第33話 健、刀持ちとなる⑪
今度は受け流す事もしない。故に健の動きは大層なものになった。
袈裟懸けに振られた魔性の柱を、立ち上がり掛けた身体をむしろ屈ませる事で健は避ける。
地面に這いつくばる様な動きであるが、足と腕はしっかりと曲げる。
そうして、柱が頭上を通り過ぎた事を確認してすぐに、身体を自ら跳ねさせた。
それは魔性の懐に飛び込むのでは無く、その肩に大刀の切っ先を突き入れる動き。
勢いは十分。身体の姿勢だって今望めるものの中で上等と言える物だった。
狙い通り、健の大刀は魔性の黒い肌。それが見える肩部分へと届いた。
届き、刺し貫けなかった。
「なっ……!?」
魔性が何かをしたわけでは無い。只々、その肌が頑丈だったのだ。
健が届かせた大刀の切っ先はその肌で止まり、やや歪ませる程度で終わっていた。魔性の目は、苦痛に歪んですらおらず、ただ健を見下していた。
それが不味い。それこそが危険だ。
健は攻撃をして失敗したのに、向こうはまだ何もしていない。だから……次に健が隙を突かれる。魔性側にはその余裕がある。
魔性の肌に弾かれたが如く、地面に押し戻される健目掛けて、魔性の、柱を握っていない方の拳が迫り、その胴体に食い込んだ。
「がぁ!?」
息がはらわたごと吐き出された様な感覚。痛みというより、自身が壊れたのでは無いかという感覚が、何より恐ろしい。
意識はその瞬間、まだあった。だが次の瞬間には意識すらもぐちゃぐちゃになる。今、自分が何をしているのかすら分からなくなったのだ。
殴られた勢いで跳ね飛ばされた。地面にぶつかった。漸く痛みが追ってきて、全身が捻じ曲がったと思わせるその苦痛と共に、口の中に鉄の味が広がった。
どうやら自分は、地面にぶつかって血を吐いているらしい。そんな考えすらも、次の瞬間には、全身を襲う熱い痛みに寄って流されていく。
自分はやられた。どうしようも無い隙を見せて、魔性に敗北してしまったのだ。今は命があるだろう。だが、このさらに次の瞬間には、それも無くなる。
ああ、健の旅はここで終わるのだ。この都へとやってくるという目的は、実際にやってきた上で、その国に巣食う魔性にやられる、何とも情けの無い終わり方で……。
情け無いだと? それで終わって溜まるか。
「まだ……だぁ!」
転がる身体を、やはり大きく健は動かした。足が反応してくれたのだから上等だ。それで身体を転がった場所から大きくズラせば、悠長に留めを刺そうとしてきた魔性の一撃くらいは避けられた。
次はどうする? やはり次は無いか? だが知った事か。刀持ちとして情けない姿だけは見せられない。誰に? アイリンにか? それも違うか。それはきっと―――
「まだ命があるか、小僧! 上等だぞ! そのまま気を失わずに気張れ! 多少はこれで……時間が稼げるだろう!」
耶摩美の声が、どこからか聞こえた気がする。
どうやら、今の無様な姿を見られているらしい。当たり前だ。少なくとも彼女やアイリンを守るために健は戦い、今はこうやって地面に転がっているのである。
そんな転がった地面が、緑色に光った。
「……!?」
驚くが、驚いたところでどうしようも無い。身体から力が抜けそうになるのを、支えるのに必死だ。
そんな事に必死になっている間に、魔性はやはり健に迫り―――
「……?」
顔だけをそちらに向ける。滲む視界には、光る地面に縛られたが如く、柱を振り上げながら、その姿勢で止まる魔性の姿。
「ぬぅぅぅ……! ぬぐぅうううう!」
口や舌とて自由に動かぬのか、苦々しげな魔性の呻き声が耳に届く。いったいこれはどういう趣向の地獄か。
しかしまあ、この地獄には救い手がいるらしい。
転がったままの健の身体に、腕を挟んで起こし上げる手があった。
「タケルくん! もうちょっとだけ耐えるばい!」
アイリンの手だった。女性だというのに、なんとも力強く健を持ち上げ、その身体で支えると、引きずる様にどこかへ連れて行く。
みっともない姿はもう晒したが、それをさらに重ねるというのは予想外である。
せめてマシにしようと、アイリンの支えに合わせて、健も身体に力を入れた。
どこへ向かうか、どこへ運ばれるかは分からない。考える余裕も無いから、せめて相手の負担にならぬ身体の動きをするしかない。
するとどうだろう? 存外上手く行くもので、思いの外素早く、アイリンと共に、止まったままの魔性から離れる事が出来た。
(まったく……頭の中身は馬鹿みたいに何も考えられない癖に、身体だけは立派に働いてくれる)
こういう馬鹿な事を考えている間も、身体はそれを支えてくれるアイリンと共に動き続けた。
どこかへ逃げるのか? いや、どうにも違うらしい。
何かを上がっている。段を一つ一つ登っている。
(奥の殿へ向かっている……?)
頭が漸く働きだした。
「こ……れ……は……」
息も絶え絶えというか、息が出来ているのが奇跡的。であるはずが、言葉が何とか出て来た。
さっきまで死に瀕していたはずの我が身であるはずが……。
「ヤマミさんがここで奥の殿へ向かう必要がある言うけん。それに従ってるところやよ。タケルくんは……うん。安心したら良いばい。ちゃんと効果が出とるとー」
「そ……う……です……か。そういえば……これ」
「うん。ラドリニア様の奇跡ばい」
身体の傷を癒す力というのは、随分と便利である。こうしている間にも、四肢に抜けていた力が戻って来る気がする。
「けど……やっぱりここで……奥の殿に向かうのは……どうにも……」
「なんだ小僧。生身で魔性を相手に出来ると言いながら、もう怖気づいたか?」
視界が霞んでいるせいで分からなかったが、耶摩美も近くに居て話を聞いていたらしい。
今、身体がこの様な状況でなければ、彼女にはこう返していただろう。
確かに怖気づいているし、その理由は、このままではあの魔性に勝てないからだと。
「一旦……離れて……別のやり方を……」
「分かるぞ? このままでは勝てんからな。だが、まさに今、それをしようとしている。奥の殿にこそ、勝ちの筋というものがある。あと……妾とお前達の目的もな」
目的……健はこの都に、大鎧を拝領しに来た。それはすぐに思い出せる。
だが、アイリンと耶摩美はどうだったろうか? アイリンはウミウチに彼女の神の教えを広めるために、その許可を。そうして耶摩美は……耶摩美はどうなのだ? そもそもなんで彼女は、この期に及んで健達に同行している?
「まるで……俺達を……誘導している様だ」
「大分回復して来たみたいだな、小僧。ならばもう少し無理が出来るな? あそこだ。正面、あれぞこの国の……今もまだ、ウミウチの中心でもある」
奥の殿。そこに入るには大きな扉でも開く必要があると思ったが、何でもない、木で出来た扉があった。
閂なども無いのか、それとも見張る者も魔性から逃げたのか、耶摩美が手で押すと、それだけで開いた。
中を見た限りの様子は、故郷の国主の屋敷に似ている。
(ここもそうなんだから、似ているのは当たり前なのか?)
考える余裕も出て来るくらいに、確かに回復しつつある。もうアイリンに支えられる必要は無いかと自らに身体に尋ねてみるも、今の調子だともう少し時間が掛かりそうではあった。
だからアイリンと支え合う様な恰好で、健達は耶摩美の背中を追っていく。
奥の殿のさらに奥。そこには何があるのか。健には分からないままであるが、何かはある。それは断言出来る様にもなっていた。
進むうちに、健にとって身近にも感じる屋敷の光景から、突然に雰囲気が変わったのだ。
屋敷の中だと言うのに、ある区切りの様な場所を越えた時点で、足元が石畳になった。
壁もまた石造り。廊下を進んでいるのであろうが、石で囲まれる形になるその廊下は、とても広かった。横幅も、天井も、奥に進むに従い、さらに広く。
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