転生者が珍しくない異世界でどう生きろと?

由利 唯士

第1話

 その日は俺の10歳の誕生日だった。


 いつもと変わらない貝と魚のスープに川海老の串焼きが並ぶ食卓。

 貧しくも穏やかな漁村の家庭の風景だ。


 粗末な一間だけの小屋のような家。

 壁は石造りだが屋根は藁葺き。

 家の中心に囲炉裏があり俺たちは囲炉裏を囲んで床に腰を下ろしている。

 

 とうさんは長い黒髪を頭の天辺でお団子に結え上半身は裸である。麻の布のような荒い生地のフンドシをパンツのように着けている。

 俺の格好もほぼ同じ。

 というか、この上裸姿がこの村の男たちのデフォルトの姿である。


 かあさんは長い栗色の髪を首の後ろで結び麻の布の前合わせの着物のようなシャツに同じ素材のスカートのようなものを着ている。

 若い頃は貫頭衣。身体が大きく成長すると前合わせシャツを着るようになる。

 これが女子のデフォスタイルだ。


 とうさんは漁の話をし、かあさんはご近所さんの様子を話す。

 なんてことのない漁村の家庭の晩のひとコマだった。


 しかしいきなり、唐突に、急に、突然、俺は思い出したのだ。

 過去の自分の記憶を。前世の記憶を。


 そう、これは、、、異世界転生だ!!




 俺は前世ではコンビニの雇われ店長だった。32歳になった年の冬、バイト達の帰省とインフルエンザの流行で手が足らず何連勤か分からなくなるまで昼夜シフトを埋め続けた結果、俺はバックヤードのデスクに俯せたまま帰らぬ人となったのだった。

 俗にいう過労死というヤツである。


 あまりのショックに食事の手を止めて茫然としていると、両親が訝しげに俺を見つめてきた。

 何やべえ、二人とも俺より若い!

 昨日までは大人に見えていた両親が急に幼く見える。


 うん? なんだこれは。

 俺はこの世界での10歳までの記憶もしっかりある。それでいて前世の32歳までの記憶もある。


 異世界転生でいいのか?

 トリッパーというやつか?

 それとも、ただ記憶だけが流れ込んできたのか、、、?


「オミ、どうした?」

「魚の骨でも引っ掛かった?」


 両親揃って俺の目を覗き込んでくる。

 俺はとっさに目を伏せた。


 そう、俺はこの世界ではオミクロンと名付けられている。

 大抵の人間は俺をオミと呼ぶ。

 苗字はない。

 平民だからだ。


 ハッキリ言って後ろ暗い。

 この二人は10年間も文字通り身体を張って俺を育ててくれたのだ。

 二人の愛の結晶を俺の汚い魂がかっさらってしまったのではないか、そんな気持ちになったのだ。


「なんでもない、、、ところでとうさんは今何歳なんだっけ?」

「俺か? 俺は今年で28歳になるな。母さんは26歳だな」


(マジか、、、)


 とうさんに目をやると日焼けした褐色の肌、肩幅が広く腹はぺったんこ。前世の俺とは似ても似つかない姿。俺は不健康に青白くたるんだ腹をしていた。自分の店で出た廃棄弁当とストロングゼロの賜物である。

 かあさんを見ると全体的にほっそりしていて少女のような体型である。顔立ちはかなり垢抜けている。すっぴんでこれなのだからメイクをすればかなり化けるに違いない。

 よく見れば胸元も、、、


 俺はぶるっと頭を振った。違う、俺はそんな目でかあさんを見たいんじゃない。


「どうしたの? 10歳になって嬉しかったんじゃないの?」

「ももも、もちろん嬉しいよ! 銛も持たせてくれるし海にも立てるんでしょう?」


 この村では10歳までは銛で魚を突くことが許されない。大きい波にさらわれるし怪我の危険があるからだ。

 10歳以下の子供達は川の流れ込み周辺で貝を拾うのが主な仕事である。


 この世界では歳は数え年で数えるのが通例だ。

 しかしこの村でこのしきたりのせいで満年齢を使っている。

 つまり俺は満年齢で10歳。数え年なら11歳だ。


「ああ、明日は俺と海に立とう」

「オミ、お父さんの言うことを良く聞いて、海の様子からは目を離さないで気をつけるのよ?」

「うん、わかった!」


 俺はとっとと晩飯をたいらげ日課である鶏の世話をすることにした。

 いつまでも話をしてると変なことを言ってしまいそうだ。

 俺は台所に行くと野菜屑を貝殻でできた包丁で細かく刻んだ。それが終わると外に出て屋根に置いてあったザルを回収した。

 ザルには魚のアラや内臓が干してある。こんどはそれらを包丁で細かく刻むとさっきの野菜屑と混ぜ合わせた。これが鶏のエサである。

 鶏小屋の床にエサを撒いて口笛を吹くと庭に出ていた鶏たちが入ってきた。

 足元でエサを啄む鶏たちを見ながら俺は考えた。この記憶は本当に確かなものなのだろうか?


 前世の記憶に思いを巡らす。

 専門学校を出て就職した広告代理店が超絶ブラックで、営業ノルマと叱責の嵐。

 あっという間に精神を病んだ俺は高校の時にやっていたバイト先であるコンビニに舞い戻ったのだった。

 そしてバイトリーダーを得て店長へ。

 店長になって収入は増え安定もしたが休みはなくなった。多少の貯金が出来たらコンビニは辞めてまた就職活動をしてまともな職に就くつもりだったのだが、親が介護付きマンションに引っ越したり、コンビニの前オーナーが亡くなり業務を引き継いだりしてバタバタしている内に30歳を越えてしまっていたのだった。


 彼女?

 そんなもの男子校出の俺には縁がなかった。

 最初のうちはバイトに来るJKをどうにかできないかとそれなりにさりげなく口説いていたのだが、セクハラと避けられ、辞めてしまう子が続出すると流石に距離を置くより仕方なかった。

 自分が一番偉い筈なのに、なんだかどえらい居心地が悪くなってしまったのだ。バイトくん達に冷たくされ、パートさん達にも白い目で見られ、本社からもコンプライアンスやらなんやらと遠回しなプレッシャーがかけられて職場恋愛は諦めざるを得なかった。


 その後はマッチングアプリなども覗いてみたが、俺は同年代と比べるとたいして稼ぎがある方じゃなかったし、デートの経験もないし、お洒落も美食も分からない、腹も出てるし、決まった休みもない。

 美人にほいほい付いて行って、怖いお兄さんが出て来られても困るので結局、誰とも会わなかった。

 たまに店に買い物に来る高校時代の友達に「ついに魔法使いになっちまったwww」なんて笑って言っていたらそのままポックリ逝ってしまったのだ。

 

 こんな壮絶に情けなくも悲しい物語を漁村の10歳の少年が思い付くだろうか、いや、ありえない。

 この記憶は確かに俺のものだ。

 では漁村で10年過ごした記憶が間違っているのか?

 いや、それもない、この身体を見ろ。

 細い肩、細い腹、細い腕。前世の記憶と照らしてみても充分に小学生だ。


 と、ふいに声を掛けられた。

「オミ、もう暗いぞ?」


 とうさんが心配して見に来てくれたのだ。

 精神年齢32歳の息子の為にありがたいことだ。

 なんだかイマイチ気持ちに整理が付かないが10歳の俺を愛してくれているこの両親に酬いる為にも精一杯この世界で生きて行こう。


 そう俺は鶏小屋で決心したのだった。



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