私が書きたかった物語
正妻キドリ
第1話 バッドエンド
数か月前、私の親友が死んだ。
彼女は十七歳という若過ぎる年齢でこの世を去った。
死因は白血病。所謂、血液の癌であった。
彼女の身体からそれが発見された時には、もうかなり進行している状態であった。
頻繁に体調を崩すようになり、日に日に体力も衰えていき、昔の元気だった彼女は次第に見る影もなくなっていった。
しかし、彼女は生きることを諦めず、その病と闘い続けた。
入院と退院を繰り返し、何度も行われる辛い治療に耐え、迫り来る死の恐怖に怯えながらも、毎日来る夜を着実に越えていった。
でも、そんな彼女の健闘も虚しく、半年程前無情にも余命宣告がなされた。
まず知らされたのは彼女の両親だ。
主治医からそれを知らされた彼女の母は、その場で泣き崩れてしまったという。そして、彼女の父はそんな妻の肩を抱きながら同じくらい泣いていたらしい。
彼女の両親は、彼女に残された時間を伝えるべきか悩んだ。
だが、彼女は日頃から言っていた。「隠し事はなしにして、情報は全て教えてほしい」と。
そして数日後、彼女に余命が伝えられた。
余命を伝えられた直後の彼女は、元々こうなることを想定していたからなのか、とても平然としていた。
自分の命が残り僅かなことなんて意にも介していないといった様子だった。
しかし、時間が経つにつれ彼女の冷静さは次第に失われていった。
昼間はいつも通り平然としているのだが、夜になると心が弱ってしまうのか、病院のベッドの上で突然喚き出すということが多くなっていった。
「まだ死にたくない! 」だとか「なんで私だけこんな目に遭わなくちゃいけないの! 」みたいな、そういう状況でよく聞きそうな台詞を叫びながら、病院のベッドの上で泣き喚いていた。
そして、遂には夜だけだったそのパニック状態が昼間にも現れるようになった。
取り乱した彼女を宥めて、気持ちが鎮まるまで待つ。それを酷い時には一日数回繰り返していた。
そして、一通り暴れた後は抜け殻のように動かなくなり、誰とも言葉を交わさず、ただ横になっている。
彼女はそんな生活を送っていた。
余命を知ってからの数週間はこんな感じだった。
でも、ある時から彼女はいつもの明るさを取り戻した。
それは、彼女が大好きだった小説を再び書き始めた時からだ。
彼女は子供の頃から物語が好きだった。小説や漫画や映画など、ありとあらゆる物語に触れては、その感想を私に話してくれた。
……「くれた」というと些か語弊があるかもしれない。正直、彼女の話を面倒に感じることもあった。……いや、そっちの方が多かったかも。
でも、嬉しそうに話す彼女を見るとそれでもいいかと思えた。それくらい、その時の彼女の笑顔は眩しかった。
そんな彼女は、小学生低学年くらいの頃に最初の小説を書き上げた。
なぜ彼女が、小さな子が手をつけ易そうな漫画などではなく、少し難しそうな小説を書くことを選んだのかというと、それは夏休みの宿題で書いた読書感想文を担任の先生がクラスのみんなの前で褒めてくれて、その時の優越感が堪らなかったから、らしい。
彼女が最初に書き上げた作品は『宇宙銀河エクストリームスターダスト大戦争〜天の川のキボウ』というSFものだ。
なんとも胃もたれをしてしまいそうなタイトルだが、これは当時の彼女が必死に頭を捻って考えだしたものである。
そして、この作品は私が彼女に見せてもらった最初の小説でもある。
あらすじは、宇宙の平和を守る組織『宇宙戦隊ギガレンジャー』のリーダーである主人公が、宇宙を征服しようと目論む悪の組織『ビッグバンズ』から、仲間と共に宇宙を守る為に戦うというもの。
これだけ聞くと、小学生が書いた幼稚な物語なのだろうと思われるかもしれない。しかしこの作品、小学生が書いた割にはよく書けている。
テーマ性、物語の設定、キャラの魅力などがちぐはぐではあるがしっかりと存在している。小学生が書いた小説にそれらがある時点でよく出来ているのではないかと私は思う。
さらに驚くことに、この物語の結末はバッドエンドとなっている。
『ビッグバンズ』のボスは、最終的に宇宙のリセットを目論み、人工的にビッグバンを発生させる。主人公達はそれを阻止しようと最後まで懸命に戦うが、ビッグバンを阻止することは出来ず、全滅してしまうという非常に悲しい結末になっている。
小学生にしては珍しい物語の終わらせ方だ。これに疑問を持った私は、何故この終わり方にしたのか本人に聞いてみた。
彼女は笑顔で言っていた。
「世の中には、悲しい出来事の方が圧倒的に多いからだよ」って。
彼女はこの作品を皮切りに、次々と物語を書き上げていった。そして彼女の年齢に比例して、作品の数も増えていった。
本屋に並んでいる文庫本なんかと比べると、とても稚拙なものであったが、彼女の年齢にしては上出来だろうというものが多かった。
そして、大半の作品がシリアスなストーリーのものであった。
私は彼女が物語を書き上げる度にそれを読ませて貰っていた。……読まされていた、かな。
読む度に気持ちが沈んでいたのを覚えている。
そのうち、彼女はコンテストに作品を応募するようになった。出版社が主催する、それに通ればプロの作家としてデビューできるような大きなやつだ。
何となく察しがつくと思うが、彼女の夢は作家になることだった。
彼女はコンテストが開催される度に自分の作品を送っていた。毎度、締め切りのギリギリまで自室に篭り、頭をフルに使って作品を書き上げた。
その甲斐あってか、いいところまで進んだものも中にはあった。
しかし、あまり芳しい結果は得られなかった。
でも、彼女は笑って言っていた。
「自分の書きたいものを書いたから、それで通らなくても後悔はないよ」
それはもう、逆に私が勇気づけられてしまうくらいの笑顔だった。
彼女は続けて私に言った。
「また新しいの書くからさ〜、書き上がったら読んでみてくれない? あっ! 拒否権ないからね? 」
私は、少し笑って言った。
「面白くなかったらアンチになるから」
それを聞いた彼女は声を出して笑っていた。
しかし、それから少しして彼女は体調を崩すことが多くなっていった。
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