第12話 健、他国で戦う④
その集落は、確かに半刻もあれば辿り着ける場所にあった。
雨宿りしていた襤褸屋は、夜を過ごすにはかなり心許ない場所であったので、日が暮れる前に集落まで辿り着く事が出来たのは幸いだったと言える。
「この国は頻繁に雨が降りますが、そう長くは続きません。なので雨と雨の合間を縫って、素早く用を済ますのが上手い過ごし方なんですよ」
そんな方字の話を聞きながら、健達はその集落、方字の故郷でもある村へとやってきていた。
幾らか山を登る様な坂を進み、同時に鬱蒼とした森が広がる中で、拓けた土地が見えて来たら、そこがまさに目的地であった。
本格的に山へと入る前の際にある森。その只中に作られた村なのだろうと思う。
「森へと入る手前の方が、集落を作るのにもっと便利な様に思えるのですが」
集落へと入っていくその足で、やはり方字へと質問を続ける健。気の良い性格なのを利用している気がして、申し訳なさもあったが、知らぬ国の事について、実際に話を聞ける利益を優先していた。
「確かに日々の生活だけの話でしたら、もっと木々の少ない場所が良いのでしょうが、土地……ですかね。ここ周辺の田畑の作物は良く育つのですよ」
「土地が良いと?」
「まあ……そう、なりますか」
言い淀む方字。何か他にあるのだろうか? 気になって再度尋ねようとする寸前に、肩を掴まれる。
アイリンだった。
「話が盛り上がる前に、宿を見つけたいんやけど、この集落にはあるとー?」
健の話を遮る様に、別の話題を始めるアイリンに首を傾げるも、方字の方は表情を軽いものへと変えていた。つまり、何時の間にか重い表情をしていた事になる。
「宿でしたら、某が旅立つ前と同じなら、あちらの道を進んだ先にありますよ。看板は小さいので見逃さない様に気を付けてください」
「となると、ホウジさんは別の方の道を行くつもりなん?」
「ああ……ええ。某の家はこちら側にあります。やはりまだ、旅立つ前と同じであればですが……」
再び、重い表情をし始めた方字。今になり、一体何を考え始めたのか。気になるものの、アイリンに肩を掴まれたままの健は、ただ黙って見送るしかなかった。
こっちを見ていないというのに、アイリンの表情が怖かったから。
「それではお二人とも、今後の旅がご無事である様に。それでは」
「ホウジさんもいろいろあるやろうけど、元気にねー。ほら、タケルくんも」
「うえ? えっと、はい、それでは」
結局、そのまま方字が背中を見せるのを見送る事になった。
本当に、この別れで良いのだろうか?
「もー、あかんでタケルくん。会ったばっかりの人に、話したく無さそうな事を聞いたりするんはー」
「あれ? さっきの方字さんの様子は、その様な?」
「露骨に話したくない事があるいう顔しとったやろ? そこをもー、無遠慮に踏み込む様な事をしてー」
「そういうつもりは無かったのですが……」
頭を搔きながら、そういう機微については不得手だと自覚する。物心付いてからこっち、刀持ちとしての修練や仕事ばかりしていた弊害かもしれない。
こういう部分も、自分を未熟という立場に立たせているのだろうか。
「旅する間に、うちが出会って間もない人との会話方法とか、教えてもええんよ?」
「その手の技が上手そうですよね、アイリンさんは」
「それは勿論、言葉だけで人に良い印象を与えるみたいなんは、うち、得意やからねぇ。なにー? その顔はー?」
「表情から、どういう考えを抱いているのかを考えるのも得意なんじゃないですか? アイリンさんは」
話し方も相まって、やや胡散臭い印象を抱いてしまう。
これは旅を続ける中での頼もしさにも繋がる……と、最大限、良い受け取り方をするならばなるだろう。
「どうにもタケルくんと顔を突き合せて話しとかなあかん事がありそうやね。宿に行くんよ。本題はそこから」
「藪蛇だったかな、これは」
お互い、そこまで話してから、道を再び歩き始める。
旅に出て初日。健の本日の道程というのは、この様なものであった。
■
自分が何をしているのか。何をしたいのか。それの中に明確な言葉や思いなど無かった。それにはそもそも、確かな形が無い。最初の感情である寂しいも、何時の間にか随分と変わってしまった気がするが、だからどうと考える確かな思考もまた、それには無かった。
唯々、それはあやふやで、形が無い様な有様であったのだ。
それで良い悪いなどというのを、いったい誰が決められるというのだろうか。
だが、そんな状態であろうとも、それはこの集落からは離れるという形を取れなかった。むしろ、そこを核として、確かなものになろうとしている。そんな予感すらさせる。それは今、そんな存在であった。
■
集落の宿は、思ったよりも上等なものであった。
大きな街道沿いにある様な、多くの旅行者が宿泊する様な宿とはさすがに比べられないが、それでも用意された部屋は良く掃除が行き届いており、また部屋も寝泊りするのに十分以上のものである。
そうして何より、食事が良かった。
「うぇぇ……これなんなん? 黒いしぬるぬるしとる……」
「海藻ですよ。多分これ、安威国で採れた産物をわざわざ使ってますね。乾燥させれば長期間保存だって出来るものですし安価でもありますが、それでも国外のものだって使って客向けの料理を出してくるというのは、手が込んでる」
おかげで健の方は食が進むのであるが、一方のアイリンは嫌そうな顔をしていた。
食べないという事は無いのだが、苦手に感じるものがあるらしい。というよりも、ウミウチの料理に慣れていないと表現するべきか。
「この……飯というのは分かりますか?」
「それは知っとるよ。安威国でも必ず出て来たし。ちょっと固い粒も混ざっとるけど、まだ麦みたいなもんやと思えば、むしろ食べやすくはあったし」
「基本はこれと合わせる形のものです。この海藻は一旦乾燥させたものを戻したものでしょうが、良く飯と合います。試してみて、やはり無理だと思うのなら、食べずにいるのも手だと……おお」
健の言葉も待たずに、アイリンは海藻を飯と共に一気に口に含み咀嚼し始めた。やはり旅に慣れているだけあって、この手の勇気は人一倍らしい。
「うん……何回かこうして食べ取れば、何時かは好きになれそうな気がするばい……」
しっかりと飲み込みつつのアイリンの言葉。健啖でもあるのだろう。次からはさらに箸の動きも早くなっている。
もっとも、それに関しても慣れていないからか、動きはぎこちなく、普通に食べている健の食事の速さと、結果的には丁度良くなっていた。
「頭が下がる思いですよ、アイリさん。俺だったら良く分からない食べ物相手に、どういう対応が出来るか……そもそもそれが分からない」
「何ごとも、やってみな分からん事は多いけんねぇ。あっちこっちで歩いとると分かってくるんやけど、場所ごとにそれぞれ、いろんな決まり事や考え方があるんよー。それが思いの外、それぞれの世界を牛耳ってたりするばい」
「場所毎に決まり事や考え方があるというのは分かりますが、世界を牛耳るとまでは言い過ぎでは?」
アイリンが言っているのは、つまり地域にそれぞれ根ざす、仕来りだったり過ごし方だったりの話だろう。そういうのは確かにあるが、そこまで大きな力とは思えない。
「そうでも無いとー? そりゃあ王様がいる国やったら王様が支配しとるし、貴族様方が管理している土地の支配者は、その方やその方の家族になるわけやけど……案外、そういう人らも、誰が決めたかも分からん昔からのやり方いうんを守って生きてたりするばい」
「はー。そういうものですか」
「そういうものそういうもの。無理して逆らったりしても、力が強うて損する事が多いし、逆に上手く馴染めたら、外から来た人間でも、すぐに場に受け入れられたりするから大切な事ばい。うちもそうやって上手く旅をしとるつもりやけど……どう見えるとー?」
「言われてみれば……俺の方は、アイリンさんに対してそこまで何か……違うみたいな事を感じていない様な?」
会ってすぐは、それこそ名前を呼ぶ事すら抵抗感を覚えていたわけであるが、今に至っては少し変な考え方と喋り方をする海外人という印象でしか無くなっている。
こういう視点の変化は、アイリン側がウミウチに上手く馴染もうとしている事への結果なのだと思えば、確かに馬鹿に出来る力でも無いのだろう。
「まー、深く考える事でも無いんやけどね。ただ、そういうのはどこにでもあって、ちょっと意識して考えるだけでも、随分と違う結果になるから、タケルくんもこれから一緒に旅をする上で、念頭に入れとったらええと思うでー?」
「どこにでもある……この集落にも……ですかね?」
ふと、集落に到着した時の、方字の表情を思い出し、呟く。
そういえば長い旅路の果てに帰郷を果たした彼は、いったい今頃、どういう面持ちで、何をしているのだろうか。そうして、この集落において何をするつもりなのか。
「うーん。例えば、タケルくんが空気を悪くした話題があったやろ?」
「空気を悪くって……あれですよね? 単に集落の位置なら、もっと便利の場所があったという」
「そうそうそれ。住む場所の位置なんて特にそうなんよー? 理屈で言うならもっと良い場所があっても、いざ作る時、作る側の考え方やったり、風習やったりで、結果的にそうなってしまうなーんて事があるばい。で、外から来た人間にそれを説明する言うんも大変やろー? なんでそこまで親しくも無い人にそんな気を遣わなあかんのやろう、みたいな事まで思われたりもする」
「それで仲が悪くなったら、話そのものだって出来なくなると」
「うんうん。うちなんかは布教のためやからねぇ。そういう空気になってもうたら、もう何もかも失敗やし、タケルくんやって、旅先の人達と仲が悪くなるんや嫌やろ?」
「だから……あまり知らない人間の心情には深入りするなと」
方字と別れる際のアイリンの様子を思い出せば、そういう事になるだろう。分別が付く人間のやり方というのはこういうものなのだろうか。
「それは合っとるけど、ちょっと意味合いが違うばい」
「意味合い?」
「知らないだけの人間との世間話なら、気を遣うべきやとは思うけど、深入りすると決める様な事があったら、空気や仲が悪くなったとしても、踏み込むべき時もあるからねぇ。そこの見極めも大事。この食事に出されたものは全部食べられるもんやからうちも空気を呼んで全部食べるけど、毒があったら、さすがにこれは無理やねって言うもんたい」
それは少しだけ話が違うのではないか? そんな事を思いながらも、タケルは食事の方に意識を向ける事にした。
方字に関しては、深入りする様な関係でも相手でも無かったのだから、踏み込んだ話はしない方が良いで正解なのだ。
話の中に、毒でも混じっている可能性だってあるのだから。
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