第35話 健、刀持ちとなる⑬

 じゃきり……という音が耳に響く。

 大鎧を着込むという事は、身体全体を金具で覆うという事であり、その音が苦手であれば、それは随分と苦痛なのだろうなとふと、健は考えていた。

 今の健にとってはどうか? 今のところ、音への不快さは無かった。腕と足の動きも良好だ。大鎧を着た状態では、間接の動きだって阻害されるかと思ったものだが、存外、邪魔にはならなかった。

 倉庫で並ぶ大鎧の中で、簡素な見た目の物を選んだからというのもあるが、それ以上に、さっきまで大怪我を負っていた身体が、今はむしろ軽いというのもある。

 大鎧の効果だ。これを着込めば、ただひたすらに、着た者の力を伸ばしてくれる。

 ウミウチ中から集めた魔力だったか? その手の力が鎧に染み込み、着る者の力にもなるというらしいが、やはり詳しい話は分からなかった。

 今はただ、自分の身体の動きが良くなっているという事だけを健は理解する。それだけで良い。それだけが今の自分にとっての上等だ。

 それを自覚するために、健が選んだのは、大鎧の中でも幾つか、数が作られていたものだった。その外観も、他に目立つ物がある中で、もっとも簡素な物を選んだ。


(余計な物はいらない。俺にとっては過剰だ。多分、これは、俺が愛用する大刀と同じく、数を用意するために作られたものだ。それが俺にとっては、丁度良い)


 そんな事を考えながら、健はそれと相対する。

 大鎧が保管されていた倉庫から足取りを戻し、途中にあった石造りの廊下。

 そこには大きな人影があった。

 大きな人型の魔性。影で無くなり、確かな輪郭として見ても、それでも黒々としたままの肌は、恐怖を感じさせてくる。

 魔王、だったか。大層な名前だ。このウミウチにはそれぞれの国に国守は居るが、王はいない。

 だが、王という存在が国を治める者というのは健とて知っている。もしかしたら、かつてはウミウチにも居たのかもしれない。その王が。

 だが、今、目の前にいる王はその様な敬うべき存在では無いだろう。

 倒すべき魔性の名でしか無いのだ。魔王は。

 ただそれを受け止め、健は言ってのける。


「これ以上を進む事は許さない。この奥に居る者に手を出そうとするのなら、俺を倒してみろ」


 大刀を構える。鎧を着込む前と同じ、慣れ親しんだその構えを取る間に、魔王の方も口を開く。


「賊如きがぁ……我が屋敷を縄張りだと言い張るかぁ!」


 魔王が走り出す。挑発したつもりだったが、そんな必要は無かったかもしれない。魔王は真っ直ぐ、その力の赴くままに、健の方へと突っ込んで来た。


(いや……)


 挑発した意味ならあった。

 健は構えた大刀をあえて降ろし、背負っていた大弓を矢と共に取り出すや、魔王に向ける。

 距離は十分。魔王は大刀と自身の武器である柱をぶつけるつもりの姿勢だが、こちらが飛び道具を使う以上、衝突の瞬間は向こうの想像より早く、さらには想像を外れる形になる。

 大弓より放たれた矢と、魔王の肩との衝突だ。

 挑発は魔王から、真正直な動きを引き出せた。大鎧に包まれた我が身は、普段より強く早く、大弓の弦を引き絞れた。

 結果、その矢は頑強極まる魔王の肩へと、深々と刺さる。


(通用した! だが……!)


 魔王の、こちらへ迫る勢いが減じない。肩に傷を負いながらも、それを気にしないだけの肉体なのか、それとも痛みを感じないだけか。

 どちらにせよ、健の方は瞬時に判断する。大弓は通じるが、それを捨てる。代わりに降ろした大刀を再び拾い上げ、魔王を迎え撃つのだ。


(大鎧のおかげで、俺の身体だってそれなりに力強くなっているはずだ。だが、それでも、極力相手の攻撃は受けない!)


 既に一度、魔王の攻撃は受けた。その威力は、一撃で健を死の淵へ追いやる程。今は大鎧を着ているからなどと油断出来るものでは無い。

 予想する魔王の間合いと合致する場所まで魔王が進んだ瞬間、やはり柱を振るって来た。

 それを健は、その場での跳躍で避ける。


(伸びた力なら、こういう使い方が良い!)


 大鎧の重さなど感じさせぬ程に、健の身体は軽々と跳ぶ。斜め上では無く、ただ上へ。

 自身の身長より高くそれが出来るのが、大鎧を着込む刀持ちの力。それを今、自ら実感する健であるが、それで己惚れる事は無かった。そんな事は出来るはずもない。

 ただ、ひたすらに魔王の動きを見る。こちらの出来る事が増えたとて、魔王の脅威は些かも減じていない。

 跳び上がった健に対し、魔王は落ちるのを待ち構えて、握る柱で健を弾き飛ばすつもりなのだ。

 今が屋外であれば、それを喰らっていただろう。だが、ここは屋内だ。

 健が跳び上がった先には天井がある。天井に届いた健は、片手をそこに置き、その片手の力だけで、落下する軌道を逸らした。

 大鎧により強くなった膂力であれば、片腕だけの力であろうと、身体を再び跳ねさせるに十分なものとなった。

 健の落下先は、魔王が待ち構える先から大きくズレ、その背中側。それも通常の落下より素早く、健は床へと着地する。

 まだ止まらない。大層な動きをしたのは、魔王の動きを上回る速さを得るためなのだ。だから魔王が何か判断するよりさらに速く、健は次の手を打つ。


(頭は禽獣よりかは回るだろうが、それでも発する言葉を聞けば、そこまで頭は良く無い。こいつは!)


 言動が単純……いや、視野が極端に狭くなっているというべきか。何らかの思考や行動に囚われている。

 そこに健の付け入る隙があった。

 相手の背中側に回った健は、そのまま一気に魔王へと接近する。

 魔王とて振り返り、近づく健に、持った武器をぶつけるくらいの判断なら出来るはずだ。事実、その通りの動きを魔王はしてきた。

 振り返る動きと、柱を振り回す動き。それは一連の動作であり、馬鹿正直に近寄る健であるならば、それでまた弾き飛ばされていた事だろう。

 だが、この場合馬鹿正直だったのは魔王の動き。健は魔王の間合いに入る少し前に、やはり大鎧に寄って力強くなった足の動きで、自らの身体を瞬時に止めた。


「っ……!」


 さすがに、この挙動は健自身の身体に負担が掛かる。だが、柱で殴られるより随分マシだ。次の動きへ繋ぐのに些かの支障も無い。

 眼前ギリギリで通り過ぎていく柱。それが自らの身体にぶつからない事を確認した健は、今度こそ魔王の懐に、そうして一太刀。

 大鎧の力も足した大刀が、魔王の身体に届き……すぐに大刀を引いて、走り抜けた。


「大鎧を着ても……切り傷一つが精いっぱいか!」


 魔王の胴体。さっきまで布切れで隠されていた部分が、健の大刀により切り開かれ、その内側の黒い肌が露わになった。

 その黒い肌に、血の赤が滲む。今度は通用した……が、致命には遠く至らない。

 それに驚き、悠長にしていれば、また殴られる。そう判断して、健は再び間合いを開けた。

 隙を突いた一撃だったのだから、次には逃げる猶予があったのだ。

 猶予が無くなるのは、再び魔王と相対して後。


「下等で無礼な賊がぁあああああ! 血を流しはしても、命まで断てると思うなぁああああ!」


 魔王が吼える。浅い傷程度なら、確かに命まで奪えない様子。あの黒い肌はそれだけ頑強だ。大弓の一射ならある程度通用したものの、あれは引き絞るという隙が必要。

 健と魔王の一対一において、最初の一射が当たった事がそもそも僥倖だったと言える。

 大鎧を着込んだとて、未だ決め手に欠ける。今、健が相手にしているのはそういう魔性であった。

 猶予など、本来相対した時点でそもそも無いのだ。尻尾を巻いて逃げ出したい。命が失われるかもしれないという恐怖は、心の中に確かにある。


(結局、あの銀という刀持ちを笑えないのだろうさ、俺は)


 だが、大刀を握る。構え、やはり魔王とぶつかる事を覚悟する。


「下等と言ったな、魔王。無礼で、ここに無断に侵入しているのだから賊でもあるが、下等と呼ぶ事だけは許さないぞ」

「ごちゃごちゃと言葉だけを並べるかぁああああ……」


 魔王もまた、こちらに迫るために柱を構える。そもそも会話なんて出来ない相手。逃げないのであれば、行動で倒すしか無い存在。そんな事は分かり切っている。

 それでも、健は言葉を発する。健の中に通った、刀持ちとしての筋がそうさせる。


「俺は安威国刀持ち、大盤・健。今はアイリンシア・アルアラックという海外人の護衛を任された者だ。その命を、願いを護るために、お前を倒させて貰うぞ」


 普段は言えないアイリンの名前だってすらすらと言える不思議。なるほど。これが、筋が通るという事か。

 しょうもない実感だなと苦笑しそうになる顔すらも大鎧で覆い、健は既に迫る魔王に対して、ぶつかる様に前へと出た。

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