歩前に出た。

 そして体がよろめくと、頭の血が引くように視界がぼやけた。

 そのままばったりとリングの床に倒れた。


 ……ワァァァァァァ!

 歓声が響いたのだろう。


「ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ」


 レフリーのカウントがあったようだ。

 そして、ぼくの意識は夢の中になった。

 

 それは次のような光景だった。君も想像してほしい。

 

 ぼくの目の前に彼女がいる。

 白い靄がかかった背景にそれはいる。

 彼女はいつものようにぼくの唇の傷にハンカチをあてて、優しく微笑んでいるのだ。

 気持ちが奮い立った。

 ぼくはその優しさに、ここまで頑張れていたのだ。だからこの試合を諦めないでいた。

 そして、意識は現実世界に戻るようだった。


 ピクッ。

 

 手首が動いた。


「シックス」


 レフリーのカウントが続いているようだった。


 ぼくは、反応したかのように眉毛 を少しあげた。すると、上下のまぶたがゆっくりと離れて視界がはっきりとした。


「セブン」


 カウントが迫っていた。


 クッ。


 ぼくは体を起こした。

 すると、体をもち上げるだけでポキポキと骨が鳴った。

 一瞬でも寝ていると、体が固まっているのだろう。


「エイト」


 急げ。

 

 ぼくはゆっくりと立ち上がった。

 そして微かな空気を感じた。臆病だった気持ちが変わったのだ。


 ぼくは何度も倒れて追いつめられていた。ぼくは相手の小ぶりな顔を見つめた。

 

 かつおぶしのようにほっそりした顔をしやがって!かんなで勢いよく削って、もっと小さくしてやろうか!?とぼくは思った。


 そんなぼくの威勢だが、頬は大きく真っ赤に腫れていたのだろう。ヒリヒリと痛んだ。

 とても頼りない姿だと相手には見えているだろうか。


#承

 ここは学校の体育館。授業開始の予鈴が鳴り響いた。

 体育館に続く渡り廊下で同級生達が騒がしくしているようだ。なんだか殴られた頬にヒリヒリときた。

 体育館の入り口から直線距離に進むと四角いボクシングのリングがある。

 ボクシングのリングというところは広いようで狭い。四畳半はある和室のようだ。

 ぼくはリングの左サイドのコーナーに立っていた。

 ライバルはその反対側にいた。


 この時、ぼくとライバルの視線が激しくぶつかり合った。


 そして彼が少しづつ距離を縮めてきていた。

 数メートルの距離を徐々に詰め寄ってきた。

 彼のその姿を照明のライトがはっきりと見せた。


 彼がニヤけた顔を見せたのはそのときだった。


 それを見て、ぼくは怒りを感じた。

 不思議なくらいだ。ぼくにはまだその気力が残っていたのかと思った。


#転

 いつの間にかライバルは腕を大きく後ろにやった。

 そして、大振りの左フックが飛んできたのだった。


 その時、ぼくはチャンスを捕らえた。

 相手の顎に焦点が定まったのだ。


 相手の拳が前へ前へと突き進んできた。


 ぼくもそれにめがけて拳を突き出した。それから拳同士がすれ違いになった。

 この瞬間はスローモーションが起きているようだった。ライバルの目が驚きで見開かれていた。


 ぼくは彼の肘に左腕を絡ませた。その後、彼の腕をふりはらった。ぼくの拳の先は彼の顎になった。


 バシュュゥゥゥッ!


 音で表現出来ないような、クワァァァッという文字が目の前に見えているのだった。

 ライバルがバランスを崩した。


 グワン、グワン、グワン。

 そんな音が聞こえた。それはまるで、シンバルの音が反響しているかのようだった。

 その間、彼がリングに倒れようとしていた。


 ドサッ。

 

 ライバルがリングに倒れた。

 目が開いたままだった。


 ぼくは彼を見下ろした。


 「ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ」


 レフリーがカウントをした。

 ぼくはリングの床に倒れている相手を見つめた。


「シックス、セブン、エイト」

 

 ライバルはピクリとも動かなかった。

 目玉はぎょろッとしていた。


「ナイン」


 いよいよだった。

 観客がリングを見つめていた。手に汗を握る瞬間なのだろう。


「テン!」


 レフリーのカウントが終った。


#結 

 ぼくの腕はレフリーに上げられた。勝利の合図だった。


 ……ワァァァァァァ!

 

 歓声があった。 

 体育館に響き渡った。


 ぼくはやり遂げたのだ。

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