第40話 構図が見えてきた

わがヴィラーグ王国の南西に位置するリュビア公国には、西のトルダイ公爵家領と南のナーダシュディ公爵家領が近い。


リュビア公国まで帰着したヴィルモシュは、わが国に帰国しようとしなかった。


父ガーボルと王弟ヨージェフの失脚、そして、わたしの王権代行を知ったのだ。


さすがに、隣国であるリュビア公国に隠し通すのは難しい。


正式に通達してある。


そして、リュビア公はガーボルの甥、ヴィルモシュの従兄弟にあたる。


ヴィルモシュは、ホルヴァース侯爵家領の2倍ほどしかない小国リュビア公国に居座った。



「見苦しい男ね」



カタリン様が吐き捨てた。


まったく、わたしも同感だ。


しかも、リュビア公国は6千ほどの兵しか養わない。


兵3万余を率いるヴィルモシュに居座りを決め込まれては、力ずくで追い出すことも出来ない。


小国の悲哀を感じる。



「ですが、カタリン様。アルパード殿下からのご書簡によると、ヴィルモシュだけではなくリュビア公もまた、アルパード殿下に早期のご帰国を勧めていますわ」


「……リュビア公も、共犯ってことね」


「その疑いがございます」



わたしの〈花冠巡賜〉の満了に間に合うようにと、アルパード殿下にご帰国を勧めたヴィルモシュとリュビア公。


アルパード殿下は、どれほどお喜びになられ、どれほど胸を弾ませたことだろう。



ガブリエラに、会える。……と。



照れ隠しに「いいよ、いいよ」を連発されたかもしれない。


その笑顔を想像するだけで、胸がギュウッと締め付けられる。


そして、わたしの大切な嫁入りを、


累代の王太子妃候補が大切に大切に先例を積み上げ、守ってきた〈花冠巡賜〉を、


薄汚れた謀略に利用したこと、



絶対に許さない。



ナーダシュディ公爵家とトルダイ公爵家に密勅を発し、リュビア公国の制圧と、ふたりの身柄拘束を命じる。


三日月の晩。


両家の軍、あわせて8万がリュビア公国になだれ込み、夜明けを迎える前に全土の制圧を終えた。


同日中に、今回の侵攻がリュビア公国の併合を意図したものではないと、近隣諸国に正使を送って理解を求めた。


また、リュビア公国は、実質的にはカールマーン家門の衛星国でもある。


カールマーン女公爵エルジェーベト閣下にも、丁寧に事情をご説明させていただく。



「ガブリエラ陛下の御意のままに」



と、やさしく微笑まれるエルジェーベト様から優雅な拝礼を捧げていただき、カールマーン公爵家からの了承も得た。


ただちに、ヴィルモシュとリュビア公をヴィラーグ王宮へと移送させ、厳しく尋問を行わせる。


そして、わたしの内廷女官からオーシローザ伯爵家のユディト様を、リュビア公国へと急派。


臨時の執政官として、リュビア公国の宮廷を掌握していただく。


ピッカピカの金髪に赤縁眼鏡の才媛が、わたしへの王太子妃教育でご担当されていたのは、カールマーン公爵家をはじめとした貴族家の歴史。


当然、リュビア公国の政情にも明るい。


すみやかに在地貴族を慰撫、掌握、



「身に付けた知識を実地の政務に活かせる得難い機会を賜りましたこと、誠に感謝の念に絶えません」



と、踊るような文字で綴られた書簡をいただき、占領統治の円滑な開始をご報告くださった。


わたしの教育役の中でいちばん〈先生〉っぽかったユディト様なら、アクの強い在地貴族たちも生徒のように手懐けてくださることだろう。



わたしが、一連のリュビア政変に一応の決着をつけた頃、


イルマ妃殿下がご帰国になり、


わたしを花乙女宮にお訪ねくださった。



   Ψ



ふんわりと広がるハニーブロンド。腰まで伸びた長い髪と、シャギーにされた横髪。


黄金のティアラには、太陽の女神を信奉するソルフエゴ王室の一員であることを示す、大きくて真っ赤なルビーが燦然と輝いている。


肩と胸元が大胆にあく、金糸の刺繍がふんだんに縫い込まれた純白のドレス姿で、


イルマ妃殿下は、物憂げな表情を浮かべられていた。


ただし、いまのわたしと同い年の17歳にして、9歳のソルフエゴ王太子ルイス殿下を魅了し虜にされた、蜂蜜より甘いと謳われる美貌はご健在だ。



「お初にお目にかかります……、ガブリエラ陛下」



と、気品あふれるカーテシーを捧げて下さり、わたしは王権を代行する者として、その礼を厳かに受けた。


イルマ妃殿下は母君フランツィスカ陛下を見舞われた後、すぐに花乙女宮へとお運びいただいている。


最上階の小部屋にお通しして、ふたりきりで向き合わせていただく。


アルパード殿下の幼き日のご異変。


イルマ妃殿下が最初にお気付きになられ、ご長姉であるエミリー殿下へと助けを求めてくださった。


そして、ご自身の輿入れを遅らせてまで、アルパード殿下が受けた心の傷に寄り添われた。


その可愛くてたまらない11歳年下の弟が、遠く異国の地で囚われたのだ。


アルパード殿下によく似たすみれ色の瞳には、深い憂愁の念が詰まっていた。



「イルマ妃殿下……。もし、よろしければ、わたしのことを、ふたりきりの今は王権代行者ではなく、義妹いもうと……、だと思ってはいただけませんか?」


「ありがとう……、ガブリエラ」


「はい。……イルマお義姉ねえ様」



イルマ妃殿下はすこし目をほそめられ、くすぐったそうに微笑まれた。



「美しい義妹いもうとが出来たことを、素直に喜べる日が……、はやく来るといいのですが」


「はい。わたしも同感ですわ、お義姉ねえ様」



イルマ妃殿下が表情を引き締められる。


そして、淡々と、夫であるソルフエゴ王太子ルイス殿下からおうかがいになられた、東方での出来事を語り聞かせてくださる。



「旗を……」


「……ええ。会盟を結んだ、われら南西女神諸国9ヶ国連合の盟主、ワルデン公の立てた旗を……、アルパードが兵に引き抜かせたというのです」


「そんなこと……」


「もちろん、私もアルパードがそんなことをさせるはずがないと知っています」


「……はい」


「けれど……、攻略目標のオルク砦攻略に、おおきな功績のあったアルパードが、その武勲を鼻にかけ、砦に立てた旗を引き抜かせたのだと……、立腹したワルデン公が吹聴して回ったと夫ルイスは申しておりました」



攻略した砦の城門に、主将たる盟主の旗を立てる。盟主の紋章がたなびく。


勝利の儀式として、ありふれたものだ。


だけど、それを部将であるアルパード殿下が、ご自身の兵に引き抜かせた。


もしも本当なら、ワルデン公が立腹して当然の非礼だ。


イルマ妃殿下が、険しく眉を寄せられた。


そのご表情をされると、ご長姉であられるエミリー殿下に瓜二つだ。



「陰謀です。誰かがアルパードにいわれなき汚名を着せ、貶めたのです」



即座に断定される物言いは、可愛がる弟君への〈姉バカ〉だとも言える。


だけど、わたしにもそうとしか思えない。



「……やさしいアルパードは、ワルデン公に詫びたそうです」


「そうですか……」


「プライドの傷付いたワルデン公の心を、思い遣ったのでしょう……」



詫びれば、認めたことになる。


やさしさは貴族間の駆け引きに、決して有利に働かない。



「……連合軍内がギクシャクする中、ヴィラーグ王国の副将、カールマーン家のヴィルモシュが密かに『アルパードを帰国させる』と伝えてきたそうです」


「えっ……?」


「すぐに従兄弟のリュビア公が了承し、他の君主も追随、夫ルイスは真相究明を唱えたそうですが……、ワルデン公が黙殺し、アルパードの帰国が決まったそうです」


「黙殺!? ……ソルフエゴは、わがヴィラーグ王国にも匹敵する大国。兵もおなじく3万余を送っていたはず。ご意向を黙殺することなど……」


「……わがソルフエゴ王家は、義父ちち国王カミーロ陛下の代より、ピエカル家に血統が移りました」


「あっ……」


「ワルデン公のオステンホフ家と、ピエカル家は犬猿の仲。……黙殺の非礼に怒って帰国すれば、両家の火種となります」



いや、むしろ、そのためにワルデン公は、ルイス殿下を挑発したとも受け取れる。


女神諸国が力をあわせた異民族への反攻。



――身勝手にも戦場を離脱した、



と、ピエカル家を糾弾して力を削ぐ機会にできると、ほくそ笑んでいたとしてもおかしくはない。



――狡猾と悪辣を競う、貴族の宮廷闘争。



まさにカタリン様が仰られた通りだ。


戦場にあってまで、隠微で陰惨な駆け引きが繰り広げられている。



ソルフエゴ国王、カミーロ・ソラリス=ピエカル陛下。



エルハーベン帝国の領邦貴族、選帝侯ドルフイム辺境伯でもあられ、


約20年前、男系の絶えたソルフエゴ王家に対し、御母君が王家ソラリス家のご出身であることから、先々代国王の孫として、王位請求権をご主張された。


そして、北方諸国からの賛同を背景に、ソルフエゴ貴族からの支持を集め、王位に就かれる。


その襲位のご挨拶にヴィラーグ王宮へとお運びになられ、ルイス殿下がイルマ妃殿下にひと目惚れされた訳だけど、


カミーロ陛下は現在でも、エルハーベン風の発音で〈カミル・ピエカル〉として、ドルフイム辺境伯でもあられる。



ドルフイム辺境伯にしてソルフエゴ国王。



ピエカル宗家にならぶ、ドルフイム系ピエカル本家のご当主。要人中の要人。


今回の反攻では、エルハーベン帝国の北西端に位置するドルフイム辺境伯国の兵を率い、北方戦線の盟主を務めていると聞く。


そのカミーロ陛下を排撃する端緒をつくろうと、ワルデン公がご子息のルイス殿下を挑発した……、


充分に考えられることだ。


わたしは、誰にも話を聞かれるはずのない小部屋で、さらに声を潜めた。



「……イルマお義姉ねえ様。これはまだ、ほかに漏らしていない機密なのですが……」


「ええ……」


「アルパード殿下が捕囚された場所は、ワルデン公国の飛び地領だったのではないかと分析しています」


「なんと……」


「……アルパード殿下が非礼を働いたと吹聴したワルデン公には、捕囚する大義があります。たとえ、虚妄であろうとも」



硬い表情でうなずかれる、イルマ妃殿下。



「イルマお義姉ねえ様のおかげで、すこし構図が見えてきました」


「ええ……」


「だとすると、ワルデン公の狙いは間違いなく、身代金です」


「……そうね」


「屈辱を晴らす……、のであれば、密かに捕えたり、ましてや暗殺など絶対あり得ません。正々堂々と華々しく一騎打ちでも挑まなければ、むしろ、恥辱の上塗りです」


「ええ……」


「つまり、アルパード殿下はご無事です」



鋭く力強くうなずかれたイルマ妃殿下。


すみれ色の瞳には、憤りと希望とが、ない交ぜになって浮かんでいる。


その透んだすみれ色の瞳に映るわたしも、同じ表情を浮かべていた。


もどかしいけれど、一歩ずつ確実に、真相へと近づいている。



やさしいアルパード殿下を、奸計に嵌めたヤツらを、わたしは許さない。



そして、さらなる真相は、海を渡ってわたしに伝えられた。



「……テュレン伯爵家からの使者?」


「はっ。お母君エディト様のご仲介で、すでに花乙女宮にお越しにございます」



と、イロナがわたしに報せる。


テュレン伯爵家は〈地裂海ちれつかい〉を挟んだわが国の対岸、ギレンシュテット王国に仕える名家だ。


さすがに、普段は意識しないけれど、わが家を400年前にホルヴァース侯爵に叙爵した〈古ルプトラ王国〉に淵源を持つという意味では、近しい存在だともいえる。


内海〈地裂海ちれつかい〉を船で北に3日ほどの距離に本拠があって、交易もある。


イロナが続けた。



「女性のご使者で、エディト様とご一緒に貴賓室にお通ししておりますがお会いになられますか?」



ギレンシュテット王国は、北方戦線に参加していた。


エルハーベン帝国との関係では、ピエカル家に関係が近い。


このタイミングで、わざわざ母エディトに仲介させてまでの急使。



――なにか、アルパード殿下の情報を報せに来てくれたのか……?



と、わたしは急いで、正装のドレスに着替える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る