ニセモノの証言 -デカルトはオカルトを証明したい-
甘糖むい
第1話
「先生はどうして、オカルトを証明しようとしてるんですか?」
何の気なしに、これまで何百回と聞かれたであろう質問をした私に、先生は暫く視線を彷徨わせた後いつも通りの読めない表情で笑った。
「ひとつ、君に問題を出そうか」
そう言って先生はメタ倫理学とは何かを説明した後、静かに口を開いた。
メタ倫理学――1903年にG. E. ムーアが『倫理学原理』を出版したことで始まり、英米では1960年頃まで主流だった分野だという。
先生によれば、これは倫理学の中でも特に新しい領域であり、『善』や『悪』といった概念を探求するための手法ではないという。
「『善』とは何か、『悪』とは何か、そういった問いに答えを出すんじゃないんだ。むしろ、そういった言葉そのものの意味を自分で考え、納得すること。それがメタ倫理学だよ」
先生の説明を聞きながら、私はきっと相当に間抜けな顔をしていたのだろう。
先生は頭をガリガリ掻きながら苦笑すると、ひとつ前置きをして、コーヒーカップに砂糖を落としながら小話を始めた。
「とある学校で、不良が二人いた。その二人が階段から落ちるところをひとりの女生徒が目撃したらしい。その女生徒は教師に呼ばれてこう聞かれたそうだ。『不良たちが落ちたのは、誰かに押されたからではないんだな?』と。女生徒はこう答えた。『そうです、私も押していません』とね」
先生はスプーンを手に取り、コーヒーを混ぜ始めた。
カップの中で砂糖が溶けきらず、ジャリジャリと音を立てている。
「女生徒の証言では、二人は自ら足を踏み外して転んだんだというんだ。だが、不良たちはただ転んだだけとは思えないほどの重傷を負っていたらしい。それに彼らは口をそろえてこう言ったそうだ。『Aにやられた』と」
「Aって……?」
思わず口を挟む私に、先生は静かにうなずいて続けた。
「そのAという生徒は、不良たちにいじめられていた子だった。しかし、不登校になり、事件があった日は家から一歩も出ていなかった。生徒たちの間では噂が広まり、こんな結論が出たんだ。『Aの怨念が不良たちを階段から落とした』と。因果応報だってね」
話を終えると、先生は再びスプーンを回し、砂糖が砂糖がジャリジャリと音を立てて完全に溶けていないコーヒーを机に置く。
そして私に視線を向け、問いを投げかける。
「そこで問題だ。君はこの話を聞いてどう思う?」
「えっと……先生がわざわざこの話をするってことは、この話はオカルトじゃないんですよね?」
私の返答に、先生は少し首をかしげた。
まるで私が良いところに気づいたとでも言いたげな表情だったが、すぐに口元を薄くゆるめた。
「いい視点だね」
けれど、先生の笑みはどこか含みのあるものだった。私を試すような目つき。
話の中にいくつもの考え方が隠されていると言わんばかりの態度だ。小首をかしげた先生はコーヒーを飲みながら薄く笑みを見せた。短いストーリーの中にどれだけ色々な考え方が出来るのかと私を試している笑み。
しかし、どうやら私の答えは先生の求めていたものではなかったらしい。
先生は笑みを深くして、無理難題を投じた。
「だったら……これがオカルトじゃないって証明してみてよ」
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