すいません、誰かいらっしゃいますか?

「すいません、誰かいらっしゃいますか?」


 町外れの小さな家であった。誰も寄り付かないツタに覆われたそこには、偏屈な老人が住んでいるという噂があった。時折異音が鳴り響いたり、暗い窓から仄暗い炎の光が漏れ出たりしており、近くの村の住民は不気味に思ってやはり近づかなかった。そんな、半ば廃墟と化している家に、珍しいことで尋ね人がいた。温かな日差しの春の日のことであった。


 古い戸をドンドンと叩く音がする。若い、20代の女がローブを身につけ、不思議そうな顔をしている。何が目的なのだろうか。一頻り戸を叩いたかと思うと、また大きな声で言う。


「ほんとに居ませんねー?」


 その時、奇妙な金属の折れ曲がるガチャリという音と共に扉が開く。ついぞ開くことがないと思っていた女の驚く表情をよそに、出てきた老人は悪態をく。


「チッ、金具がだめになったか。……はぁ、後で直すか。それにしても、この時期に来客は珍しいな。めんどくさいが出ないわけにもいかないしな。ふうむ……。」


 やけに独り言が多い老人である。顎に手を当てぶつぶつ呟く老人に気を取り直し、再度女は声を掛ける。


「すいません! いいですか!」


 半ば見下ろすような形だったが、女は至極真面目に声を変える。その声に老人はやっと顔を上げたかと思うと、とぼけたように聞きかえす。


「ふうむ。君は誰だね? 今は忙しくてね、あまり時間が取れんのだよ。」


「私はリナです。国立研究院で色々やってる研究者……うん、はい研究者のようなものです。」


 少々怪しい言い回しをする。


「って、そんなことはどうでも良くて、私はあなたに聞きたいことがあってここに来たんです。」

「それはいいのだが、何だね? その聞きたいこと、とやらは。」

「私に、世界の真実を教えてください。」


 季節外れの冷たい風が吹き込み、木々の揺れる音が嫌に耳に残る。どこか剣呑とした雰囲気が老人を取り巻いた。


「……儂のことはどこで聞いた?」


 タラリと、冷や汗が伝うのを感じながら震える声で答える。


「え、ええと、そう。老師です、研究院のトップです。」

「あいつめ、面倒くさいことをしよって。……まあい、とりあえずついてこい。」


 フッと力が抜け、へたり込みそうになる体をどうにか支えながら、老人の開けた扉の先を見る。


「ついてこいって、何処へですか?」


 半ばわかりきった事を聞く。やはり慣れない事をして緊張したのだろう、老人の目がこちらを見つめる。


「儂の研究室だ。知りたいのだろう? 世界の真実とやらを。」


 リナが呆けていると、老人はさっさと中に入ってしまう。スタスタと先に進んでいってしまう背中を慌てて追いかける。


「待ってくださーい! まだあなたの名前すら聞いてないんですからー! 《画家Intelligence》さーん!」


 風が吹き、パタリと閉じられた扉の先で、この世界で最悪の邂逅が果たされた。

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