第二十二話 本当にほしいもの

「もう…………元カレの話は十分でしょ…………疲れたよ…………」


「…………火置ひおきさん」


「なによ……」


ヤミは妙に真剣な顔で私を見ている。……どうしたっていうのよ……。


「……君が愛してきたどの男たちよりも僕が絶対に、一番、君のことをわかってると思う」


「…………大した自信だね……まだひとつきなのに……」


恥ずかしげもなくそんなことを言うヤミに多少動揺しつつ、でも彼なら言いかねないとも思いつつ、私は肩でため息をつく。


「刑務所からだから、実質ふたつき半は一緒にいるじゃないか!」


「ふたつき半でも短いでしょ……」


「でも、そのうちのほとんどで24時間一緒にいたんだよ?24時間、2ヶ月半一緒にいるって、すごくないか?しかも、そういう関係でもない頃から24時間一緒にいたんだよ」


「そうだけど……」



言われてみれば、なかなか異常な環境下で私達は同じ時間をすごしてきたのかもしれない。


そういえば……刑務所にいた時のヤミに私は『男性性』をほとんど感じていなくて、彼と「恋愛」や「性愛」を結びつけていなかった。


男の人だし、そういうこと考えないのかなと何となくは想像したけど、どこか非現実的なものと思っていた気がする。……実際のところ、彼はどうだったんだろう。



「君の元彼達の話を聞いてわかった。彼らは君が何が欲しいか全然わかってないし、考えようともしていないかったんだね」




………………私が欲しいもの?なにそれ。そんなの自分でもよくわかっていないよ。




「……あなたにはわかるっていうの?」


「全部はわからない。僕の『君観察』はまだまだだ。でも、わかりつつあることがひとつある」


「………………何?」


「君は、ひとつになれる人を求めている」




…………。




「君は、心も体も全部、ひとつになれる人を求めているんだ」






「……………………ぷっ」


「…………」


「ぷ、はっ、あはははっ!!」思わず吹き出す。そんな私を見て、ヤミが悔しそうに睨む。なんで笑うの、と言いながら。


……だって、真剣な顔して『ひとつになれる人を求めている』って……。お伽噺とぎばなしのお姫様でも、そんなロマンチックなことは考えないと思う。やっぱりあなたはロマンチスト。


「ねぇヤミ……人と人はひとつになれないんだよ。それに、なれないからいいんじゃないの?

人と自分は違うからおもしろいし、違うものどうしが巡り合うから新しい何かが生まれる。まったく同じものになってしまったらつまらないじゃない」


「同じものになるんじゃなくて、ひとつになるんだよ。融合するんだ」


「ちょっと、言ってることが怖いって……」


迷いのない金色の瞳に本気で恐怖を感じてくる。彼は、この言葉を発している。私にはそれが、わかってしまう。

……そう、だって24時間2ヶ月半も、刑務所という極限状態の中で一緒にいたから。一緒にいたから。


「君は……特別扱いされるのが嫌いだ」


「そうだね」


「守ってやるとか、かわいがってあげるとか、お姫様みたいに大事にしてほしいとか、求めていない」


「……そうね。たまにはいいこいいこされたいけどね」


「それは、可愛がってほしいんじゃない。認めてほしいんだ」


「………………」


「君は、君の本質を理解してほしいと思っている。そして本質を理解してくれれば、殺されてもいいとすら思ってる」


「………………ものすごく、私のことを見てきたのね」


「見てきたよ。刑務所にいたときから見てきたよ。君を僕のものにしたいと思っていなかった段階ですら、君のことをしっかり観察していた。どういう人なのか、すごく気になっていたんだ」


「確かに私は、理解されたい……というか『個人』として見て欲しいという願望がとりわけ強いとは思う。『若い女』とか『家族を殺された人』とか『時空の魔女』とかじゃなく、私という個人」


ヤミは私を見て静かに頷く。


「でも『本質を理解する』って……。……そんなことは、出来ないと思う。だって、他人なんだもん」



そう、私達はどこまでいったって他人だ。何度抱き合ったって、あけすけに心のうちを話し合ったって、他人は他人。変えようのない事実。


「他人だけどひとつになろうとすることに意味がある」間髪入れずに、ヤミは言う。10歳の子供だって、こんなに真っ直ぐな目はできないかもしれない。


「でもね、たくさんの言葉を使って伝え合っても、『言葉』と『心で思っていること』は決して100%の一致にはならない。更に言うと、人によって言葉の解釈も違うから、そこでもまた認識のズレがうまれる。それに表情や態度だって、本心とは裏腹なものが表に出てきてしまうことがある。より一層『伝わらない』」


「そうだね」


「伝わらないのが大前提なのに、人と人がひとつになることはできないじゃない。誰も真理に到達できないのと一緒よ。不可能なことを死ぬ気で求めるほど、私は愚かじゃない」


「……でも君は、それをしたいと思ってる」


ヤミの目は静か。飲み込まれそうなほどに静か。溺れそうになっている自分をどうにか抑えて、私は口を開く。いつもどおりの顔を作って。


「…………わかった、仮にそうだとしようか。を目指せる人生だったら、確かに私はそれに人生を捧げていたかもしれない。……私を理解してくれる人と、心も体も一緒になることを追求するための人生を生きていたかも」小さな深呼吸をひとつして、私は続ける。


「だけど、実際には魔道士のお仕事もあるし生活もある。私には、そのバランスをとって生きていくのがとても難しいの。何かに注力すると、他が疎かになるから」


あなたはそういうのが得意なのかもしれないけどね、と私は諭すようにヤミに言う。


自分の考えた神様を純粋に信じて、そのために殺人までしてここまで生きてきた彼だ。『狂った道』を何の迷いもなく進めてしまうのは、『あなただから』なんだよ?

普通の人には……私には、そんなことできないの。もうちょっと色々なことに折り合いをつけて生きていくものなのよ。



「僕はできると思ってるし、君と一緒にそれを目指したい」


「…………何、言ってるの」


「君と僕なら、できるよ」




あ…………怖い。ヤミが怖い。この人は、自分の中の『見たくない』部分を無理やり直視させようとしてくる。心の中を全部見せてわかりあえる人を求めている、私の弱い部分。


そっか、彼の言う通り、私は心も体も一緒になってくれる誰かを求めていたのかな。『心の中を全部見せてわかりあえる』っていうのは、そういうことだったのかな。


でも私の本当に欲しいものは、どう頑張っても『手に入らない』ものなんだ。だから私は諦めてきたのか。ヤミに言われて、今気づく。

おかしいよ、どうしてあなたの方が私より先に『私の本当にほしいもの』に気づいているの。


「やだ、変なこと、言わないで」


「言う。だって、君と僕の求めるものは一緒だからだ。一緒に目指そうよ」


私は一歩下がる。ヤミが近づいてくる。ヤミの手が、私の両手首を握る。指の長い、大きな手。私の好きな、少しヒンヤリしたあなたの手。


「ヤミ………………」


「……一緒に生きて、一緒に死のう。殺したくなったら、殺して。殺されたくなったら、殺されて」


彼は狂った人の目をしている。何かを疑いなく信じれる人は、狂った人だ。満月は狂気を呼ぶ。私もあなたの瞳の光に当てられて、頭がおかしくなってくる。あなたから目を離せない。


「ヤミって………………怖い」




私の言葉にヤミは少しだけ目を丸くした。そして、見ているこっちまで切なくなってしまうような……愛しいものを見る顔で、言った。



「君には怖いものなんて何一つないんだろうなって……ずっと思ってたんだ、刑務所にいたとき。……でも、あったんだね、怖いもの」


そういって彼は、私にキスをした。息継ぎの時間なんて与えてくれない、魂を奪い取るようなキス。


私はヤミとひとつになるんじゃなくて、ヤミに吸収されるのかな。……いや、逆か。私が彼を吸収するのかな。もう、わからないし、なんでもいいや。




脳の神経一本一本に、勝手に絶縁回路が組み込まれる。彼の唾液には、私の頭を働かなくさせるウイルスが入ってる。脳みそにはなにも届かなくなる。



私は、意識と遮断されてのろまになった頭でふわふわと考える。


ひとつの世界に50億人の人がいるとする……ある時空間の中に1がいの世界があるとする……私のことを本当に理解してくれる人間が、全時空の中にたった一人だけいるとする…………その一人に出会える確率は?



……そんなの、宇宙人はきっといるはずだ、宇宙人にいつかは会えるかもって言ってるようなものだ……そんなの…………。




ヤミは私を揺さぶりながらずっと、『僕が一番君をわかってるのに、なんで他の人に抱かれたの』と苦しそうに繰り返していた。自分から元彼のこと教えてっていったくせに、自分勝手すぎるよ。



切り離された脳みそでは宇宙人の可能性について考察して、今ここの意識では彼の熱を全身で感じる。『自分』とは何なのか、『意識』とは何なのか、私はよくわからなくなってくるのだった。

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