第三章 健、刀持ちとなる

第23話 健、刀持ちとなる①

 その国、喜屋国きやこくは、目的地である本朝、八馬瀬国へ辿り着くために、どうしても通らなければならない国である。

 というより、八馬瀬国の隣国であり、ここを通らなければ旅は相当な遠回りをしてしまうという位置にある国だった。

 だからこそ、やはり、どうしたところでその国に健達は訪れなければならない。


「かつてはウミウチの中心であった八馬瀬国の隣国だけあって、土地の質も良く、雨風も落ち着き、良い国であった……と話を聞いています」


 自分が絶賛何者か。分からないままの健であるが、今日もアイリンの案内役としての仕事は果たしている。

 旅の目的地まであと少し……ではあるのだが、それでも気の抜けない道程ではあったから。


「国であった……昔はそうだったみたいに言うんやねぇ? それに心なしか、タケルくんの足取りも重い様に見えるとー?」


 アイリンのその言葉通り、足取りは重い。峰者国の様に雨の多い国でも無いため、道は適度に乾いているし、歩き辛い起伏も無かった。

 だが、歩いているだけでも分かるのだ。


(この道、国の者は特に手を入れてないな?)


 人が歩くからまだ道としての形を保っているが、踏み固められただけの地面の質というものは、道として整えられているそれとは少し違っている。

 見た目に関しても、道の端も見れば草が高く、道側へと伸びてきているせいで、全体的に歪んで見えた。

 要するに上等な道とは言えない場所を健達は歩いている。一応、ウミウチ内の国と国を繋げる、主要な道であるはずだが。


「この国は……言ってみれば、昔は立派な国だったみたいに言われる国だと聞いています」

「今は違うとー?」

「少なくとも、この道を歩いているだけの印象ですが」


 健とて初めて来る場所なのだから、噂だけで決めつける事は出来ない。

 だが、こうやって一歩一歩進んでいる間も、それは噂で聞いた話では無く、確かな実感となって健の中に飛び込んで来る。

 道の端々には非常に古い廃屋の跡や、土台などが見え始めたのだ。

 恐らくが国の境にある兵の詰所や見張り台、宿場などだったのだろうが、そのどれもが放棄されるか破壊され、さらに長い時間放置されているのだろう。

 そもそも草木に飲み込まれていない事の方に驚く。こういう景色は、早々に消えたりしないのだろうかと思いもしたが……。


「この光景……どういう事ばい?」

「ああ、すみません。それも説明しなきゃですね。アイリンさんは、ウミウチがヒノモトと呼ばれていた事はご存知ですよね?」

「そもそも、ヒノモトや聞いてこのウミウチまで来たけん。そしたらたくさん国がある言うんで、今も驚いている最中なんよー?」

「もう随分慣れている様に見えますが……兎に角、昔、一つの国であり、今は幾つかの国になっているのが実際で……何故そうなったかと言えば、戦乱の時代があったからだと聞いています」


 所詮、健が生まれるよりさらに前の事。生まれ育った土地の話とは言え、やはり聞いた話でしか無いが、それすら知らないアイリンには、健から話をしなければなるまい。


「戦乱の時代……確かに国がたくさんあるんは、争いの元か、争いの結果か。みたいな話やしねぇ」

「今はそこまでじゃあ無いんですよ? 小競り合いのある国と国というもあるとは聞きますが、総じてそれぞれの国は、それぞれの国としての生き方を探り当てています。ですが戦乱が始まったばかりの時はそれどころでは無く、多くの国が生まれては滅していったそうです。……ただし、本朝に近き土地は豊かなので、そこで生まれた国は多少なりとも落ち着いていたらしいですね」

「あれー? ってきり、その戦乱で荒れたまま言う話やと思うたんやけどー?」


 言いながら、アイリンは周囲を観察する様にきょろきょろと顔と視線を動かしていた。

 そうして、道から少し離れた場所にある小山の様なものに目を向ける事を決めたらしい。

 その山の上にもまた、廃屋の様なものが見えた。まるでこの喜屋国の象徴の様な景色だ。


「説明する通り、豊かなんだそうですよ、この土地は。そうして、栄えはしますが、どうにも長続きしない」

「国が生まれては滅びたり言う?」

「いえ、この喜屋国は早い段階から喜屋国なんだそうですが、例えば収める国主を配下が裏切り、新たな別の国主が就いたり、他国から攻め入られて傀儡にされたり、民が不平を抱いて乱を起こしたり……兎角、国という枠はそのままに、少し良くなればその少しの良さが混乱の元になって、国が荒れるを繰り返したとの事です」


 その結果が、この国の景色だ。

 噂に聞き、今や自らの目で確認した景色は、本朝に近い国でありながらも荒れ果てた、そんなもの。

 まさに、小山という立派な土台の上にある壊れた廃屋。勿論、まともな統治の元に無いだろうから、長居していると厄介事に巻き込まれるだろう。


「兎に角、長い安定みたいなものを享受した事が無い国ですので、早々に去るべきだと俺は思います。どこかで宿を取る必要があるでしょうが、それでも急ぐに越した事は……アイリンさん?」


 急ぐと言っているのに、むしろアイリンは立ち止まって来た。

 彼女の視線は、さっき見ていた小山の上の廃屋へと向かっている様だが……。


「駄目ですからね」

「まだ何も言っとらんとー!?」

「あの山に登ってみたいって言うんでしょうが。ああいう場所っていうのは、碌に家の無い人間の拠点になったりしがちなんですよ。野盗なんかのねぐらになってたら、アイリンさんの身が危険です」

「そのためにタケルくんがおるばってん!」

「自分から危険な場所に向かう相手の護衛まで、俺の仕事に入ってませんので」


 などとアイリンのやりたい事に抵抗の意思を見せてみるが、アイリンの表情を見ていると、これはなかなかの難題だなと実感してしまう。

 彼女はさっそく頭を下げて来たのである。しかも深々と。


「なーんとかそこを曲げて、寄って欲しいばい! 確証は無いんやけど、あそこにはウミウチでの布教に関わる事がありそう思うけん、近くて見ておきたいんよー!」

「布教に関わるって、山の上に壊れた建物があるだけですよ、ここから見ても」


 健もちらりと視線を向けてみるも、変わった風に見えるものは無い。

 唯一気になるのは、わざわざ小山の一番上に何故そんな建物を建てたかであるが……。


「壊れとるけど、それでもなんで山の上にあるか、ちょっと気になるやろー?」


 目敏く健の視線に気が付いたらしいアイリン。

 確かに、あの様な場所に普通の家を建てるという事も無いだろう。高めの見張り台か何かかとも思えたが、それにしては残っている残骸が多い気がする。山の下からでも分かるくらいの規模の何かが、そこに建っていたはず。

 では、あそこには何がある? その様な疑問は確かに頭の中に過っていた。


「駄目。駄目駄目。駄目ですからね。俺の心内がどうなのかもこの際関係ありませんから。良いですか。この喜屋国での方針は、あくまでさっさと国を抜ける。その一点のみです。おかしな寄り道はしない。それで行きますからね!」


 健はしっかりとその言葉をアイリンに向けた。そうしなければ、彼女の勢いに、押し負けてしまいそうな気がしたから。



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