第6話 〈黒金の牙〉


「――と、レイデン殿が一太刀のうちにゴブリン・ロードを斬り伏せてしまったわけだ! しかも、どこでも買える折りたたみナイフで! カッコよかった! 本当にカッコよかったなー!」

「あはははっ! ヴァイオレットさん、さっきから同じ話ばっかり! ってか、あたしたちも一緒に見てたし!」

「……ヴァイオレット、すごく酔ってる」


 仕事が終わり、報告も完了し、報酬を受け取って、ワタシたちは酒場で打ち上げをしていた。


 気分がいい。

 今日はものすごく、気分がいい!

 

 昨日までいつこのパーティーが終わるのか考えていたのに、今はまったく景色が違う。

 ワタシたちは、ここから再出発するんだ!


「レイデンさんもこっちおいでよー! 一緒にのもー?」

「エリシア、まあ待て。あの人も疲れたんだろう。少しそっとしておいてあげよう」


 帰って報酬を受け取ってから、レイデン殿は妙に静かになった。

 せっかくの打ち上げなのに、ワタシたちからと同じテーブルにはつかず、カウンター席でゆっくりと酒をあおる。


 ……どうしてだろう。

 ただ酒を呑んでいるだけの横顔が、やけにカッコよく見える。


 あぁダメだー! 何かニヤけちゃうー!

 なんでなんでー!? うぅ~~~!!


「お邪魔しますよー」

「っ!! き、貴様は!?」


 ギィッと扉が開き、くすんだ金髪の男とその仲間たちがぞろぞろと酒場に入ってきた。

 途端に浮ついた気持ちが吹き飛び、ワタシは立ち上がって声を荒げる。


「久しぶりだな、ヴァイオレットさん。〈白雪花〉の調子はどうだい?」

「どうもこうもあるか! き、貴様のせいで……!」


 ワタシの睨みを一笑に伏して、男はレイデン殿に目を向けた。


「はじめまして、レイデン・ローゼスさん。おれ、〈黒金の牙〉代表のクロウって言います。この店にいるって聞いて、挨拶に来ました」

「〈黒金の牙〉……契約金30億ゴールドの?」

「そうそう! 見てくれたんですね、ありがとうございますー!」


 30億ゴールド!?

 桁外れの金額……いや、レイデン殿の実力を考えれば当然の額か。


 しかし、何の心配もない。

 彼はもう、ワタシたちの仲間なのだから!


「〈白雪花〉に入ったんですって? もう、何でわざわざそんなとこ入っちゃうかなぁ。今からうちに移籍してくれたら、倍の60億ゴールド払いますよ!」

「マジで……!? い、いいの!?」


 おい待て! 何でこの男、乗り気なんだ!?

 ワタシの胸揉んだだろうがぁああああ!!



 ◆



 仕事が終わり、俺への報酬が支払われた時、ふと思った。


 ……少なくね?

 

 元はFランクの仕事。

 そこへAランク相当のモンスター登場というイレギュラーのおかげで報酬の桁が跳ね上がり、迷惑料ということでボーナスもふんだくった。


 その上で70%を受け取ったが……何か、少なくね?


 わかっていた。

 わかっていたが、実際に受け取って財布に突っ込むと、その寂しさにため息が出る。〈竜の宿り木〉をクビになった実感が湧いてくる。


「毎回あんな仕事に巡り合えるわけじゃないし、ヴァイオレットたちもすぐに成長するわけじゃないし、これじゃあしばらくは遊んで暮らせねえよ……」


 などと思いながら、どうしたものかとチビチビと酒を呑んでいた。

 ――そんな時だ。


「〈白雪花〉に入ったんですって? もう、何でわざわざそんなとこ入っちゃうかなぁ。今からうちに移籍してくれたら、倍の60億ゴールド払いますよ!」

「マジで……!? い、いいの!?」


 突然の誘いに、凄まじい勢いで心が傾いた。


 だってさぁ! 60億だぞ、60億!

 3000チェルシー!!


 十年分のチェルシーちゃんが一気に手に入るとか正気か!? すっげえー!!


「甘い話には乗るな!!」


 と、ヴァイオレットが俺とクロウの間に割って入ってきた。


「気をつけろ、レイデン殿! この男は、とんでもない詐欺師だ!」

「ちょっと、ヴァイオレットさーん。詐欺師? おれがぁ? 言いがかりはやめてくれよー」

「ふざけるな!! ワタシの仲間たちにした仕打ち、忘れたとは言わせないぞ!!」


 ふと、エリシアとゼラの方へ目を向けた。

 二人はヴァイオレットに同調するように、うんうんと力強く頷く。


「半年前、こいつは〈白雪花〉のメンバーを大量に引き抜いた。……悔しいが、それはいい! ワタシが不甲斐なかっただけだから……! 問題はそのあとだ!!」


 ギリッと唇を噛み締めるヴァイオレット。

 対してクロウは、ため息をつきながら肩をすくめる。


「こいつは甘い話でワタシの仲間を釣り上げて、ロクな説明もせず自分に有利でしかない契約を交わし、奴隷のように働かせている!! 〈白雪花〉だけじゃなく、多くのパーティーが被害に遭っている!! レイデン殿のことだって、きっと騙す気だ!!」

「人聞きが悪いなぁ。おれはただ契約書を渡して、それにサインしてくれって言っただけだぜ? ちゃんと読まなかったやつが悪くないか?」

「だとしても、限度があるだろ!? 身も心もズタボロになって、自ら命を絶った者が何人もいると聞くぞ!?」

「半年前はとりあえず頭数を揃えたくて、あと下働きが欲しくて、あちこちから大量に掻き集めてたからなー。誰が生きてて誰が死んでるとか、そんなのいちいち把握してるわけないだろ?」

「き、貴様ぁ!! ひとの命を何だと思ってるんだ!!」


 あー、うん、そっかー。

 被害がどうとか、そういうのには興味ないけど、確かに酷いやつらしい。


 でも、おかげで助かった。

 俺も騙されるところだったわけだから。


「レイデンさん、誤解しないでください!」


 そう言って、クロウは爽やかな笑みを浮かべた。


「確かにおれは目的のためなら多少グレーなこともしますが、あなたのような優秀な方に対しては真摯に対応しますので! 今日連れてる仲間たちとだって健全な契約を交わしてますし! おれは、交わした約束は絶対に守りますよ!」


 「なっ!」と連れていた仲間たちに目配せした。


 ……おぉ、知ってる顔が何人もいる。

 どいつもこいつもAランクの冒険者じゃないか。


 こいつらがいるなら安全そうだし、俺もやっぱり〈黒金の牙そっち〉に行こうかな。


「レイデン殿!! こいつは絶対に信用できな――」


 ヴァイオレットが声を張り上げた、その瞬間。


 ゴッと、鈍い音が響いた。

 クロウが、彼女の頬を思い切り殴った。




 ◆




「うぜーよ、ヴァイオレットさん。おれたち、大人の話し合いしてるわけ。言ってること、理解できる?」


 床に倒れたワタシにペッと唾を吐き、嘲笑うように言った。


 もはや我慢ならず、自然と手が腰の剣に伸びる。

 それを見て、クロウの仲間はエリシアたちを取り囲んだ。

 あいつらは全員、ワタシなど足元にも及ばないような実力者たち。当然、エリシアたちではどうにもならない。


「いやほんと、レイデンさん、変な空気にしちゃってごめんなさいねー! んじゃ、すぐにでもうちに移籍する手続き、やっちゃいましょうか!」


 レイデン殿がいれば〈白雪花〉を再建でき、エリシアとゼラも成長でき……願わくば、クロウの被害に遭った元仲間たちを支援できると思っていた。


 でも、それはもう叶わない。


 こんな異次元の条件を提示されれば、誰だって心が動く。

 ワタシだって、彼の立場なら絶対に揺らぐ。


 あまりの悔しさに、涙が溢れそうになる。

 それを食い止めるため、ただ息を殺す。



「――――ぶべらぁあ!!」



 俯いていたワタシの足元に、白い何かが転がってきた。

 それが人間の歯であることに気づいて顔をあげた時には、既にクロウは酒場にいなかった。


 レイデン殿に、店の外まで殴り飛ばされていたから。


「て、テメェ!? いきなり何をしやが――」

「かぁ~~~~ペッ!!」


 鼻が折れ、口から血を流し、通行人の視線を一身に浴びながら地面に這いつくばるクロウ。

 そんな彼の顔面目掛け、レイデン殿は思い切り淡を吐きつけた。


 ワタシがされたことを、そのまま返すように。


「……っ」


 レイデン殿が放つ殺気に、ワタシを含めこの場の全員が戦慄した。


 冷たい。

 触れれば凍って砕けそうなほどに冷たく、鋭くて、恐ろしい気迫。


 戦いの中ですら緊張感をまるで感じさせなかったのに、今の顔はもはや別人だ。


「俺は寛大だから、揚げ物に勝手にレモンをかけられようが、トイレに前のやつのウンコが放置されてようが、雨の日に傘を盗まれようが別に気にしない。――でもな、一個だけどうしても許せないものがある」


 ガッと、容赦なくクロウの頭を踏みつけた。


「お前みたいな、乳のデカい女を殴るクソ野郎だ」




――――――――――――――――――


 乳のデカい、が重要です。

 この男、乳がデカくなかったら怒りません。ひでーやつです。

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