事件の行方と、泣く蛙
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「で、主任。結局どうなったのかしら?」
「ああ、ムクロ嬢。はい、そうですね。概ねは予想通りの展開となった訳でして」
結局『フロッグメイト』社員の『役』と呼ばれていた主要メンバーは全員、逮捕される運びとなった。ビルの古い浄化槽からは複数の白骨化した死体が発見され、また地下フロアからも暴行や監禁の痕跡が見付かった為である。他にも多数の余罪があったと見做され、今も厳しい取調を受けている最中のようだ。
これには『役』以外の社員の証言が大きく貢献したという。特に直接女性達が監禁されている姿を目撃していた加賀地の証言が決定だとなった。
ちなみにあのビルは再び河津の父親の不動産会社が管理する事になるようだ。警察の介入もあってか、他のフロアを借りていた連中も夜逃げ同然に引き揚げたり撤退したりしたらしく、今後はあの辺りの治安も良くなるだろう──とは『組織』案件を担当する某警察署員の言である。
また、四名の社員が『蛇』に殺された事件については、表面上はビルからの転落事故という形で決着が付けられたという。勿論組織のデータベースには結社絡みの事件として記載されているが、警察などでは怪異による犯行は法では裁けない為にやむなくそのような処置が為されたようだ。
酒月と井森の二名に関しては、特別に『組織』で預かり、その身柄は自由にしてもいいという取り決めが為されたようだ。彼らの身元は未だもって不明であり、情報部によって様々な手段を用いての尋問が行われているのであろうが、それはスガタ達のあずかり知る所では無い。
「で、その加賀地君はどうなったの?」
「実は彼、結構優秀な人材だったようでしてね」
「あらそうだったの。自分では自分の事を馬鹿だ頭が悪いだの言ってたけど」
どうやら真面目に表の事業を運営していた『下』のメンバーはそれなりに良い人材が揃っていたらしい。加賀地を始めプログラミングに秀でた人物が何人もおり、また経理や事務、運営なども少数精鋭で回していた為かなかなかに『使える』人員揃いだったと言う。
元々は同じ大学出身者で固められていた為かチームワークも良く、『役』への不満や反発もあってか、なかなかに健全な会社運営を行っていたようだ。『役』が杜撰だった為に利益率は低いものの、リリースしていたアプリケーションも良作揃いでユーザーからの評判も良かったという。
その『下』の社員達はと言うと、こちらは『役』とは違い事情聴取止まりであり、皆無事に解放されたようだ。スガタが約束したように加賀地も罪に問われる事は無かった。今後の彼らの身柄については、息子の監督府行き届きに責任を感じた河津の父親が、希望者には仕事先を斡旋するという事で話が付いているそうだ。
「じゃあ加賀地君も何処かの会社に再就職するのかしら? 真面目だし素直だし、何処に行っても大丈夫だとは思うんだけど」
「いや、それがですね……」
「あら、違うの? じゃあフリーで活動するとか?」
「実は加賀地氏、……『組織』に入る事になりまして。小生は止めたのですが、頼み込まれてしまい。仕方無く小生の推薦という形で」
「……へえ。まあ、驚きはしないけれどね。多分今回の事件は彼にとって、価値観が全部引っ繰り返るような衝撃的な出来事だったろうし」
「そうですね。警護の目的でやむなくとは言え、戦闘現場に同行させたのは小生の責任でもある訳で、まあ、致し方無いと言いますか」
「いいんじゃないかしら。案外、上手く順応出来るんじゃないの? それに優秀な人材は幾ら居てもいい訳だし」
実のところ今回の加賀地のように、事件に巻き込まれた一般人が組織に入る──というパターンは意外と多い。一般の企業のように求人公告を出している訳では無いので、事務方や調理師、医療関係などのサポートスタッフは、どうしても術士の家族や関係者などの紹介に頼っているのが現状なのだ。加賀地のように技術を持った人員が入ってくれるのは非情にありがたい事なのである。
「組織に入ったからと言っても、今後加賀地君が私達と会える可能性は低いだろうけど……」
そこでムクロは幾分か緩くなった珈琲を一口啜り、ふうと息をつく。二人きりの休憩室には温かな空気が循環し、カーテンレールから逆さに留まった蝙蝠のニィがうつらうつらと微睡んでいた。
スガタの髪はもう元の通りに括られ、ボサボサと乱れている。いつも解いておけばいいのに、とムクロは内心で不平を漏らした。横目でスガタの整った顔を盗み見、そしてふとスガタが端末上で忙しなく指を動かしているのが気に掛かった。
「ちょっと主任、さっきから何やってるの?」
「ああ、これですか」
スガタは操作する手を止め、端末の画面をムクロに掲げて見せる。
「え、何これ? ゲーム? 主任、ゲームやるの? 珍しい!」
──画面の中では、動物をモチーフとしたらしき美少女キャラが花札で戦いを繰り広げていた。驚いてムクロは画面とスガタの顔を交互に見てしまう。
「いやあこれ、加賀地氏達が作っていた端末用の花札なんだそうです。ただ普通の遊び方のみに留まらず、物語に沿って勝負をしたり、その女の子によって様々な種類の技があったりと、なかなか奥深いのですよ」
「それで、これどうしたの? フロッグメイトの物はまるごと警察に押収された筈だし、サービスも全部終了したんじゃないの?」
「加賀地君に頼んで入れて貰ったのですよ。以前、情報部からのフロッグメイト関連の資料を見た際に、少し気になっていたのです。こう見えても小生、花札には一家言ありまして……便利になったものですねえ、対人でなくともこのように手軽に遊べるのですから」
にこにこと笑うスガタを穴が開く程に見詰めた後、ムクロは再び画面に目を遣った。どうやら丁度勝負に勝った所のようで、対戦相手と思しき蛙の着ぐるみを着た女の子がぐすぐすと泣いているのを、他の猪やら蝶やらのモチーフの女の子が慰めているストーリーが表示されていた。
その内容に何やら『下』の社員による『役』メンバーへのなにがしかが込められているような気がして、ムクロは乾いた笑いを漏らした。きっと、『役』の面子は誰もゲームの内容など知らなかったに違いない。
何やらどっと疲れがぶり返した気がして、ムクロは再度、深い溜息を零したのだった。
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第一章:月影に泳ぐサーペント・了
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ここまでお読み頂きありがとうございます。これにて第一章は終幕となります。
次回、登場人物紹介&設定解説のページを挟み、第二章の開始となります。
第二章は『波間に儚むローレライ』。お楽しみ頂ければ幸いです。
また、面白い、続きが読みたいと思って頂けたならば、★やフォロー、いいねやコメント、レビューなどで応援して頂けると励みとなります。
宜しくお願い致します。
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