よ、よろしくお願いします!

「よ、よろしくお願いします!」


 朝の教会に震えた少女の声が響く。周りの人が何事かとこちらを見るが、声の主の正体に気づくと、興味を無くして各々の仕事に戻っていく。


「で、どういう事?」


 フィリアは疑念のこもった目で、ニコニコと微笑む聖女を見つめるのだった。




 ――――――




 遡ること数分前、協会の前には言われた通りに来た二人がいた。しかしまだそこには誰もおらず、所在なく立ち尽くしているようだった。


「……時間にはまだ早い。もう少し待とう。」

「うん。」


 すると、バタン! 急に協会のドアが空いたかと思ったら、人影が飛び出してきたのだ。そのままフィリアにぶつかる――かのように思えたが、フィリアは素早い身のこなしで人影を受け止める。人影は小さく、フィリアの腕の中にすっぽりと収まってしまっていた。


「あわわわ、ご、ごめんなさい!」


 人影は可愛らしい声で謝る。フィリアが手を広げると、白の修道服を来たシスターが転がり出てくる。少々涙目になっており、しきりに謝っている。フィリアとエイドがどうしたものかと固まっていると、声を上げる人が一人。


「あら!」


 協会の方を見ると、そこには口に手を当てた聖女の姿があった。


「もういらしてたのですね。もしかして、お待たせさせちゃいましたか。」

「いや、それほど待ってもない。」

「そうですか、それは良かったです。……いや、そんなことよりも。」


 聖女は表情を変えず、目だけをシスターに向ける。どことなく怖い雰囲気が漂い始め、フィリアに謝っていた小さなシスターはピイと声を上げてすくみ上がってしまう。


「貴方には、後でやってもらうことがあります。ついてきなさい。」

「は、はいぃ。」


 小さなシスターを摘み上げ、顔の前にまで持ち上げると、そんなやり取りが交わされる。


「さて、身内が失礼いたしました。どうぞこちらへ。」


 聖女が協会に向けて歩いていく。ポツリ、呟かれる。


「……フェイって思ったより力あるんだな。」

「こら、そんな事言わない。」


 フィリアがエイドの頭を軽く叩くと、そのまま歩き始める。軽く肩をすくめ、エイドも歩き始めた。

 先日、辿り着いたのは通された応接室であった。先に先行していた、聖女と小さなシスターがこちらを向いて待っている。フィリアとエイドがソファに着くと、小さなシスターが大きな震え声で言ったのだ。


「よ、よろしくお願いします!」


 ”お使い”の内容は何なのか、何故このシスターはここにいるのか、よろしくお願いしますとは何をなのか。疑問には絶えないが、フィリアは一言にまとめて言う。


「で、どういう事?」




 ――――――




 聖女の話を要約すると、曰く、このシスターは回復させるは十全に使えるし、癒者としての経験はそれなりに積んでいる。だけど、軽く人見知りをしたり、抜けてるところもあったりで、協会付設の医療所に出せないのだとか。それでこのお使いに同行させて、人と関わる経験を積ませようと思ったのだそうだ。


「まあ、そんなわけでこの子を連れて行ってくれませんか。」

「……戦えるの?」

「戦力に数えないほうがいいと思います。ただ、魔法の腕は信用してかまわないかと。」


 聖女は微笑んでいるが、シスターは未だにがちがちに緊張している。フィリアはおもむろに振り向きエイドの方を向くと、エイドは鷹揚にうなずいた。はぁ、一つため息。


「連れて行くのに関してはわかった。で、何をすればいい?」

「銀の錫杖と呼ばれるものがあります。それを取ってきてほしいのです。場所はこの子が知っています。」


 聖女がシスターに顔を向ける。それにまたおどおどとした表情で頷く。


「お使いとしてはそんなところです。期限も特に定めません。」

「わかった。」


 話が一区切りついたところで、空気が弛緩する。何か思いついたのか、フィリアがシスターの方を向く。


「そういえば、名前って何?」

「は、はい。わたしはジュートです。よ、よろしくお願いします。」

「……よろしく。」


 大仰なお辞儀に、少々の笑みを浮かべて迎え入れるエイド。新たな仲間とのこれからの冒険への思いを馳せているフィリア。新たな環境でしっかり頑張ろうと、意気込むジュート。早速三人でこれからの予定を立てているようだ。まだぎこちなさはあれど、しっかり馴染めている。


「ふふ。」


 聖女は懐かしそうに、または憧れるように、昔のこと終わってしまったことに重ねている。ふと窓の外を眺めて、ポツリと呟く。


「あの子は手加減してくれるでしょうか? 今、何をしているんでしょう。」


 はるか昔のこと、もういつだったかは思い出せない。あの深海を思い返していた。

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