第15話 猟期第一発目、その結果は?
バンッ!
肩を蹴飛ばすような反動が来る。
その音に驚いたエゾシカは弾かれたように走り出した。
素晴らしいスピードで森の中に駆け込んでいく。
俺は銃を抱えたまま、しばらく呆然としていた。
「当たったか?」
いつの間に戻って来たのか、背後から麗明が声を掛けて来た。
振り返ると恵夢と雪美も一緒に居る。
「わからない。でも勢い良く逃げて行ったから、当たってないのかも」
「着弾は見えなかった?」と恵夢。
「分からない。撃った反動で標的がスコープからズレたから」
「ともかくシカが居た場所まで行ってみよう。当たっていれば痕跡があるはずだ」
麗明にそう言われて、俺たちはシカがいた場所に向かった。
四人で周辺を丹念に探す。
「小さくても血の痕とか、毛の一部とか、そんなのがないか探してくれ」
麗明はそう言ったが、俺には自信が無かった。
「さっきも言った通り、シカはダッシュで逃げて行ったんだ。弾が当たっていれば、あんな風には逃げられないんじゃないか」
麗明が首を左右に振る。
「バイタルの急所に当たっていても、シカは五十は軽く走るよ。中には百メートル走るヤツもいるし、ヒグマなんて自分を撃った猟師に向かって来るのもいるくらいだ」
恵夢が俺に尋ねた。
「撃つ前はシカはどんな様子だった?」
「俺が弾を込めた音に反応してたな。コッチを見て危険に感じたのか、歩き出して移動しようとしていた。だから俺も急いで撃ったんだけど」
「それだったら弾が当たっていても、余計に走った可能性は高いかな。シカも逃げようとする時や逃げる時はアドレナリンが出ているのか、けっこう走るのよ。即倒するのはネックショットか、ノンビリと餌を食べている時が多いかな」
シカがいた場所に血痕などの痕跡はなかった。
念のためシカが逃げ込んで森の中にも入ってみる。
「あんまり奥まで入らなくていいから。せいぜい五十メートルくらいまでで」
麗明が最初にそう注意する。
シカが逃げたと思われる場所から周辺をしばらくみんなで探す。
しばらくして麗明が言った。
「これだけ探して見つからないのなら、当たっていなかったのかもしれないな」
「そうだね。血の一滴も見当たらないし」
「すまない」
猟期最初の獲物の機会を譲ってくれ、シカを一生懸命に探してくれた三人に、俺は申し訳ない気がした。
「謝るような事じゃないでしょ。猟で獲物を外すなんてごく普通の事なんだから。気にしない、気にしない」
そういって恵夢が笑顔で俺の肩を叩く。
麗明も
「半矢にするくらいなら当たらなかった方がいい。こういうのも経験値だよ」
と言ってくれる。
ちなみに半矢とは獲物に弾が当たっても致命傷にならず、ケガを負わせてしまう事だ。
野生動物がケガをした場合、大抵は死に至る。
しかし死ぬまでの長い間を苦しむ事になる。
これをハンターはかなり嫌うのだ。
俺たちは車に戻ると、別の牧場に向かった。
一度銃声が響いたら、その周辺のシカは散ってしまうためだ。
またもや林道っぽいガタガタの細い道に入り、山に囲まれたような牧草地に向かった。
今度は恵夢が助手席だ。
その恵夢が先にシカを発見する。
「右手の牧草地、途中が草藪で仕切られている奥の方に、シカがいる!」
麗明も言われた方に視線を向けた。
「1,2,3……5頭はいるな」
俺も恵夢が言った方を見てみる。
確かにこげ茶色の点が見えるが、俺には二つしか見えない。
距離もかなりありそうだ。
「ここで車を止めて、後は藪伝いに歩いて行こう」
麗明が車を止めると恵夢は「オッケー」と短く答える。
二人は銃を手にすると、静かにドアを開けてスルリと降りていった。
そのまま中腰になって草叢に隠れながら二人は進んで行った。
まるで映画に出て来る特殊部隊の兵士のようだ。
牧草地は手前の林道側と、奥の森側の二つに分けられている。
その仕切りとして、ちょっとした草藪が生垣のようになっているのだ。
草藪からシカまで、150メートルくらいありそうだ。
二人並んで草藪の手前で腹ばいになった。
その体勢で銃を構える。
伏せ撃ちと呼ばれる、もっとも安定性の高い射撃姿勢だ。
麗明が人差し指と中指の二本指で自分を指し、次にシカの群れの右側を指した。
恵夢も同じように二本指で自分を指し、そしてシカの群れの左側を指さす。
二人はしばらくそのままの体勢で狙い続けていた。
シカの群れは二人に気づいた様子は無さそうだ。
突然、二つの銃声が重なって鳴り響く。
それと同時に三頭のシカがパッと走り出した。
「仕留めましたね」
双眼鏡を覗いていた雪美がそう呟く。
俺の目にも二頭のシカがほぼ同時に倒れるのが見えていた。
(麗明と恵夢は一緒に猟をするのは初めてのはずなのに、なんでこんなに息がピッタリなんだ?)
二人の腕前にも驚いたが、それ以上は麗明と恵夢がこれほど息が合う事に驚いていた。
俺と雪美が車を降りるのと、麗明と恵夢が立ち上がるのはほぼ同時だった。
牧草地を走り、二人に声をかける。
「やったな、二人とも!」
「まぁな」と麗明。
「このくらいは当然」と得意げな恵夢。
すると麗明が少し顔を顰めて「そうかな?」と言った。
「なによ。私の射撃にどこか問題があった?」
と恵夢が不満そうに言い返す。
それに対し麗明は「行ってみればわかるさ」と言って歩き出した。
俺たちもその後に続いて歩き出す。
すると五十メートルほど進んだ所で、前方左側で何か枝のようなものが跳ね上がるのが見えた。
よく見るとシカの足のようだ。
それが時折バタバタと空を蹴るような動きをする。
それを見た恵夢の表情も曇った。
急ぎ足でその場所に向かう。
やがてシカが倒れているのが見えた。
だがまだ生きている。
シカは首を持ち上げて俺たちを確認すると、必死に逃げようとした。
だが前足が上手く動かないのか、立ち上がる事が出来ずにバタつくだけだ。
「即倒できなかったのね……」
恵夢が暗い声で呟く。
彼女は銃にもう一発、弾を装填するとシカに狙いをつけた。
「苦しませてごめんなさい」
恵夢が引き金を引くと、轟音と共にシカの首がパッタリと地面に落ちた。
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