新しい住所は魔都一丁目一番地でした

@rilysa

第1話 【召喚の儀】

 ここは魔王と勇者が最後に相まみえるラストダンジョンの最深部。


「ガハハハハッ。よくここまで辿り着いたな、勇者よ」


「魔王よ、俺たちはお前を倒し、世界を平和な世の中にしてみせる。覚悟!」


「ふっ、威勢だけは良いようだな。だが倒されるのは我ではない、うぬ達の方ぞ!」




 ——話は勇者襲来の三年前にさかのぼる。


「魔王様、魔王セイドー様!」


「……んんー。なんだ、ゲドーよ。朝っぱらから騒々しい」


「(いや、もう昼前だよ)も、申し訳ございません。ですが、取り急ぎお伝え願いたい事がございます」


「それ、今じゃなきゃダメ? まだ眠いんだけど」


「さては魔王様、また昨晩も遅くまで元老院様とオセロに興じておられたのではないですか?」


「(んぐぁ、バレとる……)お、お主が異世界からあんな(楽しい)ものを召喚したのが悪いのじゃろうが!」


「えぇ~、わたくしのせいですか(てか徹夜で遊んでたのは否定しないのですね。ちなみに、あれは前々回のマジックアイテム召喚の儀で唯一召喚できたもの。いわば失敗作なのですが……まぁ気に入ってるなら良いか)と、そんなことはさておき魔王様! 大変な朗報がございます。昨晩のマジックアイテム召喚の儀におきまして、過去類を見ないほどの大成功とも言える結果を収めることが出来ましたのです!」


「何っ⁉ それを早く言わんか!」


「も、申し訳ございません(いや、眠いからとか言ってたの誰だよ)」


「して、今回は如何様いかようなマジックアイテムが召喚できたと言うのじゃ」


「はい、今回召喚されたものは……何と! 異世界の住居一棟を丸ごと召喚すること成功致しました!」


「まっ、丸ごとじゃとぉー⁉ とすると、もしやその住居には、人族も付帯しておったりするのか?」


「流石は魔王様。お察しの通りでございます」


「でかしたぞ、ゲドーよ!」


「ありがたきお言葉」


「これで異世界の叡智えいち(主に我の娯楽用~♪)を新たに享受できるという事か……。素晴らしい」


「この度召喚された人族は、カイ・ニシミヤ(五十九歳)、ミホ・ニシミヤ(五十八歳)、タケ・ニシミヤ(二十八歳)、スズ・ニシミヤ(二十三歳)、以上の四名でございます。」


「なるほど。して、彼らに我々のことは説明しておるのか」


「はい。召喚後、すぐに宴会の席を設け、ご歓待させて頂きました。そこで、衣食住や、身の安全の保障をお約束する旨をお伝え済でございます」


「それで、彼らは何と」


「はい、命があるだけで十分、と。やはり初めは戸惑っておられましたが、我々に敵意が無いことをご理解頂けたようで、宴の終わり頃には笑顔も見受けられるようになってございました」


「そうか、それは良い」


「我々の世界をより良くする為、ご協力願いたいとお伝えすると、何が出来るか分からないですが、出来る限りの事はさせて頂きますと、前向きなお返事を承っております」


「異世界の文明・文化は我々の知識を凌駕しておることは言うまでもない。彼らのそれを、わが領土であるアーシア国に取り入れられることが出来れば、領民たちにもっと豊かな生活を送らせることも容易になるかもしれん。これは千載一遇の機会である。早速だが、我も彼らと直接話がしたい。可能か?」


「はっ、すぐにご準備を進めさせて頂きます。彼らも魔王様との謁見えっけん、光栄極まりないことかと存じます」




 数時間後。謁見の間に通じる大広間に、ニシミヤ家一行は連れて来られた。この大きな扉の先に、物語やゲームでしか見たことのない、魔王という恐ろしい存在が居るという事に、全員が不安そうな表情を浮かべていた。


「大丈夫ですぞ、ニシミヤ様方。魔王様はヒトを喰ってかかるようなお方ではございません。当然、我々もそうです。どうか、安心して頂きたい。では、参りましょう」


 ゲドーが、扉に付けてある、大きな金輪を持ち上げ、二回ノックをするように扉を叩いた。


「魔王様。ニシミヤ様御一行が謁見に参られました」


「うむ、待っておったぞ。中へ」


「只今。ささ、こちらへ」


 扉は、どういう仕組みかは定かでないが、誰の手も借りずに自動的にゆっくりと開いていった。


 謁見の間は、かなりの広さがあった。当然ながら、カーテンや絨毯は一級品。装飾品も王国随一の物がセンス良く飾られている。


 父親のカイは部屋中を隈なく見渡し「おぉ……」と言い、その装飾品の素晴らしさに目を輝かせている。兄のタケは「スッゲー、本当にゲームやアニメの世界みたいだな」と言い、この状況に高揚感を覚えていた。妹のスズは、ステンドガラスや装飾品のキラキラとした輝きに目を奪われているようで「何あれ、綺麗……高くで売れそう」と、どこぞの海賊クルーよろしく、目がお金に変わっている始末だ。一方、母親のミホだけは、未だにこの状況を受け入れる事ができていない様子で、無言を貫いている。


「よく来てくれた、ニシミヤ家の方々よ。我がこのアーシア国の君主、魔王セイドーである。会えて嬉しいぞ」


 魔王の御前まで進むと、ゲドーがひざまずき「お待たせいたしました」と言った。その横でニシミヤ家の面々は、横一列に並び、姿勢を正す。


 カイは、ただでさえ大きな魔王の体躯たいくよりも、さらに大きな金色に輝く玉座の荘厳さに驚愕し、ミホは魔王の容姿を見てさらに戸惑いが増した様子で、魔王から目を背けた。タケとスズは、ラノベやアニメの影響か、この状況への順応力が高い様で、魔王の畏怖いふに満ちた姿を目の当たりにしてもなお、凛とした姿勢を保ち続けている。


 この緊張を強いられる状況下で、一家の代表として、きちんとした挨拶をせねばと考え、カイが恐る恐る口を開いた。


「ど、どうも初めまして。西宮戒にしみやかいと申します。そして横に居るのが順番に、妻の美保みほ、長男のたけ、長女のすずでございます」


 父に名前を呼ばれたミホ、タケ、スズは、緊張の面持ちで、順に軽く会釈をしていった。


「急にこのようなところに来てもらってすまない。国の代表として謝りたい」


「い、いや魔王様が我々のようなものに頭をお下げになるなどお止めください」


「気を遣わせたようだな、感謝する」


 その様子を見て、スズは小声でタケにささやく。


「ねぇ、魔王ってあんな低姿勢だっけ普通。もっとヤバいのを想像してたんだけど」


「フハハハハハ、我はあまり威張ることは好きではない。今ここに居るのも、最近先代君主の父の跡を継いだからであり、好きでこのように大業な玉座に鎮座している訳ではない」


「あ、聞こえましたか……すみません」


「良いのだ。我はお主たちを、この国の未来を変える存在であると考えている。力を貸して欲しいのだ。その対価として、我はお主たちの望むことは可能な限り全て叶えてやると約束しよう」


 セイドーの発言を聞き、ミホがおずおずと発言する。


「……では、私たちを元いた場所に帰して下さい」


「ふむ、至極真っ当な要求だな。だがしかし、一度召喚されたものは元の世界に戻すことはできぬ」


「何故です⁉ 先ほど望みを叶えてくれると仰っていたではないですか。契約不履行では」


「我は可能な限りと申した。つまり、そもそも元の場所に戻すこと自体が現状不可能なのだ。すまない」


「そ、そんな……」


 ミホがこの世の終わりかの様な顔で、頭を抱え出したのをタケが慰めた。


「母さん、気持ちは分かるけど、落ち込んでいてもどうしようもないんじゃないかな。今はこの環境を受け入れて順応していく方が賢明だよ」


「あなたは何でそんなに楽観的になれるのよ、こんなバケモノを前にして!」


 魔王の御前で発するべきでない、末恐ろしい単語を言い放つミホを、カイが慌てて制止しようとした。


「ミホ! バ、バケモノなんて言ったら殺され——」


「否、問題ない。人族からしたら、我々はバケモノにしか見えんだろう。ただ、これだけは伝えておきたい。見た目が違うからといって、中身まで異端であるという決めつけは止めてもらいたい。それは我を含め、我の支配下にある領民全てに当てはまると考えて欲しい。ただただ安心して日々を送れる生活を希っているだけなのだ」


 スズが小さく手を挙げ質問した。


「じゃあ、今は安心して生活が出来てないってことですか?」


「スズと言ったな、君はとても聡明なようだ。察しの通り、アーシア国は常に様々な脅威にさらされている。例えば、飢饉ききん、疫病、内紛、そして勇者……」


 カイが勇者という言葉に反応する。


「勇者……。この世界には勇者がいるのですか。まるで本物のRPGの世界だな」


「アールピィジィ、とな。はて、それは何の事だ」


「RPGというのはテレビゲームのジャンルですね」


「すまぬ、我の蒙昧もうまいが故、テレビゲームやジャンルという言葉の意味が分からぬ。もう少しわかるように説明してもらえぬか」


「すみません。テレビゲームというのは……、何て説明したらいいんだろう」


 こちらの世界に無い物の説明方法に戸惑っているカイに、タケが助け船を出した。


「実際にやってもらった方が早いんじゃないか」


「ああ、それもそうだな!」


「うちは家族揃ってゲーマーだから、全部のコンシューマーが揃っているんですよ!」


 ゲームの話になり、スズが喜々とした表情を浮かべながら言った。


「コン……コンシュー?」


「とにかく、うちに来て頂いたら、全部わかると思いますよ!」


 少し落ち着きを取り戻したミホが、急に現実的な事を言い出した。


「でも、掃除もろくにしてないし、君主様をご招待できる状態じゃないわよ」


「お、母さん魔王様をうちに招待すること自体には反対しないんだな」


「そ、それは……。もうこうなったら腹をくくるしかないってあなたが言ったのでしょう」


「まあね。何が何だか分からんが、僕らがやれる事をやっていくしかないでしょ」


「協力に感謝する。我はここでニシミヤ家の人々へもう一つ約束する。皆の元いた世界への帰還方法を見つけさせるように部下に命じることを」


 その言葉にカイが「ご厚情感謝致します」と深々と頭を下げた。ミホも「ありがとうございます」と平身低頭した。


「良かったね、ママ!」


 タケも両親をならい「魔王様、改めましてよろしくお願い致します」と言ってお辞儀をした。


「こちらこそ、よろしく頼む」

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