「星空の約束――異世界姫と現代少年の物語」
竹野きの
第1話: 帝国処刑場の絶望
帝国の処刑場は、死を前にした者の絶望が染みついた場所だった。濃厚な血の匂いと、無数の処刑の跡が染みついた石畳。その中心には、今日新たに処刑されるべき反逆者が立っていた。
アリシア・フォン・ルクレティア——帝国第三皇女にして、この国の次代を担うべき存在だった彼女が、今や反逆者の烙印を押され、鋼鉄の枷に手首を縛られていた。
冷たく鋭い風が吹き抜け、金髪が乱れる。処刑台に立つ彼女の表情は凛としたまま揺るがない。周囲を取り囲む群衆の声が、激しい怒りと嘲笑に染まっていた。
「姫とは名ばかりだ!国を裏切った悪魔め!」
「死んで当然だ!」
その罵声が耳に飛び込むたび、アリシアの胸に鉛のような痛みが広がる。それでも、彼女の青い瞳は、帝国の兵士や見物人たちを睨み返していた。声を荒げることなく、堂々と。
「……最後の瞬間くらい、気高くありたいものね」
小さく呟いた彼女の声は誰にも届かない。鋼鉄の剣が処刑台のそばで鈍く光を放ち、処刑人が無言のまま準備を進めている。帝国の青空は晴れ渡り、あまりに美しく、非情に感じられた。
処刑の理由は「反逆罪」。しかし、その罪状がどこまで真実かは、アリシア自身も知らなかった。
皇族として、彼女は幼い頃から帝国の繁栄を誓わされてきた。王宮で学び、民を想い、平和を望む立場にあった。それが突然、「反逆者」として裁かれる日が来るなど、夢にも思っていなかった。
きっかけは一通の告発状。彼女が帝国を裏切り、敵国と密通しているという証拠が提示されたのだ。誰が仕組んだのか、どのような陰謀が渦巻いていたのか。答えを知る間もなく、彼女は捕らえられ、今日この処刑場に立たされている。
目の前に立つ処刑人が重々しい足音を立てて近づいてきた。その手には巨大な剣。光を吸い込むかのように黒ずんだ刃が、アリシアの運命を象徴しているかのようだった。
背後では帝国の司祭が、形式的な処刑文を読み上げている。長々と続くその声を、アリシアは意識の外に追いやり、自分の人生の最期を静かに受け入れようとしていた。
だが、胸の奥に渦巻く激しい怒りが消えることはなかった。
「帝国の平和のためだと?」
司祭の言葉を遮るように、アリシアが声を上げた。その声は堂々としており、全ての喧騒をかき消すほどだった。
「貴様らが呼ぶ『平和』とは何だ?弱者を切り捨て、真実を捻じ曲げ、都合の悪い者を排除することか?」
群衆のざわめきが一瞬静まり、次に更なる怒声が響き渡った。処刑人が手にした剣を構え、アリシアに無情の一撃を加えようとする。
その瞬間——
大地が震えた。
風が唸りを上げ、空気が裂けるような音が処刑場全体を覆った。目も開けられないほどの閃光が炸裂し、人々の悲鳴が交錯する。処刑人の剣は宙を彷徨い、誰もが状況を把握できない中、アリシアの身体を包むように光の渦が巻き上がった。
「これは……何なの……?」
彼女の足元が砕け、処刑台そのものが崩れ落ちる。だが、アリシアは落下するどころか、空間そのものに吸い込まれていく感覚に襲われていた。
胸元の紋章が輝きを放ち、その輝きが彼女の身体を包み込む。耳鳴りが響き、意識が薄れる中、彼女はかすかに聞こえた声に気づいた。
——「アリシア、諦めるな。お前にはまだ使命がある。」
それは彼女が幼い頃、亡き母がよく語っていた言葉と同じ響きだった。
意識を取り戻したとき、アリシアの目に映ったのは見慣れない光景だった。澄み渡る青空と、整然と並ぶ木々、そして足元に広がる柔らかな草の感触。
「ここは……どこ……?」
帝国処刑場の荒涼とした雰囲気とは異なる、穏やかで静謐な世界。その瞬間、自分が生きていることを理解した。
「死ぬはずだったのに……」
彼女は自分の手を見る。枷は消え去り、自由を取り戻していた。だが同時に、何もかもが理解できない不安に包まれる。
そして、風に乗って微かに舞い散る薄紅色の花弁が彼女の手に触れた。異界へと転移したことを、彼女はまだ知らない。
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「星空の約束――異世界姫と現代少年の物語」 竹野きの @takenoko_kinoko
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